緊張感――ああ、東北の風だ。ただいま、東北。『羽生結弦 notte stellata 2026』紀行(1)

目次
「メンテナンス期間を経た羽生結弦」という緊張感

なるほど、そういうことか。
「緊張感」。
初日を終えて、羽生結弦の言葉だった。
『notte stellata 2026』。
羽生結弦が何度経験したであろう「緊張」という感覚。
それは多く私たちのおよぶことでない感覚ーー世界選手権であり、五輪でありという競技の「緊張」だろうか。
いや。思えば、羽生結弦はプロアスリート宣言の際にこう語っていた。
〈やっぱり、みなさんが好きな、みなさんが応援したくなるような羽生結弦って、やっぱり挑戦し続ける姿であったりとか、あの独特な緊張感があったりとか、そういった中での演技だと僕は思っている〉
〈毎回毎回緊張できるような、本当に全力でやってるからこその緊張感みたいなものを、味わっていただけるようなスケートを常にしたいと思っている〉
〈(競技会時代より)むしろもっと緊張させてしまうかもしれないし、もっともっと緊張するかもしれないですし、僕自身も。でも、それくらいひとつひとつの演技に自分の全体力と全神経を注いで、本当にある意味では死力を尽くしてがんばりたい〉
なるほど、この「緊張感」はそういうことか。
心地よい緊張の中で
緊張感ーーこれまでも味わった、それは確かだ。
PROLOGUE、GIFT、RE_PRAY、Echoes、そしてこれまで3度のnotte――ここでそれぞれに括弧はいらない、あえての疾走感。
疾走と呼ぶにふさわしい、系譜。
羽生結弦の言った通り、私は〈挑戦し続ける姿であったりとか、あの独特な緊張感があったりとか、そういった中での演技〉を味わった。心地よい緊張の中で。
しかし、今回のnotteの緊張感はまた別の「緊張」があった。
「メンテナンス期間を経た羽生結弦」
という緊張感。のちに「充電期間」とも語った。