なぜ侍JAPANはチェコ代表の“115キロのクソボール”にきりきり舞いさせらたのか…史上最強代表チームの穴
ニューヨーク・メッツの千賀滉大をはじめ、球界を代表する投手たちの愛読書『セイバーメトリクスの落とし穴』。その著者である野球評論家のお股ニキ氏といえば、メジャーリーグで活躍するダルビッシュ有に変化球や配球の基礎を教え、メジャー移籍に向けて藤浪晋太郎に直接指導をしたことなどでも知られている。そんな同氏に、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)準決勝に進出した侍JAPANが3大会ぶりの優勝を狙うには何が必要か分析してもらった。
侍JAPANはレアル・マドリードのようなチーム
1次ラウンドでは4試合連続で視聴率40%超と日本中の注目を集めた侍JAPAN。世界最高の野球選手となった大谷翔平を筆頭にダルビッシュ有、佐々木朗希、山本由伸のローテーションを組める投手陣は世界最高峰だろう。ほかにも高橋宏斗や大勢、今永昇太などメジャー級の投手がずらりとそろっている。それこそチェコ代表監督が語るように世界最高のサッカーチーム、レアル・マドリードの野球バージョンとも言えるような陣容だろう。
1次ラウンドでは正直、ほかの国とはかなりレベルの差があった。ワンポイントリリーフの禁止などで、どうしても力の落ちる投手が出てきてしまうのが普通なのだが、日本に限ってはそのようなことがない。日本の投手の球速とフォークの鋭さは世界に例を見ない強みである。
打線では3番大谷の打撃はさらに進化しており、バットを長く持ったバリー・ボンズのような印象すら出てきた。怪我(けが)なく打席数を確保できれば、今季はメジャーで本塁打王も狙える。ラーズ・ヌートバーのコンタクト力(ボールをミートする能力)や攻守にわたる全力プレーが流れを引き寄せ、持ち前の選球眼だけでなく打撃も更にパワーアップした近藤健介(今季、日本ハムからソフトバンクにFA移籍)のつなぎも素晴らしく、上位打線のつながりは見事である。
未知数だったヌートバーを「必ずみんな好きになる」と言って招集した栗山英樹監督の目論見通りとなっている。MLBに移籍するにもかかわらず、リスクを顧みずに代表に合流した5番吉田正尚も投球によってスイング軌道を自在に操る相変わらずのバットコントロールで不調の村上宗隆を返してくれている。
やはりメジャーリーグクラスの打球速度を両立しながらコンタクト力のある打率を残せる選手が短期決戦かつ初見の相手が多い大会では力を発揮できる。主砲の村上が不調で苦しんではいるが、3番大谷の後を打ち、日本の4番を打つプレッシャーは計り知れない。周りがカバーしているうちに調子を取り戻し、かつてのイチローや福留のように、重要な場面で村神様が蘇ることを期待するほうがトータルでリターンは大きいだろう。後続では勝負強い山田哲人と対応している牧秀悟の起用をもう少し増やしてもいいように感じる。
チェコの激遅ピッチャーに日本はなぜ苦戦したのか
そんな中、野球大国ではないチェコが日本相手に善戦した。チェコの選手たちは普段は金融マンや消防士として働いている人もあり、野球が本業ではない。満足に練習時間やプレー環境も確保できない中で、本当に野球を愛する選手たちがひたむきな姿勢としっかりと考えられたプレーで善戦し、ファンの心を揺さぶった。
中でも日本戦に先発したオンジェイ・サトリア投手の130キロ程度のストレートと115キロのチェンジアップに日本は序盤苦戦し、大谷も三振を喫した。人気番組スポーツ王のリアル野球盤の機械のような真縦に回転するストレートは真っスラ(少しスライドするようなストレート)にも感じ、チェンジアップは待っても来ない。
メジャーリーグでかつて601セーブをあげたトレバー・ホフマンに似たようなフォームからパームのような軌道のチェンジアップを投げていた。あるいは、元中日の若松駿太のチェンジアップにも似ていた。
