親族に仕事発注…労基が是正勧告した山梨学院大理事長「質の高い教育だけで給料上がらない」研究者教員は”いらない”

 山梨県甲府市に広大なキャンパスを構える山梨学院大。「徳を樹つることを理想とする」といった高尚な建学精神をルーツとするこの大学でいま、教職員らの退職が相次いでいる。ジャーナリストの田中圭太郎氏によると、その原因は2018年に就任した理事長の暴走にあるという。「質の高い教育」よりも「金」を求める、山梨学院大のいまを問う――。全3回中の1回目。 

※本稿は田中圭太郎著『ルポ 大学崩壊』(筑摩書房)から抜粋・編集したものです。 

「質の高い教育よりも収入」を求める理事長 

「古屋光司理事長兼学長は2018年4月に就任して以来、まるでベンチャー企業の経営者にでもなったかのような気分で大学を弄んできました。不透明な財政支出も少なくありません。税金を原資とした公的資金が投入されている学校法人を、自らの個人経営の商店であるかのように勘違いしているのではないでしょうか」 

 憤りながら打ち明けたのは、山梨学院大学に長年勤務する教授だ。この教授以外にも学校法人山梨学院に勤務する多くの教職員が、古屋光司理事長兼学長による経営方針に大きな疑念を抱いていた。 

 古屋氏は司法試験に合格して弁護士登録をしたのち、2006年4月から法人本部で勤務していた。副学長などを歴任し、父親の後を継いで理事長兼学長になったのは39歳のときだった。 

 大学の学長としては全国最年少で、若い経営者への期待もあったかもしれない。ところが、就任後すぐに自分に近い人物を要職に登用し、腹心と言われる准教授を副学長に据え、2019年には同じく准教授だった自分の妹を副学長にした。 

 さらに、民間企業からの転職者を2019年から各事務部門の管理職として任用する一方、自分の意に沿わない教職員には左遷とも言える強硬な人事を行った。 

 教職員の不信感が決定的なものになったのは、2019年4月1日に行われたキックオフセレモニーだった。古屋氏は教職員に対し、人事政策について次のように書かれた資料を示す。 

質の高い教育サービスの提供≠給料が上がる 

        収入が増える=給料が上がる 

 主張しているのは、質の高い教育サービスを提供しても給料が上がることにはつながらず、学校法人の収入が増えることだけが給料が上がる要因になる、ということだった。つまり、質の高い教育よりも利益を追求し、利益が増えない場合は教職員の給料を下げることを意味している。 

 ただ、大学は定員も決まっており、大きく利益を伸ばせる事業ではない。大学はそもそも赤字で、山梨学院で黒字の部門は高校と短大しかなかった。さらに、教授会で示した資料では「本学は、あくまで教育に特化する」として、「従来の日本の大学に見られる典型的な『研究者教員』を望む人は、今後、本学とのマッチングはない」と説明した。 

 研究者はいらないと言っているに等しいが、大学は「研究」と「教育」を両輪としているのは言うまでもないはずだ。 

理事長の独断で「定年切り下げ」「雇い止め」「人件費削減」 

 古屋氏が就任後すぐに取りかかったのは、従来から働く教職員の人件費を削減することだった。最初に非常勤講師の定年切り下げや雇い止めが実施されたものの、行政機関からその違法性が指摘されることになる。 

 2019年1月28日、甲府労働基準監督署は学校法人山梨学院に対して立ち入り調査を実施して、指導と是正勧告を行った。理由は、労働基準法に定められた手続きをとることなく、非常勤講師の定年を70歳から65歳に切り下げることや、65歳以上の講師を3月末で退職させることなどを定めた就業規則を作成していたためだ。 

 労基署は山梨学院に対し、就業規則に盛り込まれた非常勤講師にとって不利益な変更内容の取り扱いを再度検討するとともに、法律に沿った手続きをやり直すことを求めた。労基署がこれだけ明確に指導し、是正を勧告するケースは学校法人では全国的にも珍しい。それほど悪質だったと言えるだろう。 

 しかし、山梨学院はこの是正勧告を無視するに等しい態度を取っている。勧告を受けた2カ月後の3月、就業規則変更のための過半数代表者選挙は実施した。ただ、就業規則の改定案は、前回とまったく同じ内容だった。非常勤講師にとって不利益な変更は再度検討するようにという指導を聞き入れていない。 

 しかも、選挙は大学が春休み中の3月末に実施することになった。立候補期間は土曜、日曜を除くと3日間しかなく、投票期間も2日間だけ。多くの人が選挙を知らないまま終わってしまうと危機感を抱いた教員らが立候補して、山梨学院側が擁立した候補ではない教員が当選した。 

 この教員は就業規則改定に対する意見書を書いたが、「定年の引き下げなどの不利益変更をしないように」と書いた部分を削除させられた。この書き直し要求は、労働基準法の施行規則に抵触する。 

 だが山梨学院側は「(過半数代表者の)意見が(就業規則に)反映されるものではないから」と、そのまま就業規則を労基署に届け出て「法的に有効」と主張した。その結果、少なくとも20人以上の非常勤講師が不当に雇い止めされたとも見られている。 

