この丘を下る――いま、羽生結弦に会いに行くために。『羽生結弦 notte stellata 2026』紀行(2)

目次
羽生結弦の「空」

仙台の北風がさらに緊張を高めてくれる
ああ、東北の風だ。
ただいま、東北。
シャトルバスからの風景、仙台から利府へ。notte4回目の風景が見えてくる。
ゆっくりバスが登れば、青空の下にセキスイハイムスーパーアリーナの湾曲した庇が景をせり上がってくる。
高揚感とともにせり上がる庇、この景も好きだ。東北の青空とともにせり上がる庇、青空というより蒼空か。東北の空だ。蒼ーー羽生結弦の、空だ。
シャトルバスのドライバーに皆々お礼を言って降りる。
仙台に比べても、風はさらに強く、冷たく感じる。
セキスイハイムスーパーアリーナの傍らをゆるやかに登る。
私のいつもの儀式。
会場の外に多くの星々が集っている。羽生結弦と共にある星々ーー出店した東北の美味いものに並んだり、あちこちで記念撮影をしたりなどしている。
丘の上に立つ。
いつもの、儀式。
ここからセキスイハイムスーパーアリーナが一望できる。丘と書いたが実際はこの先にある宮城スタジアム(キューアンドエースタジアムみやぎ)に向かう途路にあたるのだが、この施設全体を指すグランディ・21(宮城県総合運動公園)は巨大な人工物が点在しながらも自然の中に溶け込むデザインがなされている。遊歩道と丘の境目も無粋な障害物を極力なくしているようにみえる。
だからだろうか、まるで大自然の中でセキスイハイムスーパーアリーナを一望するような感覚でいられるのは。
それぞれに「格別」ということ
これは東京ドームやさいたまスーパーアリーナでは味わえない感覚に思う。どちらが上とかでなくそれぞれに「格別」ということだ。notteの星々もまた、そうだ。
儀式と書いたが、セキスイハイムスーパーアリーナが華やかな場であると同時にあの日、遺体安置所であったこともまた確かだ。何度でも書くべき、命の事実だ。
3.11当時のセキスイハイムスーパーアリーナについて記録した仙台市の資料『東日本大震災 仙台市 震災記録誌』を引く。これも15年前、確かにあった命の記憶だ。
大事なことなので長く引くが、遺族の方、被害者の方に限らず辛い内容も事実として記されているため、お読みいただく際は注意していただきたい。
〈3月11日の夜、「仙台市若林区荒浜地区の沿岸では、津波に巻き込まれたとみられる200人から300人の遺体が確認されている。」との報道があったことから、犠牲者数は相当多数になることが予想された。沿岸部の他の自治体でも津波による犠牲者が相当数に上ると予想される中、県警は収容規模を勘案し、遺体安置所を利府町のセキスイハイムスーパーアリーナ(宮城県総合運動公園総合体育館)に設置することを決定し、東日本大震災で犠牲となり仙台東警察署・仙台南察署・塩釜警察署の管内および海上自衛隊、海上保安庁が海上で発見した遺体については、いったんすべてセキスイハイムスーパーアリーナの遺体安置所に安置し、検視および身元の調査を行うこととした。〉※1