待機児童が60%減…就活も結婚相手も「最適なマッチング」に従う、”幸福度が高い”未来は意外と悪くない

 東京大学教授の小島武仁氏は、人や資源を最適に組み合わせる「マッチング理論」を基に、待機児童問題や企業の人材配置といった日本社会で生じているさまざまな問題の解決を目指している。マッチング理論を社会実装していくことで、世の中はどう変化するのか。「日本の未来は意外と悪くない」と考える小島氏の目指す未来とは――。 

※本稿は高橋弘樹編著『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)から抜粋、編集したものです。 

マッチング理論で待機児童が減少 

 私は、経済学では新興の分野の「マーケットデザイン」を研究しています。マーケットデザインとは、世の中の「資源」や「人」を最適な形で配分するために、社会制度をどう設計していけばいいかを考えていく、というものです。 

 その中でも特に専門は「マッチング理論」です。これは、人と人、人とモノを最適に組み合わせる仕組みを研究する学問です。理論にとどまらず、現実社会に応用していくことで社会問題を解決に導けるというのが、この学問の大きな特徴です。 

 私は「世の中で生じる問題の多くはマッチングがうまくいっていない」ことによるものだと思っています。マッチング理論には、社会をよりよい方向に変えていく力があるのです。 

 価格による調整が行われない状況では、供給より需要がたくさんある需要超過や、逆に供給のほうが多い供給超過の状態になる危険があります。たとえば保育園を例に挙げてみましょう。保育園の受け入れ先を決める際には需要超過が起きていると考えられます。いわゆる「待機児童問題」です。 

 また「保育園に入れさえすればいい」ということでもないですよね。駅の近くにある便利な保育園は人気になり、そうではないところは希望者が少ないという事態も生じます。 

 そういうときに、どうやって振り分けを決めるのかはすごく難しい問題です。全員の希望通りには絶対にならないので、誰かに涙を呑(の)んでもらわないといけない。100%理想通りとはならなくても、全体の納得感、満足感を高めるにはどういう決め方がいいのか。 

 私たちはそういう難しい問題に対して、疑似市場的な機能を取り入れた仕組みで調整しています。具体的には、待機児童の数や入所児童の希望順位などをデータ化し、学術研究にもとづいて開発したアルゴリズムを使って「最適なマッチング」を構築し、より多くの子どもを希望の保育園に割り当てていきます。 

 ここでいう最適なマッチングとは、自分の子どもが入れる保育園の中で、希望順位が一番高いところに決まることを意味します。 

 たとえば、自分の子どもの点数だと、A園、C園の2つの保育園に行けて、自分がB園、C園、A園の順で希望を出していた場合、入れる中で一番希望順位が高いC園に必ず決まるようになっています。 

 希望者全員が、入れる中で一番行きたい保育園に決まるわけなので、全体の満足感は高まります。 

 実際、私たちのチームが山形市からデータ提供を受け、マッチング理論をベースにしたアルゴリズムを実装するとどうなるかを検証したところ、「待機児童が60%減る」という試算が出ました。これはあくまで理想値なので、現実ではここまでのパフォーマンスは出ないと思いますが、ある程度の効果は期待できるはずです。 

 また、多摩市では、2022年から、保育園の振り分け選考を行う際に、私たちが提案したアルゴリズムを活用しています。この取り組みの成果は現在検証中ですが、待機児童問題の解決に役立つと期待しています。 

恋愛アプリのマッチング精度向上も

 マッチング理論には、2つのアプローチがあります。実社会から得られたデータや事実を積み重ねることで理論を組み立てていく手法と、先に抽象的な理論を立てて、それが実際の社会でも機能していくことを証明する手法です。場合によりけりですが、私はどちらかというと後者のほうを主にやっています。 

 私の研究の流れを少し単純化して説明すると、まずは「こういう仕組みのアルゴリズムをつくると、出てきた結果は○○というプラスの性質がある」というのを数学の定理として明らかにしていきます。数学的な証明というと、難しい計算をいっぱいやるイメージを持つかもしれませんが、そうではなくて、数学パズルのようなことをやっています。 

