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なぜ、フランス人は日本を愛してしまうのか…日本人が知らない「洗練された形式主義」の魅力

フランスで『ドラえもん』をはじめとする日本アニメ・マンガが受け入れられた理由

 昔、まだ私がフランスに在住していたころである。テレビをつけると、「ドラえもん」を放映している。フランスでは、その当時、水曜日の午前中に、子ども向けのアニメ番組が流されていたが、それに混じって、しばしば日本のアニメも放映されていた。

 子ども向けだから、字幕スーパーではなく、吹き替え版である。確かドラえもんとのび太が初めて出会うシーンだったと思う。ドラえもんがのび太の部屋にあったどら焼きを見つけるや、「あ、どら焼きだ!」と飛びつく……はずがそうならない。

 ドラえもんが挙げた歓喜の声は、「C’est un gâteau chocolat !!」。フランスのドラえもんは、なんと、ガトー・ショコラに目がないのである。ガトーショコラが大好物のドラえもんなんてイヤだ(苦笑)。

 のび太も、「のび太」という名前では登場しない。「ノゥヴィ〜」と、やたらエレガントである。ジャイアンは「ジェオン」(「オン」は「ア」を喉の奥で発音しつつ鼻にかける)。アニメ映像は日本のものと同一だが、フランス版ドラえもんは、妙に〝スノッブ〟なのであった。

 フランスで比較的早くから日本のアニメやマンガが受け入れられたのは、もともとその素地があるからだ。フランスは、「バンド・デシネ」(bande dessinée)という伝統をもっている。いちおう、日本でいえば「マンガ」に相当するものの、オールカラーでハードカバーのものが多いうえ、人物の動きを感じさせるような描写が少なく、言ってみればコマ割りのある絵本のようなものである。

 1959年に最初に刊行されて以降、3億7千万部を売り上げている『アステリックス』(Astérix。ローマ帝国によって支配されていた頃のガリアで、唯一独立を守っていた村(現在のブルターニュ地方)で、頭が切れるガリア人戦士オベリックスと、体はでかいが頭が悪いアステリックスなど、個性的な人物たちが繰り広げるコミカルなストーリー)、1929年出版、世界80カ国語以上に翻訳され、3億5千万部以上も売り上げた『タンタンの冒険』(Les Aventures de Tintin。少年記者と犬のミルゥが世界中でさまざまな事件に巻き込まれる物語。ただし作者はフランス人ではなく、お隣りのベルギーの作家エルジェ)などがその代表だ。

 とはいえ、フランスで人気のある日本の文化は、アニメやマンガだけではない。2000年に始まり、毎年パリ近郊のパリ・ノールヴィルパント展示会場で開催されている「ジャパン・エクスポ」(Japan Expo)は、アニメやマンガのみならず、アイドルやロックグループのコンサート、お笑いのショー、日本食の販売などを提供する日本のサブカルチャー総合見本市のようなものだが、実に例年20数万人の来客を数えている。

フランス人の「日本趣味」は今に始まったことではない…華道、茶道、三島由紀夫

 このように書くと、フランス人たちの日本文化に対する多大な関心の領域が、比較的若い文化に限定されるように思われてしまいかねないが、日本のサブカルチャーがフランス人たちを惹きつけるよりもずっと前から、日本文化は、独特なフランス流「誤読」のもとで歓迎されてきたのである。華道も、茶道も、相撲も、三島由紀夫も、そしてゲイシャやフジヤマも。

 1839年、フランスのルイ・ダゲールが、「ダゲレオタイプ」という写真技術を公表する。当時、感光には30分ほどの時間を要したが、それでもダゲレオタイプの登場がフランスの画家たちにとって大きな脅威となった。写真が対象をなによりも正確に写しとるならば、遠近法や写実によって対象を模写するものとしての絵画は、その存在意義を失うからである。

 1859年、日本が開国すると、日本の工芸品や美術作品がヨーロッパに多く流入するようになる。その中でも浮世絵の手法――遠近法を使わない、対象を大胆にデフォルメする、独特の色使い――は、写真とは異質な、絵画独自の表現を模索していたフランスの画家たちに大きな着想を与え、それはやがて印象派と呼ばれる作品群として開花することになる。

 さらに1867年、第2回パリ万国博には、幕府と薩摩藩、佐賀藩が出展、伝統工芸品や浮世絵などが出品されたほか、数寄屋造りの茶屋が建てられ、3人の芸者たちがキセルをふかしたり、独楽を回して遊んだりするデモンストレーションが行われたという。ディティールを凝らした繊細な民芸品や遥(はる)けき東洋のエキゾチズム(異国情緒)が、フランスの好事家たちの目に印象深く映ったであろうことは想像に難くない。

 19世紀後半という、日本の文物に対するフランス人たちの接触の歴史の黎明期における後者の前者への関心の中心と、21世紀の現在において日本のアニメやグルメ、アイドルに狂喜するフランス人たちのそれは、どうつながっているのか。 

「ポスト歴史」にありながら「動物化」を免れた唯一の例外的社会、日本

 その接点をある局面で説明する言葉があるとすれば、それはおそらく、哲学者アレクサンドル・コジェーヴ(1902-1968)がいう「(日本的)スノビズム」だろう。コジェーヴは、パリの高等研究院で1933年から1939年まで、ヘーゲルの『精神現象学』を読解する講義を担当した。この講義には、サルトル、メルロ=ポンティ、ラカン、バタイユ、クロソウスキーなど、その後のフランス思想を代表することになる、そうそうたる受講生たちが集っていた。

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