「有権者が選挙に興味を持てない」残念な理由…見殺されるリベラルの希望はどこに 安倍元首相襲撃事件の衝撃は選挙に影響を与えたか?

「弔い合戦」とも呼ばれた選挙だったが…それでも投票率が低かった理由

 2022年7月10日に投票が実施された第26回参議院議員選挙において、自民党は単独で選挙区45、比例代表18、あわせて63議席を獲得し、改選議席125の過半数を確保に成功する大勝を収めました。改憲勢力である自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党の4党あわせての獲得議席数は93議席となり、憲法改正の発議に必要となる参議院の議席全体の3分の2を超えたことになります。

 もともと自民党の勝利が予想されていた選挙でしたが、選挙戦終盤になって大きな事件が起こりました。安倍晋三元首相銃撃事件です。

 8日午前11時半ごろ、安倍元首相が銃撃されて亡くなったことを受け、今回の参院選は、普段の選挙とは異なる文脈を持った選挙となりました。一部では、「事件が自民党大勝を後押ししたのではないか」とも言われています。しかし、そこにはもう少し分析を待つ必要があります。現時点で、軽率な発言は慎むべきだと思います。

 今回の参院選は初めから盛り上がりに欠けていました。戦後3番目に低い投票率55.93%を記録した2021年の衆院選と、戦後2番目に低い投票率48.80%を記録した2019年の前回の参院選の流れから考えてみても、戦後最低の投票率を記録してもおかしくありませんでした。事前の情勢調査や取材でも、自民党、公明党の大勝と立憲民主党の議席減、維新が議席を伸ばしそうだという予測は容易にできました。元々、自民党の大勝は想定されていたことなのです。

 確かに、安倍元首相の死によって今回の参院選は前回までのものとまったく別の文脈を持つことになったので、投票率の上昇という意味では影響があった可能性はあります。最終的な投票率は52.05%で、前回の参院選よりも少しだけ上昇していました。事件を受けて、関心を持って投票にいく有権者はもっと増えるかなと思っていましたが、あまり増えませんでした。

 これほどまでに国民が政治に関心を持てなくなったのも、選挙に強かった安倍政権時代の戦略によるところが大きいでしょう。安倍政権の選挙戦では、具体的な争点をあえて作らなかったことがポイントです。これにより、特に無党派層の選挙に対する関心は高まらず、自民党と公明党の組織力を固めることによって分散化した野党より多くの票を獲得することに成功しました。その結果、議席を失い、弱体化していた野党は手も足も出ず敗北を重ね、結果的に分裂していきました。そうした選挙を繰り返していった結果、当然の成り行きとして、国民の選挙への関心は低くなったということは言えるでしょう。

 2021年の衆院選では、「野党共闘」という形をとって、野党にも一定の成果はあったことは事実ですが、結果的に自民党一強の構造は揺るがなかった。左派の支持を厚くしただけで、政治学の実証分析を踏まえても、今に至るまで無党派層、有権者のボリュームゾーンである中道の有権者からの支持は得られなかったわけです。なにより旧民主党系の政治家、政党は決定的に嫌われています。

 今回の参院選も、その傾向は変わっていませんでした。「低投票率のまま自民党が圧勝する」という結果が見えていた理由です。

ボリュームゾーンである中道の有権者には興味がないのに…無駄に固執する左派リベラル

 ボリュームゾーンである中道の有権者にとって興味がないにもかかわらず、立憲民主党や共産党などの左派リベラル政党がこだわっているのが、憲法問題です。立憲の泉代表は、「憲法問題」が争点とし、共産党などの左派政党はいつものように護憲を打ち出していました。憲法、特に9条の問題は日本の安全保障と直結する問題です。

 2015年、第二次安倍政権下で成立した安全保障関連法において、自衛隊による集団的自衛権の限定的行使が容認されました。憲法学者などからは「違憲」という批判も続出したわけですが、しかし法案は成立しています。そして、自衛隊の存在は当然のように「合憲」と考えられています。今、必要なのは国民にとってリアルな安全保障像論争であり、説得的な党の方針を打ち出すことです。これをおろそかにして、憲法が争点としているばかりでは、左派リベラルでは「不安で、政権は任せられない」と見られることになります。

 改憲勢力が圧勝した今回の参院選を受けて、改憲に向けた具体的な取り組みが始まるのは必至です。まして、「憲法改正」という課題は自民党最大派閥の領袖であった安倍元首相の悲願でもあります。岸田首相も7月11日には「できる限り早く発議に至る取り組みを進める」という発言がありました。立憲は改憲そのものには反対していないということですが、今のような対峙の仕方ではより、厳しい政局判断を迫られていくことになるはずです。

揚げ足取りばかりの左派リベラルには誰もついていかない

 最近のリベラル、左派政党は、国会の内外で週刊誌や新聞が報じた自民党議員の失言やスキャンダルを責めています。必要なことではありますが、それは政治の本筋ではないと思います。これでは、有権者から見限られるだけです。この国を動かしている「サイレントマジョリティー」は、立憲民主党などがいちいち追及したところで、「また言っているよ」くらいにしか思いません。

 自民党が「A」と言ったら、それに対して立憲民主党は場当たり的に反対のことを言う。こんな態度で挑むよりも、きちんと自分たちは何がしたいのか、ビジョンを作り、それに基づいた強い政策を作らないと支持は戻ってこないでしょう。

