度を越えたセクハラに「この組織はおかしい」…防衛大女子のリストカット事情と毎年のように出る自殺者

 幹部自衛官を育てる防衛大学校では、日常的に厳しい指導や訓練が行われている。そのような環境下では、「追い詰められた」と感じる女性も少なくない。一体どのようなことが、彼女たちの心を傷つけるのか――。知られざる「防大女子」の真実を描いた全4回の2回目。

※本稿は、松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集・加筆したものです

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「お前みたいなクズはいらない」

 防大では、毎日のように上級生からの厳しい “指導” を受ける。納得させられるものからどう考えても理不尽なものまで程度に差はあるが、どんな指導でも受けたくはないものだ。

 中でも、心や身体が弱っているときに受ける指導は、より心に突き刺さる。ある者はこんな経験をした。

「1年のとき、怪我して松葉杖をつくことになった。できないことも増えて同期に迷惑をかける代わりに、できることは同期の分まで引き受けた」

「でも、ある日上級生に呼び出しを受け、『お前、階段では松葉杖使ってないって聞いてるぞ! 本当は使わなくても移動できるんだろ! お前みたいなクズはいらねぇんだよ! お前の存在が同期の邪魔だ! お前みたいな奴は早くやめちまえ!いらねぇよいらねぇ!』と言われた。自分ではこれ以上ないくらいに必死に生きていたつもりだったから、かなり応えた」

「部屋に帰って泣いていると過呼吸になった。息ができなくて手足が痺れて、なんで頑張ってるのにこんな思いをしなくちゃいけないんだろう、私は防大にいない方がいいんじゃないかと思った」

 上級生としては、「自衛隊に馴染めそうになければ早くやめさせるのがその子のため」「続けるのであれば覚悟を持たせる」という思いがあるので、1学年だからこそこういう指導になったのではないかと推察する。だが、1学年にとっては、ただただつらいだけだ。

 ほかのある者はこう振り返る。「防大の教育自体が、その人の性格や感じ方、考え方を一度壊して作り替える印象がある。私は本当に世間知らずで甘えていた部分があるから、たくさんのことを学べたり身に付けられたりしたと思う一方で、ペシャンコにされたときのことが忘れられず、今も自己評価が低いまま」。彼女は自己肯定感の低下に苛まれ、しばらく鬱病を患ってしまった、と話す。

 また、苛烈な指導を向けられるのが自分ではなくても、つらさを感じるときがある。最もつらかったこととして、「他人が指導されてるのを見たとき」と答えてくれた人も複数いた。

「同期がゲーム機を隠し持っていたのがばれて、反省ミーティング。みんな腕立て伏せをして、何が悪かったか一つずつ言っていく。その後は空気椅子。改善点を一つずつ言うまで終わらない。そんなに数があるわけもないのに……。同期は10キロくらいの重しが入った金庫を載せられてもうボロボロ。それを見るのはキツかった」

「同期の女子が恋愛沙汰で問題を起こしてやめた。いろいろ言われて、最終的には『女子でこういうことをやっちゃったからもういられない』って。でも男子はおとがめなしだった。それを見て、なんなんだこれはと思った」

毎年のように自殺者

 防大では、本当に残念なことだが命を自ら断つ者もいる。数字的には1年に1人出るか出ないかといったところだが、仲間の死は、残された者にも大きな影響を及ぼす。毎日顔を合わせ、共に乗り越えていこうとする仲間が死を選ぶわけだから、影響を及ぼすのは当然のことだろう。

「同期が自殺したのはきつかった。逃げたらいいのにって思うけど、そうさせてくれない環境と圧力が、結果として死という逃げ道しかないと思わせてしまうのは正直いただけない」

「ちょっとのミスから追い討ちをかけられて、その人が頑張って取り返そうとしても『一挙手一投足そいつがすることは詰めていこう、それが方針だ』という風潮になって、疑問だった。そして同期は亡くなってしまった。同期とも『絶対こんなの、普通の世の中じゃおかしいよ』と話してた」

 また、自殺まではいかなくても、密かに自傷行為を繰り返す者もいる。取材の中でも、「リストカットをしてた。部屋がつらかったというのが大きくて。冬だったので長袖だったから誰にもバレなかった」と話してくれた者もいた。

 防大が把握している「自傷行為を行っている者」の数は毎年0〜1人だというが、上記のように数には含まれていないが自傷行為を行う者、心を病む者は実際にはもっと多そうだ。過呼吸を起こす学生もそれなりにいる。

