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優しい記憶、たくましく生きた記憶という優しさ『八重の桜』ーー『羽生結弦 notte stellata 2026』紀行(5)

(c) AdobeStock

日野百草 ファンしか知らない羽生結弦

目次

アンチテーゼの端緒

 notteのさらなる可能性ーー。

 4度目のnotte、私はnotteのさらなる可能性を見た。

「フィギュアスケートに、なにができるというのか」

 繰り返し使われた言葉だ。カタリナ・ヴィットが『花はどこへ行った』をリレハンメルで舞った「それこそ」は、「それ」に対するアンチテーゼの端緒であった。

 スポーツ選手が社会に意見するな、作家が、漫画家が、芸人が、ミュージシャンが意見するな、目的外利用で平和を語るな、自分の専門だけやっていろ――こうした奇妙なことを言う人はいまも多いが、そうした人からすれば自分はそれをしてもいいらしい。聞けば「影響力のある人間がそれをするのは卑怯だ」とも。まあ意見は好き好きだが私はリアルで出会う人でこうした人を見たことがない。匿名とは便利なものだ。

 偽善だ、人気取りだ、それも商売だろうと言う人も多い。いったい何と闘っているのかわからないが、とにかくスポーツ選手や芸能人、文化人が平和を語ること、善を為すことに拒否反応を示す人は確かにいる。といってもネット上の話ばかりだが、野球あたりの「◯◯凄い、日本人凄い、俺凄い」というやばい人も普通に生息しているのがネットだ。いや、リアルが可視化されただけか。何食わぬ顔で生活しながらパソコンやスマホの前では「そういう人」になる。まあ、好きにすればいいさ。

社会性とは勇気である

 そうしたことで言うなら、Adoの歌唱によるピノキオピー作『アタシは問題作』などもまたネット社会というか、それが可視化された社会に対するアンチテーゼというべきか。『うっせえわ』『阿修羅ちゃん』『私は最強』と、つくづくAdoという存在は現代におけるアンチテーゼそのものである。それぞれに作者は違えどAdoという存在を通すことで時代性が生まれる。戦争や災害といった大きな禍ばかりでなく、こうしたアノミーに対する人の禍もまた社会性である。羽生結弦との親和性、高いはずだ。

 社会性とは勇気である。〈社会性は作者の態度の問題である〉という俳人、金子兜太の言葉も繰り返し引いてきたが、羽生結弦という存在には社会性がある。

 そもそも創作と社会性は切っても切り離せない。作家性の強ければ強いほど社会性もまた強くなる。世に問う、ということはそういうことだ。世に訴える、ということもまた。notteのように。

 『Happy End』を「切迫」とするなら『八重の桜』(Yae no Sakura Opening Theme)は「記憶」だろうか。それほど大河ドラマの内容自体には干渉していないと羽生結弦が答えているのでそこは措くが、あの作品は言わば新島八重というひとりの女性の力強く生きた記憶の物語である。坂本龍一の作曲意図もそこにあるように思う。

〈3.11を経験した日本、また自然災害に限らずさまざまな激動が今後待っているでしょう。そのなかにおいても、八重のように、本質を見失わず雄々しくあるべき未来を見つめて生きていってほしい〉※

 八重自身が歴史上、それこそ幕末の志士や幕臣、のちの元老のように何かをなしたというわけではない。あくまで創作であり、彼女を通した幕末の激動を生きた人々の記憶を辿る物語である。だからこそ、羽生結弦の言葉にあるようにアスリートとして、表現者として〈皆さんの人生の轍の中に何かを残してこれたかな〉というイメージで〈ひとつひとつ思い出を置いていく〉という意図はデヴィッド・ウィルソンの手によって見事にシンクロしたように思う。優しい記憶、たくましく生きた記憶という優しさだ。

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この記事の著者
日野百草

1972年生まれ。日本ペンクラブ広報委員会委員。出版社勤務を経て国内外における社会問題、政治倫理を中心に執筆。大学院で芸術学を専攻、修士(芸術)、芸術修士(MFA)。文芸論、人物評伝および比較史におけるポップカルチャー、またフィギュアスケートなど舞踏芸術に関する論考も手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨・波郷・兜太に愛された魂の俳人』他。

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