 山梨学院は専任の教職員に対しても、事前に説明をしないまま給与の大幅な引き下げを断行した。2019年4月から、期末手当をそれまでの年間5.1カ月分から、評価によって3.0〜4.6カ月分に変更している。平均的な評価を受けた場合は3.8カ月分なので大幅ダウンになる。 

 さらに、赤字の部門は期末手当を年間2.0カ月分にすると一方的に通告してきた。黒字の部門は一部に限られるので、大半の教職員が2020年度には期末手当を年間2.0カ月に下げられることになった。 

 古屋氏による経営方針や人件費削減などを受けて、退職者も続出する。正式な数字は明らかになっていないが、関係者によると職員だけで2018年度と2019年度の2年間で50人以上が退職したと見られている。 

 山梨学院が経営難の状態にあり、人件費削減をしなければ存続できないというのであれば、教職員も納得するだろう。しかし、法人の資産総額から負債総額を引いた正味財産は400億円以上あった。 

 しかも、人件費を削減する一方で、古屋氏による私利私欲とも言える支出が明らかになった。妻が経営する会社に、法人から様々な事業が発注されていたのだ。その一つは、2018年に変更された大学のロゴマークをめぐる支出だった。ロゴのデザインなど関連事業が妻の会社に発注されていた。 

 もう一つは、大学広報のウェブマガジンの制作だ。以前は広報誌の形態で法人が発行していたものを、妻の会社が受注していた。もっと不可解なものもある。前述のキックオフセレモニーで、民間から転職してきた管理職を紹介する動画が会場に映し出された。この動画を受注していたのも、妻の会社だった。これらの発注金額を法人は明らかにしていない。 

 個人経営の私立大学では、どこでもワンマン経営は起こりうるかもしれない。しかし、学校法人は税制優遇を受けているうえ、毎年私学助成金を受け入れている。つまり、税金が投入されているにもかかわらず、親族への発注は問題ないと法人は主張しているのだ。 

新会社の設立は「上層部に利益を集めるため」か 

 新たな疑惑も持ち上がっている。2019年7月から8月にかけて、古屋氏や法人幹部らの自宅などに、複数の新会社が設立されていたのだ。しかも、そのうちの一つの会社に法人から4億5000万円が出資されていた。 

 この会社は2019年12月に設立された「C2C Global Education Group」。C2Cは古屋氏が掲げる経営理念を表すものだ。大学の総務課長が代表取締役を務める。所在地も総務課長の自宅住所だ。 

 会社の目的には、教育から不動産管理、広告・宣伝まで、法人が行ってきた事業や業務のほぼすべてが記載されている。法人としての事業を、この会社を通じて実施するのだろうか。 

 その他の会社も不可解なものが多い。古屋理事長兼学長の自宅を所在地にしている「C2C Holdings」は、2019年7月に設立され、2020年4月に「DiDi Holdings」に名称を変更している。代表取締役は古屋氏と学校法人専務理事の成瀬善康氏で、コンサルティングや人材育成などを業務にしている。 

 山梨学院大学の住所には「C2C Global Education Japan Holdings」「C2C Global Sports Academy」「C2C GlobaL Language Academy」が設立されたほか、別の住所には「C2C Global Education」もある。それぞれ古屋氏や学校法人の幹部が代表を務める。 

 なぜ2019年7月から12月にかけて、「C2C」名を冠した会社が次々と設立されたのか。可能性として疑われるのが、2020年4月に施行された私立学校法の改正だ。 

 この法改正では、私学に対して「役員の職務及び責任の明確化等に関する規定の整備」や「情報公開の充実」、「中期的な計画の作成」などが定められた。学校法人の運営の透明化が求められると同時に、理事や理事の親族などに特別の利益を与えてはならないことや、利益相反取引を制限することも定めている。 

 「C2C」グループの企業が学校法人とどのような契約を結んでいるのかは不明だが、改正法の施行を前に、理事長兼学長をはじめ、上層部それぞれが利益を得られるような体制を「駆け込み」で作ろうとしたと受け止められても、仕方がないのではないだろうか。 

 これだけの問題が噴出しているにもかかわらず、古屋理事長兼学長の「暴走」に歯止めはかかっていない。学校法人は「5000億円の売上を目指す」と目標を掲げ、学費の値上げも行っている。 

 山梨学院大学の学長は2022年4月、古屋光司氏に代わって青山貴子氏が就任した。青山氏は古屋氏の妹だ。理事長は引き続き古屋氏が務めている。

田中圭太郎氏『ルポ 大学崩壊』(筑摩書房)
この記事の著者
田中圭太郎

1973年生まれ。大分県出身。早稲田大学第一文学部卒。地方局で19年間勤務後、2016年からフリーランス。雑誌・Webで大学、教育、社会問題、ビジネス、大相撲など幅広いジャンルで執筆。著書『ルポ 大学崩壊』(筑摩書房 2月9日発売)『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)

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