頭金600万円でタワマンを購入したパワーカップルが予想できなかった「子育ての幸せ」と「本当の地獄」

夫婦共働きを前提として高額タワーマンションを購入

前回、50歳前後の2人の早期リタイアの話をさせていただきました。今回は不動会社の「大丈夫です」という言葉を鵜呑みにして、やや分不相応のマンションを購入してしまった毛利さん(仮名)の例をご紹介しましょう。

現役世代の賃金が増えにくい中でも新築マンション価格は上昇しています。バブル崩壊後は紆余(うよ)曲折がありましたが、首都圏の新築マンションの平均価格はバブル時の高値をとっくに抜き、2022年4月には平均価格が6291万円となっています。

マンションや一戸建ての購入価格の上限は年収の5倍程度といわれていることから、ここ数年の主な購入者はかつての片働き夫婦ではなくなり、共働き夫婦で、かつ2人の年収を合算して住宅ローンを組んでマイホームを購入されている人が多いようです。

コロナ禍によって「郊外にマイホームを求める人が増えるのでは?」という予測もありましたが、実際は郊外でマイホームを買った、あるいは郊外に引っ越したという例は微増にすぎませんでした。

一方で新築マンションの人気が高い理由は、おそらくコロナの影響が薄れるとともに職住接近を希望される夫婦が多くなったためと考えられます。「職住接近」かつ「駅直結」や「駅から徒歩数分」という利便性を求める世帯は相変わらず多いことも、新築マンションの価格上昇(価格が下落しない)に一役買っている気がしてなりません。

一役買っているといえば資産家が依然として相続対策でタワーマンションなどを購入していることも、マンション価格上昇の要因の1つに挙げられるでしょう。また都心5区などでは外国人がタワーマンションを始めとする新築マンション等に食指を伸ばしており、これがさらに価格を押し上げていることも付け加えておきましょう。

ペアローンを組んで購入したのに、妻は「会社を辞めたい」と言い出した

新築マンション価格の話はさておき、筆者の元に住宅ローンに関する悩みで相談に来られた毛利さん。

夫婦の年収は約1100万円。湾岸地域に待望のマイホーム(新築タワーマンション)を買って住み始めたまではよかったのですが、直後の妊娠・出産によって返済予定、いや資産形成を含めたお金回り全般の予定が狂ってしまいました。

夫婦は子どもはいずれ欲しいと考えており、子育ての時期が予定より早くなっただけなら問題はなかったのです。ところが毛利さんは「妻はペアローン返済のために育休が終わったら会社に復帰する」と考えていたのに、妻は「出産を期に会社を辞めたい」と言い出したことから状況が一変したのです。

聞けば毛利さんの妻は会社の人間関係があまり上手くいっておらず、マンション購入前から「会社を辞めて今後の働き方をどうすればよいか考えたかった」そう。でも退職してしまうと無収入になり、住宅ローンの審査に引っかかる可能性が高かったため、夫には仕事関係のことは一切話さなかったのです。

時既に遅しですが、マイホーム購入時に夫婦の収入合算で、あるいは夫婦が共に住宅ローンを組む場合、今後の就労をどうしたいか事前にしっかり話し合っておかないと取り返しのつかないケースもありえることに注意しなくてはいけません。

なぜなら株式や投資信託などは損切りして仕切り直しを行うことが可能ですが、マイホームを購入したら金融商品のように簡単に仕切り直しができないからです。 

夫の手取りの半分がローンと修繕積立金等で消える

毛利さんが購入したマンションは物件価格6500万円。

頭金は親から600万円を援助してもらって支払い、残りの5900万円を住宅ローンに組みました。

住宅ローンは不動産会社に「金利は当面上昇しない」と言われたので変動金利タイプ(利率0.85%)を選択。返済期間は35年です(毛利さんの年齢は35歳なので完済予定が70歳ですが、この記事では取り上げない)。

また返済額は毎月16万2400円で、修繕積立金と共益費(毎月5万円)を合計すると月21万2400円、年間254万8800円に上ります。

一方で返済の原資となる毛利さん夫婦の税込み年収は「夫=650万円、妻=450万円」でした。

夫婦合算なら(表面上は)今後もあまり苦労せずに返済できるように見えますが、妻が仕事を辞めてしまうと状況は一変。

毛利さんの年収を手取りに直すと(妻が扶養家族に入っても)520万円前後にとどまるため、ローン返済と修繕積立金等に支払う額は、手取り収入に対して約49%にもなってしまいます。妻が離職してしまうと手取りの半分が住居費として持っていかれるのです。