 「どういう手順を踏めば、うまく組み合わせがつくれるか」というのを、手作業中心でやっています。「つるかめ算」とか「旅人算」とか、ちょっと頭をひねれば解ける問題を解いている感じが近いかもしれません。 

 たとえば、恋愛マッチングアプリで一番いい出会いを実現させる理論を組み立てるとします。まずはあえて単純な問題にして、「登録者全員が、自分が誰をパートナーにしたいかわかっている」という状況を考えます。 

 実際は、付き合ってみないと誰がパートナーとしてふさわしいかはわからないかもしれませんが、とりあえず単純化してみる。「登録者が誰と結婚したいかを第1希望から第10希望まで順位づけしている」というモデル状況を設定します。このときに「ペアの組み合わせをどういうアルゴリズムで見つければ、みんなが満足するか」を定式化していきます。 

 実際の社会ではこんな簡単にうまくいきませんが、単純化されたモデルにおいては、全員が最大限満足する組み合わせの決め方が存在していることを数学的に証明できる場合があるのです。 

 そうやって、先に理論を組み立てたうえで、そのアルゴリズムを実際にアプリに組み込むにはどうするかを考えていく。このようなプロセスで、マッチング理論の社会実装を進めています。 

「歪み」を正し、人々を幸せにする 

 実装には時間がかかるでしょうが、「就活」はマッチング理論を活用して変えていくべきだと思います。大学の教員として、学生たちを見ていると、最近は就活が早期化・長期化していて、とても大変そうです。 

 「企業インターンで授業に出られません」という学生がいて、1、2年生から長期インターンで忙しい学生もよくいるようです。また、何十社もの企業を同時に受けて、基本的にはそのすべての企業に対して「御社が第一志望です」というふりをして面接を受けなくてはならない。 

 採用というマッチングの過程で、ものすごく時間と手間がかかっていたり、嘘をつかなくてはならなかったりする点で、最善の仕組みだとはいえません。 

 企業側も学生側も採用に大きな負担がかかっているのは間違いないので、アルゴリズムを活用して、双方の負担を減らしつつ、満足感を高めていく仕組みをつくっていきたいと考えています。 

 ただ、大卒者向けの新卒一括採用は、企業ごと、組織ごとに独自の採用プロセスがあり、仕組みを一気に変えるのは非常に難しい。政府はもちろん経団連や経済同友会のような団体がリーダーシップを発揮して、抜本的にルールを変えていくことが必要かもしれず、かなりハードルが高いですが、将来的には、取り組んでみたい問題です。 

 これに対して、高卒者を対象とした就活は都道府県レベルで関係者が事前に調整を行う仕組みがすでに存在しているようなので、こちらから始めて広げていくのがいいかもしれません。 

 (東京大学)マーケットデザインセンターとしては、「社会的なインパクト」を与える組織に育てていくことが目標です。私個人では、関われるプロジェクトの数や規模はどうしても限定されてしまう。 

 そこで、マーケットデザインのプロフェッショナルが集まる組織をつくることで、企業や自治体などと組んで、さまざまな社会問題を解決に導くことができるチームに成長させていきたいと考えているのです。 

 「社会をよりよい形に変えていくことができる」のがマッチング理論の大きな特徴です。日本社会で生じている「歪み」を、一つひとつ正していき、世の中全体の幸福度を高めていく。そのうえで、マーケットデザインセンターが、新たな社会制度を構築する組織だと、世の中から認知されるようにする。それが私たちの目指している地点です。

高橋弘樹編著『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)
この記事の著者
小島 武仁

東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長。1979年生まれ。2003年東京大学卒業(経済学部総代)。イェール大学博士研究員、スタンフォード大学教授などを経て、20年より現職。21年度日本経済学会・中原賞を受賞。マーケットデザインの主要理論である「マッチング理論」で12年のノーベル経済学賞を受賞したアルヴィン・ロス氏らとともに数々の研究成果を発表してきた。

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