 ある者は「いつの間にか過呼吸が癖になってしまっていて、ちょっと怒られたり、運動したりしただけで出るようになってしまった」「『過呼吸は精神的なものだよね』と同じ訓練班の女子学生に言われ、自衛官としての自信を打ち砕かれた」と話す。

 ある者は防大の環境についてこう批評する。「一人で寛いだりリフレッシュできたりする時間がなく、何度か限界を感じて帰療を申し出たことがあったが、その後、中隊の指導教官から冷ややかなものを感じた。防大でSOSを発信することは『弱い人間』という烙印を押されることなんだと感じて、今後は何があっても指導教官や医務室に頼るのはやめようと思った」

 コロナ禍では、ストレスも増大するようだ。緊急事態宣言下の防大では、2カ月程度の外出禁止の措置が取られたといい、2020年11月の衆院安全委員会では自傷行為を行った者が同年1〜9月の間だけで少なくとも5人いたことが明らかになっている。

 防大生活を乗り越え部隊に出てからも、ストレスなどからやめる者もいる。

「仕事へのプレッシャーなどの精神的ストレス、競技会や野外訓練などの身体的ストレス、慢性的な睡眠不足により徐々に体調を崩した。アレルギーやじんましん、出勤時の吐き気、月経痛・冷え性の悪化などの不調が続き、限界を感じた」

「ずっと生理が重くて、毎月毎月生理のたびに体調が悪くなった。こっちの我慢や苦労も分かろうとせず、生理痛を軽く見られることにも我慢ができなかった」

「度を越えたセクハラに、『この組織はおかしい』と思うようになった」

 また、私の防大時代の大切な友人で、部隊配属後、自ら死を選んだ者もいる。周囲に聞いても確固とした理由は分からない。入校当初から「ものすごく幹部自衛官に向いている」というわけではなかったが、彼女より優しい子は私の周りにはいないと思うほど、他人を思いやることができる女性だった。

「銃を撃つ」のは女子に向いていない?

 上記の通り、防大・自衛隊には先輩自衛官からの指導や身体的負荷のかかる訓練、任務の重さなど、さまざまなストレッサーがある。この中で、明確に女性特有の悩みではないものの、実体験を踏まえてやや女の方が悩む割合が高いのでは思うものがある。「銃を撃つこと」だ。

 防大では入校ほどなくして「自分だけの銃」が手渡される。とりわけ2学年以降、陸上要員になれば訓練に銃は必須なので、取り扱いにはすぐに慣れるが、ふとしたときに自分が他人の命を奪う武器である銃を手にしていることに違和感を覚えることがある。

 もちろん女子全員がそうだというわけではないが、銃を前に真面目に思い悩んでいた女子を私は複数知っている。彼女らはこう話す。「私は他人に『銃を撃て』と命じられない、その重みに耐えられないと感じた。これは防大卒業後も悩んで、指導教官にも言いに行ったが、『それを背負っていくのが幹部の仕事だから、向き合い続けなければいけない』と言われた。今も向き合い続けている」

「ずっと銃を撃てるかどうか悩んできた。でも、部下ができて、今は部下を守るためなら撃てる、と思うようになってきた」

 私自身、4学年の冬の定期訓練のことをよく覚えている。そのときに行ったのは「バトラー」と呼ばれる、銃からレーザーを発射することで行う実戦形式の訓練だった。これまでの訓練では、銃は使えども、目標は的ばかり。銃口管理については厳しい教育を受けており、銃口を人に向けることはなかった。それが、このバトラー訓練で初めて銃口を人に向けることになったのだ。

 訓練地の草むらに身をひそめながら、こちらにやってくる「敵」に向け照準を合わせたことも、「敵」と鉢合わせして至近距離で銃口を向けられたことも、強烈な印象として残っている。「これが実弾なら私は人を殺し、殺されていた」。そう思うと背中を冷たいものが流れていった。

 なお、私の見る限り、そのバトラー訓練では男子はいつにも増して楽しそうに生き生きと訓練に臨んでいた。主観ではあるが、そのとき初めて、「あぁ、男って戦うことが好きなんだな。女とは本質的に違う生き物なのかもしれない」とぼんやり感じた記憶がある。

松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)

この記事の著者
松田小牧

1987年大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、株式会社時事通信社に入社。社会部、神戸総局を経て政治部に配属され、2018年第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。

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