虐待から逃げ出したい…半数が金銭理由で進学する「防大女子」の3割が辞めるワケ

 幹部自衛官を育成する唯一の機関である防衛大学校。心身ともに屈強な若者が集うこの学校にも、女子学生が存在する。彼女たちが防衛大学校を選ぶ理由は「国防意識が高いから」ではない。ではなぜ国防の道を選ぶのか。また、防大・自衛隊での厳しい環境に直面した彼女たちが取る選択とは――。知られざる「防大女子」の真実を描いた全4回の1回目。

※本稿は、松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集・加筆したものです。

第2回『度を越えたセクハラに「この組織はおかしい」…防衛大女子のリストカット事情と毎年のように出る自殺者

第3回『「袋かぶせたらヤレる」「胸を触られた」「点検と称しそのまま」…自衛隊がジェンダー問題をひたすら放置し続ける理由

第4回『鈴木宗男が「男子学生の嫁候補」として期待した防大女子から今、初の将官が生まれようとしている

「虐待から逃げ出すため」防大へ

 防衛大学校(以下、防大)は、全学生の約一割を女子学生が占める。1992年に入校が認められて以来、これまでに入校した女子の総数は約1300人に上る。

 では、一体どんな女子が防大を目指すのだろうか。取材で得られた入校の動機のトップ5を挙げてみよう(複数回答)。

  • 1.金銭的理由(49%)
  • 2.親や親戚の影響(親が自衛官など)(26%)
  • 2.自衛隊への憧れ(26%)
  • 4.就職先が決まっていることへの安心感(23%)
  • 5.自立したかった(17%)

 さまざまな動機が挙げられる中、「金銭的理由」が突出して多いことは注目すべきだろう。取材できた女子のうち、約半数の人間が金銭的理由を挙げた。これは一期生から現役防大生まで世代を問わない。

 なぜ「金銭的理由」がトップに来るのか。それは、防大は一般の大学と異なり、学費がかからないからだ。それどころか月額11万円超の学生手当や年2回のボーナスまで支給される。

 また、全寮制だが寮費はかからず、朝昼晩のご飯は食堂にて無料で提供される。制服も支給される上、校内に医務室があり薬も処方されるため医療費もかからない。つまり、基本的に衣食住すべてにお金がかからないのだ。おまけに平日は外出が禁止されているため、お金を使う機会も限られる。

 さて、「金銭的理由」と答えた回答を掘り下げると、「ちょうど受験期に親の給料が激減した。弟や妹のことを考えると、家計的に防大へ行く方がよいと判断した」というものから、「やりたいことが特になく、その状態で親に費用を払ってもらうのは違うと思った」というものまで存在する。

 切実な意見もあった。「虐待されて育ったため、早く家庭を抜け出したかった」「姉妹で差別されていて、親に『妹の分の学費を取っておかなくちゃいけないから、あんたを大学に行かせるお金はない』と言われた」など。

 彼女たちは「防大は苦しいことも多かったけど、なぜ防大に来たかを思えば、やめようとは思わなかった。やめても私には帰る場所がなかったから」と話す。彼女らにとって防大の存在は自分で道を切り開いていくための最後の砦の一つとなる。

 その次は「親の影響を受けた」「自衛隊への憧れ」が続く。特に、「親が自衛官」との回答は多い。「親の背中を見て国防を志した」といったものから、「自衛官だった親との関係はよくなかったが、そういう選択肢があることを昔から知っていた」まで温度差はあるが、現実をある程度知っている分、体感値ではあるが離職率も低い感覚がある。

 「自衛隊への憧れがあった」の内訳を見ると、「国防に携わりたい」「PKOに参加したい」などの、国防意識を持ち、自衛隊の任務そのものに思いを巡らせて進学した者はそのうち約半数。そのほかの「憧れ」は、「災害派遣を見て自衛隊へのイメージがよかった」「元々飛行機に携わる仕事がしたかった」など。つまり、明確に「国防意識を持って防大に進学した」者は全体の一割強しかいないのだ。

3人に1人が中退を選ぶ理由

 さまざまな理由から防大を選んだ女子だが、過酷な環境の中、同期らに支えられながら4年間を過ごす。だが、卒業前に3人に1人は防大を離れてしまう。直近5年間では6人に1人と大幅な改善が見られているものの、これは非常にインパクトのある数字だ。

