野球視点なら分かる「スペイン代表の穴」…評論家お股ニキ「浅野の独戦逆転ゴールは『スプリットからの直球高め』」

FIFAワールドカップカタール大会1次リーグにて、11月23日にドイツから歴史的勝利を挙げたサッカー日本代表。しかし、11月27日のコスタリカ戦では惜敗し、自力での決勝トーナメント進出にはスペイン戦での勝利が必須となった。仮に負ければ敗退決定だ。いま、多くのサッカー解説者がスペインに勝つための策を分析しているが、メジャーリーグで活躍するダルビッシュ有投手にツーシームを教えたことで知られているお股ニキ氏は野球評論家の視点から独特な分析をしている。
プロ野球選手はサッカー日本代表を見て学ぶべきことがある
私は野球全般の評論が主な専門で、投球、配球、打撃、戦術についてはメジャーリーガー、プロから大学、高校まで指導を行っているが、実は野球以上にサッカー、というかレアル・マドリードが好きかもしれない。サッカーは専門外でありピッチ上での本当に細かい動き方はわからないが、どのようなスポーツにも共通点というものがある。
サッカーは攻守が表裏一体で、瞬時の判断やアドリブ、戦術理解が重要となり、もっとも自由に動かせる手を使えないという制約がある。
一方、野球は攻守が分断しており、同じ場所で同じ動きを高いレベルで繰り返す再現性と瞬発力、指先の技術や感覚が求められる。競技の性質は異なるが、野球ばかりやっていると瞬時の判断やアドリブ力が衰えてしまう危険性があり、野球人にはサッカーを見て、瞬時の判断力やアドリブ力、創造性を養う訓練をすすめたいと本気で考えているくらいだ。
デジタルとアナログのどちらにも偏りすぎず、それらを融合するべき点は野球も同じだが、サッカーは攻撃と守備でフォーメーションを可変させるのは、もはや当然。形はあってないようなものだ。このような柔軟性とあらゆる戦術への対応、相手が重視しているポイントを常に感じ取れるアドリブ力は、ピッチングでも同様に求められる。
スペイン戦の勝利は十分に期待できる
日本球界の投手は、もっと球種選択やピッチングデザインにこだわっていいはずだと常々思っている。相手打者のバットの軌道やタイミングを見て、球がどうバットに当たるか、どう当たらないのか。当たったとしたらどのような打球になるのか。打者は何を狙っているのか。速球と変化球どちらに意識があるのか。
こうした感覚を研ぎ澄ませて打者との噛み合わせを感じながら投球を組み立てられる技術とアドリブ力、戦術判断力は「日本対ドイツ」の内容から学ぶことができるはずだ。
そんなサッカー日本代表は、まだ世界のトップと比べれば差はあるが、着実にレベルは上がってきており、ファンの期待も高まっている。ドイツ戦のように期待しないと勝ち、コスタリカ戦のように期待すると負ける。ビッグマッチでは信じられないような試合をして勝ったかと思えば、同格や格下相手には勝ち点を取りこぼす。こんな阪神タイガースやレアル・マドリードのようなファンの心を振り回すエンタメ性や、左サイドからの個人攻撃頼みなのも、これだけ多くの人の関心を集め、賛否両論を巻き起こす理由かもしれない。
5回までに2桁安打されるもピンチを抑えて勝利したドイツ戦
歴史的な逆転勝利をあげたドイツ戦。前半戦は攻め込まれ、ドイツのシュート14本に対し日本はわずか1本。ボールポゼッションも8割近く支配された。一方で試合が終わってみればスコアは2対1で日本の勝利。
野球でいえば5回までに2桁安打されるもピンチを抑えて運も味方して1失点に抑えているうちに、打ちあぐねていた相手投手が交代してくれたことで逆転勝利に繋がったような試合展開だった。シングルヒットは3連打でも点にならないが、ホームランは1本で点になるし、得点圏でのシングルヒットには価値がある。
「最後にあと一本出なかった」と野球ではよくいうが、サッカーでも決定打を打ち、最後まで点を許さないというのは本当に難しいことであり重要でもある。コスタリカ戦では攻め込みながらも決定打を打てないうちに、不用意なクリアから1発を許してしまう、これまた野球でもよくあるような展開だった。
ドイツ戦で前半に苦戦した理由は、フォーメーションにも原因があると思っている。日本は4バックで立ち上がったが、ドイツは世界のスタンダードとも言える守備時4バック攻撃時は3バックで前線を多くする布陣。結果、ポジションのミスマッチが起きて日本の左サイドから崩され、最後は右サイドがガラ空きとなり攻め込まれた。
