楽天モバイル・三木谷が求めた100%以上の数字…話題CMの仕掛け人、”史上最年少”女性常務執行役員の大抜擢

楽天の代表取締役社長兼会長の三木谷浩史氏は、市場にまだ“ガラケー”しかなかった時代からモバイルの可能性に着目し、力を注いできた。周りからの理解を得られなくても行動に移すことができる背景には、「三木谷曲線」と呼ばれる法則がある。楽天グループ副社長執行役員CMOを務め、楽天モバイルのマーケティングにも携わる河野奈保氏が見た楽天と三木谷氏、モバイルの歩みとは—―。(みんかぶプレミアム特集「楽天」第6回)
※本稿は三木谷浩史監修、上坂徹執筆 『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』(幻冬舎)から抜粋・編集したものです。
目次
モバイル事業で求めた「100パーセント以上の数字」
「これからは、モバイルの時代が来ます。楽天市場は、モバイル!モバイル!モバイル!を宣言します」
2006年7月に開かれた「楽天EXPO」。楽天市場への出店者が数多く集まり、店舗同士の交流の場ともなっているこのイベントで、壇上から三木谷はこんなメッセージを発信した。
なるほどそれは当たり前だろうな、と今は誰にでも思えるかもしれない。だが、モバイルビジネスの成長を牽引したのはスマートフォンの登場である。それは、2007年以降の話なのである。iPhoneが世に出たのが、2007年なのだ。
楽天市場がスタートした頃、インターネットショッピングはパソコンを使うことが当たり前だった。そんな中で、三木谷はいち早く「モバイルの世の中が来る」「ショッピングもモバイルで行われる」と予想していた。
しかも、そもそも三木谷の発想や捉え方は周囲とはかなり違っていた。それを早いタイミングで実体験することになった社員がいる。現在、楽天グループ副社長執行役員でCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)を務める河野奈保だ。
河野は2005年、楽天市場のモバイル推進責任者としてのポジションが委ねられることになった。まだ入社して2年目。これには驚いた。そして三木谷から、こんな課題が飛んできた。
「楽天市場のモバイル経由流通は、5年後にこのくらいの目標という数字を持ってきてほしい。どうすれば実現できるか、考えてみて」
三木谷自身も目標とする数字を河野に伝えた。河野はマーケットのリサーチデータを取り寄せてみた。どのくらいのマーケットシェアを取ればいいのかを知りたかったからだ。ところが、データを見て驚いた。何パーセントのシェアを獲得するどころではなかった。三木谷が提示したのは、マーケットサイズをはるかに超える、100パーセント以上の数字だったからである。
「さすがに、これはないな」。楽天はデータ重視の会社である。数字とロジックは必要だった。リサーチデータによれば、このくらいのマーケットになるとされている。提示されたのは、これを超える数字になっている。だから、このくらいが妥当……。こんなふうにロジカルに説明すれば、三木谷にも理解してもらえるはずだ、と河野は考えた。
三木谷が提示した数字ではなく、現実的な数字を目標に据えた。資料を作り、三木谷のもと を訪れた。当時、オフィスのあった品川シーサイドの社長室に向かった。
「実はモバイル経由の流通全体のマーケットサイズはこのくらいなんです。楽天は、その中からこの程度のマーケットシェアを取れば、5年後にはこのくらいの数字が達成できることになります」
河野は説明した。三木谷は、黙って聞いていた。ところが、説明を終えた後に返ってきたのは、河野が想像もしていなかった言葉だった。
「そうだね。でも、このマーケットサイズというのは、どこかにあった資料でしょ。彼らは楽天の成長を読んでいなくて、普通の感覚のスピードのまま成長曲線を描くから、こういう数字になるんだ。楽天はマーケットを作っていく側だよね?