日頃慣れている球速帯とは異なる軌道とスピードで打者は待ちきれず苦戦した。地方公立高校の野球部のエースが投げているようなボールだ。だが「ピッチング」はスピードだけではなく、こうした技や慣れないボールを使って相手を欺くことも出来る。150キロを投げるような投手もほかにいたことから、神経科医でもあるパベル・ハジム監督があえて日本戦にこの投手をぶつけてきた可能性は高いだろう。
日本の懸念材料は、捕手と送球とクローザーか
投打ともにワールドクラスのタレントをそろえる日本だが、懸念材料もある。中村悠平はデータが少ない中でもアドリブを利かせて投手の良さを生かすリードが出来ているが、他の捕手出場だとどうだろうか。また、慣れないボールのせいやプレッシャーもあり、ショートの中野拓夢や村上の悪送球も目立った。
第2回のWBCで韓国に負けた時も、初回の片岡・岩村ら内野のミス、第4回のアメリカ戦も菊池・松田ら内野のミス2つで失点している。負けたら終わりの一発勝負で内野のミスは致命傷となるので、源田壮亮のワールドクラスの守備力の貢献は計り知れない。
これまでの試合では力量差が大きく、接戦も多くはなかった。こうしたプレッシャーの掛かる展開、アメリカの球場の芝での守備はこれまで以上に重要となるため、源田の怪我の状態も気になる。
投手起用も本当に痺(しび)れる展開での継投や場面がそもそも少なかった。私も抑えに期待していた栗林良吏が腰痛で離脱したこともあり、クローザーを誰に任せるかによって終盤の継投の設計も変わってくる。当初は第2先発や中抑えでの起用が想定されていた高橋宏斗が最終回に起用されていることから、高橋宏斗がクローザーを託される可能性もあるかもしれない。高橋宏斗はそれだけの役割を託してもいいだけの才能がある。大勢も球質や精神面を考えても頼りになりそうだ。ここに大谷翔平を起用する可能性も高まってきている。
イタリアを撃破した大谷のトータルベースボール
世界最高の野球選手となった大谷翔平が、勝利のために投打ともに決死の覚悟を見せてチームに勢いをもたらした。初回から全力で飛ばしていたため5回途中で2失点こそしたが、縦横2種類のスライダーと決め球のフォークに164キロの速球と素晴らしかった。打撃ではシフトを見て意表をついたセーフティバントを敢行。勝つためにその場で最善の判断をする。これこそが野球であり「スモールベースボール」ではなく「トータルベースボール」の体現者と言える。
こうした大谷の姿勢に村上や岡本和真も触発され、ボールに食らいつく気持ちが出ていた。村上も積極的にスイングできるようになっており、復調気配と言えるだろう。吉田正尚の柔らかさとスイングのバリエーションの豊富さも素晴らしい。イタリアは素晴らしい投手が多かったが、村上と岡本の場面に最も打ちやすい投手を出してしまった。
日本は厳しい場面でも伊藤大海が踏ん張り、今永、ダルビッシュ、大勢とそれぞれが気持ちの入った投球を見せた。源田も怪我を押して安定したプレーを披露し、ほぼ盤石の状態で最高のチーム状態でアメリカ大陸に向かうことができる。キャッチャーの配球やフレーミング、継投、球種選択、そして何より気持ちが今後さらに重要になってくるだろう。
準決勝からはフェーズが変わるが……
小さな課題は抱えながらもワールドクラスのタレントをそろえ、それを好々爺(こうこうや)である栗山監督がまとめる2023年の侍ジャパンは、本当にレアル・マドリードのようなチームである。どんな逆境からもスターがユニフォームを泥だらけにしながら不屈の闘志を燃やし、勝ちきってしまうレアル・マドリードのような精神が最後は必要になってくるだろう。
本気で勝ちたいと思っている選手がどれだけいるか。日の丸を背負う気持ちが本当に勝敗を分ける。プレシーズンに、怪我も恐れず、体がすり減るようなプレーをしてくれと言っているのではない。楽しめというのも難しいだろう。
国を背負うとどうしても気負ってしまうが、そんな場面にも打ち勝って全力プレーをする大谷や源田のような自己犠牲が出来る選手が求められるし、見ているファンも惹(ひ)きつけられる。準決勝からは、これまでとは投手のレベルや球速帯も変わってくるので、簡単には打ち崩せないこともあるだろう。攻守ともに緊張感のある一発勝負が楽しみである。