右サイドの伊東純也の突破力は魅力的だったが、徐々にマークされ、酒井もポジションを内に絞っていたためその後ろのスペースを突かれた。前半終了間際に2点目が決まっていたら試合には勝てなかったかもしれない。そういう意味では運もあった。
浅野の逆転ゴールは「スプリットからの高めのストレート」
ドイツのフォーメーションや戦術が理屈化されたデジタル的なサッカーは、ハマれば前半のような圧倒的な内容にもなるが、相手からすると機械的で読みやすく、後半は日本の布陣や戦術変更に対応できていなかった。ドイツの選手交代も「舐(な)めプ」にさえ見えるほどだったが、時間とスタミナを考慮してあらかじめ機械のように決めていたのかもしれない。日本にとっては厄介だったギュンドアンとミューラーを後半67分で下げてくれたのは助かった。
前半戦の途中から解説の本田圭佑氏や内田篤人氏は3バックにして守るしかないと言っていたが、森保一監督はハーフタイムに修正した。試合の途中で修正するのは難しいし、前半で変更したらハーフタイムで対応されるから、あえて遅らせたのかもしれない。
森保監督の策は結果としてはハマった。後半からは戦術理解度や個人能力の高い冨安健洋を投入し、3バックに布陣を変更した。これで守備が安定し、三笘薫や浅野拓磨の個人でのつっかけ(ドリブルでどんどん相手に攻め込んでいくこと)が活きるようになった。
これまでほとんど採用していなかった布陣にも即対した選手のアドリブと、世界での経験値は見事だった。このようにフォーメーションを変更して噛み合わせを整えたり変えたりすることで、相手をパニックに陥らせ展開を激変させることもできる。
野球の投球とサッカーの攻撃は、考え方やメンタリティに似た要素が多い。ドイツ戦の決勝ゴールを振り返ると、ドイツのゴールキーパーであるノイアーは至近距離において股下と脇下をケアしていた。浅野の頭の横を通してネットの上に突き刺したシュートは、その前の抜け出しとトラップふくめ驚異的だった。
それはまさに、相手打者にスプリットを意識させた上で高めのストレートを刺し、空振り三振を奪う日本シリーズのオリックス宇田川優希のピッチングにそっくりだった。
お股ニキ式スペイン戦の勝機は
スペインのサッカーは本当に洗練されている。日頃一緒に練習しているクラブチームではなく、即席で集まる代表チームとしては異色のレベルである。パス回し、動きの洗練度、戦術理解、プレスの速さなど、すべてが異次元で完成度が高い。一方で、最後のFWの突破力や決定力という意味ではやや火力不足も感じるが、日本代表はしっかり守らないとコスタリカのように間を突かれて大量失点するようなリスクはある。
とはいえ、アセンシオやモラタの個人技や突破を許さなければ、なんとか最後までゴールを守り抜く対応もできなくはない。ドイツ対スペインでも後半の序盤にドイツに有利な時間帯があり、ドイツは前線からのハイプレスとマンマークでミスを誘っていた。日本もまずはしっかりと3枚のセンターバックとウィングバックの5バックで守り、そこから三笘や浅野、伊東純也らがつっかけていって崩していくのがもっとも可能性があるだろう。
4バックだとドイツ戦の前半のように人数が足りずサイドから崩されて守りきれるイメージは湧かないし、攻撃にも繋げることができない。右太もも痛で別メニューの調整が続いていた冨安が出場できるかも大きな鍵を握りそうだ。
スペインの穴はゴールキーパーにあり
スペインのキーパーのウナイ・シモンも素晴らしいキーパーだが、足元やつなぎ(キーパーをふくめたパス回し)には不安を感じた。スピードのある前田大然や浅野が前線から効果的なプレッシングをかければレアル・マドリードのベンゼマのようにキーパーから直接ボールを奪うことも可能に感じる。
スペインはワンボランチであり、こちらはトップ下を配置すれば噛み合う。そういう意味では3バックと2トップにトップ下を配置した3-4-1-2のような布陣もありえるかもしれない。
前線からのハイプレスも90分続けることは難しい。試合の流れに応じて強弱をつけ、サイドや前線の選手の交代策も鍵を握ってくる。試合は始まってみないと相手の出方がわからないもの。相手の出方次第ではプランを一気に捨ててガラッと変える必要があるのも投球の配球と同様であり、本当に難しくレベルの高いアドリブ力が求められる。
それに加えてオフサイドラインの駆け引きやピンポイントのクロスなど、本当に質の高い、精度の高いプレーの確率を上げていくことに結局尽きるだろう。