今あるマーケットの中でシェアを取るのではなく、自分たちがマーケットを作っていくわけだから、彼らが想定している数字を超えるくらいは、頑張ればできる話だよね。そういう誰かが作ったデータに惑わされて、自分のキャパシティに勝手にキャップをかけるべきじゃない」
衝撃だった。起業家というのは、決して他人のリサーチデータなど鵜呑みにしない。自分が見えるその先の世界を作っていく。切り拓いていく人なのだ、と改めて思った。河野は回想する。
「私が楽天でやらないといけないのは、マーケットの中で戦っていくのではなく、マーケットを作っていくことなんだ、と改めてわかったんです。このとき初めて、アントレプレナーと働くとはどういうことか、楽天でなければできないこととは何か、気づくことになりました。自分の中でスイッチが入ったんです」
リーダーに求められるのは、人の想像を超える発想をすること。そうでなければ、事業も大きくなっていかない。グローバル展開もできない。
「それからは、自分の可能性にキャップをはめて発想の枠を制限するのではなく、どうすればできるのか、他に方法はないか、もっと大きくできないか、という考え方で仕事に取り組むようになりました」
伝えられた目標は現実的には難しいものだった。しかし、本質はそこにはなかった。データは大事だが、同時に過去のものなのだ。未来を描く要素としては不十分だったのである。
「データを活用しながらも惑わされず、自分で仮説を立てて実行し、検証し、仕組み化する。それを繰り返さなければ、新たなユーザーニーズを開拓できるようなマーケティングはできないんです」
「これじゃ三木谷曲線になっていないからダメだ!」
三木谷曲線、という言葉がある。大抵の人が99.5パーセントまで努力しているところを、残りの0.5パーセントを最後まで粘って努力し続けられるかどうかで決定的な差が生まれるということを示した曲線のことだ。
三木谷の考えるビジネスの成長曲線は、普通ではない。自然増ではまったく飽き足らない。それをいかにして、急激な右肩上がりに変えていくか。その発想が、楽天には常にある。これもまた、楽天を大きく成長させた強さの一つだ。河野は言う。
「ホワイトボードを使ってディスカッションして、事業計画を立てたりするときにも、これじゃ三木谷曲線になっていないからダメ、というくらい自分たちの中でも、思い切って上げていく、という意識がありますね。また、それを意識するためにも、必ず絵にする習慣があります」
世の中はずっと同じではない。必ず変化していく。技術が変わり、デバイスが変わる。そういう瞬間がやってくる。当時は、まだスマートフォンが出ていない時期。三木谷に今の未来が予測できていたわけではない。
「世の中が変わると、戦う土俵が変わり、競合も変わります。それはリスクでもあるわけですが、逆にいえばチャンスにもなる。だから三木谷の中にあるのは、時代の変化、ツールの変化、何かいろんな変化に絶対に何がなんでも食らいついていく、ということだと思います」
そして三木谷の強さは、成功するまでやり続けることだ、と河野は言う。一度うまくいかなかったからと諦めるのではなく、改善して絶対に成功させる。
「人が諦めるところを、諦めずにもうちょっと頑張ることこそ、勝負に勝つ要素だと思うんです。もう無理だな、と思ったときこそ、もうちょっとやる。そう考えています。そうでなければ、他の人と同じですから」
「日本の携帯代は高すぎる」CMの裏側
2017年4月には楽天史上最年少かつ初の女性として常務執行役員に就任した。現在は、楽天グループの副社長執行役員として全体のマーケティング、ブランド戦略を統括する立場にもある。2020年からは楽天モバイルのCMOも務めている。あの鮮烈な、インパクトあるテレビCMについても教えてくれた。
「改革者、挑戦者であることが楽天の象徴的なイメージなんです。楽天モバイルのCMがまさにそうなんですが、クリエイティブでも、強さやインパクト、新しさが何より重要になります」
これは三木谷の意志も大きい。他社の事例はまったく気にしない。それよりも大事にしているのは、ユーザーの想像以上のことをやること。そうでなければ、改革者としては印象に残してもらえない。改革者には、心地よいCMなど求められていないのである。強い意志を表すことができるもの、強いメッセージを発することができるものにする。
「これは社内向けのメッセージも同じです。言葉を作って、みんなの脳内を刺激するのが、三木谷はとてもうまいです。モバイル経由流通をもっと伸ばそうと考えたときには、モバイル!モバイル!モバイル!と連呼していましたし、アプリを全事業で作れ、というときにはNo app, no life みたいなメッセージを発したり。標語を作ることでわかりやすく誰にでも共通の認識を持たせることに長けている。だから、みんなの進む方向性がブレないんです」
楽天モバイルでは、毎朝30分のデイリーハドルミーティングが行われている。参加者は100名を超えることもある。そこで課題は一気に共有され、一気に解決に向かう。
2022年9月末時点で、楽天モバイルの契約数は、MNOとMVNOを合わせて520万回線の規模になっている。だが、これはまだ始まりに過ぎない。