しかも貯金はマンション購入の諸費用でほぼ使ってしまったので数十万円のみ。

いままではご夫婦は共に仕事が忙しく、食事は外食しがち。かつ夏・冬はしっかり休みを取って旅行へ行っていたので当然生活レベルは相当高くなっていました。おまけに夫婦別財布でしたから、互いに相手が貯金をいくら持っているのかよくわからず、またお互いに「相手がしっかり貯めているだろう」と思っていたそうです。

典型的な「仕切り直しできないケース」

毛利さん夫婦が典型的な「仕切り直しができないケース」であることはいうまでもありません。

夫婦は頭金(自己資金)を少額(住宅価格の1割弱)しか入れず、残りの5900万円を住宅ローンの借り入れでまかなっていました。

自己資金を入れないことがなぜ問題なのでしょうか。理由は「新築物件は購入して居住が始まった途端、中古物件となり、その価格は購入価格から2~3割下がるから」。

これはあくまでも一般論なのですが、だからこそ(通常2~3割低下すると言われているから)一般的に銀行は物件価格の8割までしか貸してくれないのです。銀行は融資額を8割以内にとどめることで(返済が滞っても物件を売却すれば住宅ローンの元本くらいは回収できるようにして)貸し倒れのキズを浅くしているのです。

これらを毛利さんのケースに当てはめてみます。

毛利さんの場合、ペアローンを組んだこともあって銀行が住宅価格の9割以上も貸してくれました。

もし毛利さんが自己資金を入れていて、なおかつ購入したマンションが人気物件なら、購入価格前後で売却できる可能性が高いため(譲渡益までは発生しないものの)住宅ローンを完済してその一部が戻ると考えられます。

しかし毛利さんは実際は自己資金をほとんど入れていないので、売却しても住宅ローンが完済できないことになるわけです。

売却しても住宅ローンを一括して返済できなかった場合、原則は残額の一括返済を求められるのですが、近年は分割返済の相談に乗ってくれるようです。仮に分割返済を応諾してくれたとしても、既に物件は売却しているのですから無担保ローンを返済するようなものです。

また仕切り直しでマイホームを購入しようとしても、二重ローンとなることから審査に通るのが難しく、物件選びで妥協せざるを得ない状況となってしまいます。

妻がフルタイムで働いてくれないと、将来マンションを失ってしまうかも

現在は、妻の退職金が入って貯金額が増えたので一息ついているものの、これでは根本的な解決になっていません。

また夫婦は「生まれてくる子どもにしっかりとした教育を受けさせたい」と希望しているので、これからは毛利さんの収入だけで多額の住宅ローンを返済し、さらに子どもの教育費なども準備しなければいけません。

当然、厳しい節約を行い、生活費を大幅に引き下げて、貯蓄もしっかり行わなければならないところなのですが、毛利さん夫婦は家計支出すらしっかりと把握していない始末。何から手をつけてよいのかわからないので、まずは1カ月あたりの収支を正確に把握するため、家計簿をつけることからスタートしました。

幸い毛利さんは順調に昇給しており、また妻の両親の援助もあることなどから、家計の大幅なダウンサイジングに成功すれば首の皮一枚でつながりそうな雰囲気ではあります。

しかしながら「妻が専業主婦に楽しみを覚えてしまい、フルタイムの職に就くかどうかは未定」というのは気がかりな点。妻の収入がないと、おそらく夫婦の貯蓄がなくなってしまうからです。

夫婦間の意思疎通をせず、高額なマイホームを購入した毛利さん。妻がフルタイムで働いて相応の収入を得てくれないと「貯蓄ゼロ世帯」に転落するだけでなく「マンションの売却」という厳しい現実に直面するかもしれません。

この記事の著者
深野康彦

ファイナンシャルプランナー。ファイナンシャルリサーチ代表。1962年生まれ。クレジット会社を経て独立系FP会社に入社、96年に独立。30年以上の実績を持つ日本のFPの草分けの一人。さまざまなメディアやセミナーを通じて家計管理の重要性や投資のあり方を発信するとともに相談業務も行っている。

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