 そういった意味で、立憲民主党などの左派リベラル政党は安倍元首相を見習ってもいいのではないでしょうか。私が見るに安倍さんには、経済政策、安全保障、歴史観と三つの軸がありました。いずれも、これまでの政策を動かそうとしていました。私は経済政策については比較的賛同できるところがあり、残りの二つについては批判的です。さまざまな評価はありますが、安倍元首相が「信念の人」であったことは間違いないことです。口先だけではなくて、きちんと行動しようとしいていた。だから人望もあったし、世界の政治家からの評価もあったのではないでしょうか。

 人をまとめあげるリーダーが出てこないと、野党が政権をとる未来はいつまでもやってこないでしょう。安倍元首相の政権運営について、野党は本気で分析してみてもいいと思います。

左派リベラル政党が本気で政権をとりにいくための方法

 立憲民主党などリベラル政党が本気で政権をとりたいのであれば、揚げ足取りに固執するのではなく、他の野党とともに個々の政策ごとに政策協定を結んでいくなどして、本気の政策提言をコツコツ重ねていくしかありません。ウイングは中道からの支持を得ている維新、国民民主に広げていくのも一つの手だと思います。

 例えば、国民民主党は今回の選挙戦で一定の説得力を持たせた財政出動政策をうちだしました。れいわ新撰組も「財政出動は必要だ」という考えはあり、無論差異はありますがこの点については巻き込めます。ブレーンとなるきちんとした経済学者をつけ、経済危機に対抗する「積極財政」という軸で立憲民主党、維新も一緒に政策をつくり、与党に対して提言していくということがあってもいいのではないでしょうか。岸田政権になってからは、緊縮財政路線が強くなっています。しかし現在の不況を脱するためには財政出動は必要なわけですから、先手、先手で説得的な政策を練り上げれば、野合と思われないような形で打ち出せます。

 国民の多くが大切だと思っている経済政策という軸を作ることに加え、自民党が絶対に攻められないテーマを突いてみることも重要です。例えば、「夫婦別姓」と「同性婚」というテーマは、自民党は絶対に手をつけられないテーマですが、多くの有権者は賛成しています。実現が求められているテーマでもありますし、リベラルから中道まで幅広く巻き込む形で、「これは新しい」と有権者に見られる構図が描けると思うのです。

 ほかにも、自民党が弱いのは「女性」という文脈ですよね。現職だけでなく、元議員も女性蔑視発言をしています。これを単なる失言追及で終わらせるんではなく、立憲民主党はそこを突いて、次世代の女性リーダー候補を何人も打ち出して、育てていく必要があると思うのです。そして、実際に女性リーダー候補に権限を持たせる党運営へとシフトする。

 長期的な視点で考えれば、理念を形にし、実行することこそが政治の王道であって、自民党に対抗することです。

 失言追及は大事だけど、それで終わるのではなく、人事と構想を打ち出す。口先だけで戦っても仕方ありません。いつまでも揚げ足ばかりとっているようでは、この国の左派リベラル政党は絶滅してしまいます。今の体たらくには、危機感しか感じませんが、無くなっていいとも思っていません。

この記事の著者
石戸諭

1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。

このカテゴリーの最新記事

その他金融商品・関連サイト

ご注意

【ご注意】『みんかぶ』における「買い」「売り」の情報はあくまでも投稿者の個人的見解によるものであり、情報の真偽、株式の評価に関する正確性・信頼性等については一切保証されておりません。 また、東京証券取引所、名古屋証券取引所、China Investment Information Services、NASDAQ OMX、CME Group Inc.、東京商品取引所、堂島取引所、 S&P Global、S&P Dow Jones Indices、Hang Seng Indexes、bitFlyer 、NTTデータエービック、ICE Data Services等から情報の提供を受けています。 日経平均株価の著作権は日本経済新聞社に帰属します。 『みんかぶ』に掲載されている情報は、投資判断の参考として投資一般に関する情報提供を目的とするものであり、投資の勧誘を目的とするものではありません。 これらの情報には将来的な業績や出来事に関する予想が含まれていることがありますが、それらの記述はあくまで予想であり、その内容の正確性、信頼性等を保証するものではありません。 これらの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当社、投稿者及び情報提供者は一切の責任を負いません。 投資に関するすべての決定は、利用者ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。 個別の投稿が金融商品取引法等に違反しているとご判断される場合には「証券取引等監視委員会への情報提供」から、同委員会へ情報の提供を行ってください。 また、『みんかぶ』において公開されている情報につきましては、営業に利用することはもちろん、第三者へ提供する目的で情報を転用、複製、販売、加工、再利用及び再配信することを固く禁じます。

みんなの売買予想、予想株価がわかる資産形成のための情報メディアです。株価・チャート・ニュース・株主優待・IPO情報等の企業情報に加えSNS機能も提供しています。『証券アナリストの予想』『株価診断』『個人投資家の売買予想』これらを総合的に算出した目標株価を掲載。SNS機能では『ブログ』や『掲示板』で個人投資家同士の意見交換や情報収集をしてみるのもオススメです!

関連リンク
(C) MINKABU THE INFONOID, Inc.