 卒業前に防大を退校するのは、その大半が1学年時だ。理由として最も多いのは、「自分とは合わなかった」というもの。「生活リズムが合わない」「集団生活がつらい」など、時に「防大が大変だなんて、行く前から分かってたでしょ」と言われることもあるというが、ある程度の覚悟はしてきたとはいえ、想像と実際に経験したものとはやはり違う。

 2学年以降からはぐっと退校者が減るが、それでも怪我や持病の悪化、男女問題などでちらほらとやめていく。「ほかにやりたいことが見つかった」もないではないが、外部の情報があまり入ってこない防大で新しい目標を見つけられる者は少数派だ。

 また、4年間を乗り越えたとしても、そのまま自衛隊に進むのかはまた別問題だ。防大は卒業後、全員が自衛隊に進む。「就活」の概念は存在しない。

 卒業後に任官しないことがいわゆる “任官拒否” として毎年メディアに取り上げられるが、これまで一割程度の女子学生が幹部自衛官の道を進まないという選択をしている。

 任官拒否は決して褒められたことではない。一定の批判は向けられる方が健全だ。一番の理由は、防大生を育てるに当たっては多額の税金が投入されているところにある。防衛医大には任官拒否をすると学費を返還する義務が生じるが、防大にはそれもない。

 民主党政権下で一度、防大でも学費返還を行うよう定めた法案が閣議決定されたが、後に廃案となった。任官拒否をした防大生で、胸を張って「私は任官拒否をした」と言う者はいないはずだ。どこかに後ろめたさを抱える者がほとんどだ。

 任官拒否理由として、「国防意識がないから」というのは適切ではない。少し古いが1985年の衆院内閣委員会で明らかにされた調査では、「卒業時点では9割以上の防大生が国防の重要性を認識している」としており、4年間を防大で過ごせば多かれ少なかれ、国防意識は根付く。

 それでもやはり、「自衛隊は自分に合わない」「結婚する」「怪我をした」といった理由から自衛隊を離れる。卒業までにやめる者との違いは、「やめるほど防大生活がつらいというわけではないが、これから幹部自衛官としてやっていくほどの思いはどうしても持てない」「大卒資格は欲しいが他の大学に行くほどの熱意もお金もない」といったものだ。

 「自衛隊は自分には合わない」として任官拒否をする者は、「自衛隊そのものが合わない」というケースよりも、「自分の能力の限界」や「将来への不安」を挙げる者が多かった。男性優位な防大の中で自信をなくしたり、激務や度重なる転勤が待ち構えていることがわかっている中で、ワークライフバランスに不安を覚えたりしてしまうのだ。

年収1000万でも「割に合わない仕事」

 また、晴れて任官し、部隊に配属された後もやめていく女性は少なくない。その理由として最も多いのは「家庭との両立が困難だったから」だ。特に子どもが生まれた後、プライベートとの折り合いがつかずにやめていくケースが多い。

 家庭と仕事の両立に悩み、やめていく者たちはみな、「責任感がないから」「仕事が大変だから」自衛隊をやめるわけではない。むしろ自衛隊の仕事を大切だと思っているからこそ、「家庭も育児も中途半端になる」という状況に耐えられないのだ。

 またほかにも、セクハラやパワハラといったハラスメントを受けてやめた者、体調を崩して辞めた者もいる。この辺りは自衛隊特有の問題とも絡んでくる。

 では逆に、自衛官を続けられる理由は何か。中には「お金・生活のため」という回答もあった。防大卒の幹部だと階級によって差はあるが、30歳で600万円を超え、50歳時点では1000万円ほどになる。30歳過ぎの現役は「やめたいと思ったこともあるけれど、特にこれといった資格も特技も持っていない私がやめても、同じだけの給料を得ることはできないと思った」と話す。

 ただ傾向として、階級が上がるほど視座が高まり、「国防への志」を強く持っているようだ。「出世するほど、部隊を変えられる力を持つ。部隊ではできなかったことも、幕僚監部ではできるようになる。組織全体を見渡せるようになって、面白さを感じるようになった」「国防というのは民間ではできない仕事」。

 こんなふうに語ってくれた女子一期生もいた。「子どもたちの笑顔を見たときと、青い静かな空が広がっているのを見たとき、自分がこの平和を守る一員であることに誇りを覚える」。自衛隊に限った話ではないが、続けられた者だけが至ることができる境地がある。

松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)

この記事の著者
松田小牧

1987年大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、株式会社時事通信社に入社。社会部、神戸総局を経て政治部に配属され、2018年第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。

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