続出しかねない模倣犯と工作員…「反安倍VS親安倍」をやっている場合ではない

「ここは日本なのか」。安倍元総理への銃撃は世界中を震撼させた

白昼堂々、公衆の面前で起きた銃撃事件は、日本はもちろん世界を騒然とさせた。標的となったのが安倍元総理だったからであり、選挙演説中の出来事でもあったからだ。2022年7月8日11時半ごろ、胸や首を撃たれた安倍元総理は、同日18時前に死亡が報じられた。まだ実感がわかないが、心よりご冥福をお祈りしたい。

岸田総理や各党の代表らは、安倍総理銃撃の報を受けて深刻な様態が報じられている安倍元総理の無事を祈るとともに、口々に「言論を暴力で封じてはいけない」「民主主義への挑戦だ」と述べた。

それはもちろん、そうなのだが、決定的に欠けている観点がある。模倣犯の続発をどう防ぐのか、という危機管理の問題である。

知らぬ間に“無敵の人”だらけになりつつある日本

昨年8月に小田急線内で男が刃物を振り回す事件が起きると、10月には京王線内で乗客を襲い、その後火を放った「ジョーカー」事件が発生、その後も立てこもり事件などが続発している。安倍元総理銃撃の前日にも、「刑務所に入りたかった」と述べる男に、女子中学生が切りつけられる事件が発生している。今回の犯人の犯行動機が明らかになるまでにはしばらく時間がかかるだろうが、報道によれば犯人は「安倍元総理の態度が気に入らなかった、政治的な恨みがあるわけではない」と語っているという。これが事実なら、「態度が気に入らない」という程度の不満の矛先が、特定個人に向くか社会の無差別な人々に向くかが、これらの事件の違いに過ぎない、ともいえる。

つまり、民主主義への挑戦以前に、個人的に募らせた不満を社会で発散するために人命を奪う暴挙に及ぶ事件は多発していたのであり、こうした事件に対する「政治担当者」らの感度はどの程度あったのかということだ。もし、そこに対する感度が高ければ、真っ先に心配すべきは「事件の続発」であり、模倣犯の防止を真っ先に考えなければならない。それこそが危機管理の核であろう。

安倍元総理自身は「政治家たるもの、テロの標的にはなり得る」という覚悟のようなものは持っていただろうと思う。一方で、報じられている安倍元総理が銃撃される前後の映像を見ると、SPらを含めて「危機意識を持っていたのか」という疑問を持たざるを得ないのも事実だ。事件が起きた奈良県の警察関係者は「安倍元総理の背後に聴衆を立たせないようにしていた」と述べているが、事実として犯人は安倍元総理の背後から近づいている。

SPと要人本人が基本的な危機管理行動すら取れていない

もう一つ驚くのは、一度銃声とも爆発音ともとれる音がした後の、安倍元総理やSPらのリアクションだ。

通常、SPは害を与えようという人物がいれば取り押さえる一方で、要人への攻撃を防ぐため、要人に覆いかぶさり、自身の身を挺して要人を守ろうとするものだ。だが、安倍元総理の背後で爆発音がした後、撃たれるまでの間に周囲の人間が安倍元総理の前に身を挺したものの、覆いかぶさった様子が見られない。銃撃、という事態を想定していなかったと言われても仕方がないだろう。

また、要人自身も爆発音がした際には「何が起きたのか」を確認しようとするのではなく、身を屈めるなど、危険回避の行動をとらなければならない。

ところが安倍元総理は「何が起きたか確認しようと振り向いて」いる。そのため首に銃撃を受け、命を落とすこととなった。背中でも致命傷になった可能性はあるが、屈んだり、地面に付して臀部を撃たれるなどの状況になっていれば、一命をとりとめられた可能性は高い。あとから「たられば」を言っても詮無きことだが、とっさに「銃撃」を想定し、対処できなかったことが悔やまれる。

撃たれた後も、周囲には街宣を聞こうと集まっていた人々が残っており、それぞれがスマートフォンで撮影したり、安倍元総理に近づいたりしている。これも、今回の犯行が単独犯だったから済んだようなもので、仮に仲間がいて銃を続けざまに撃っていたら、人的な被害はさらに広がった可能性さえある。

だが現場の様子からは、そうした「さらに先にある最悪の事態」を予測して動いている様子はうかがえない。安倍元総理に対する銃撃自体も言葉を失うようなものではあるが、その前後の様子からも強い危機感を覚えざるを得なかった。

国際的な危機管理体制を整備する一方で、自分の身を守ることができなかった安倍元総理

「危機管理」は安倍政権のテーマの一つでもあった。2017年にはテロ等準備罪を定め、各国とのテロ防止条約も結んだ。

中国という国家的脅威に関しても、一方では日中友好を進めながら、一方でインド太平洋構想を提唱し、のちに中国の海洋進出を牽制する枠組みである「QUAD」の成立に繋がった。つまり、組織立った脅威や、外から来る脅威に対する危機管理意識はこれまでにないほど高まっていた。

だが身近な危機を遠ざけることはできなかった結果になった。これほどまでに対外的な危機に対して警鐘を鳴らし続けてきた安倍元総理が、足元の危機によって命を落とすことになるとは、大変残念なことだがあまりにも皮肉としか言いようがない事態である。

だが問題は、先も指摘したようにそうした危機管理の観点を、官邸以下各党の党首の誰一人として指摘していないことだ。国民は、総理経験者が路上で銃撃されたことで騒然となっている。「うちの近所でもこういうことが起きるんじゃないか」「事件が続くのではないか」と思う人もいるだろう。政治がまずやるべきは、「民主主義への攻撃だ」というだけで終わらせずに、国民の平穏を守る意志を力強く宣言することだろう。

地方で選挙演説を行っていた岸田総理も、現地ではなく官邸まで戻ってきてから会見に応じていた。状況把握や情報収集の時間が必要だったのだろうとは思うが、まずは現地で国民に対し「警備強化を指示した」「落ち着いて行動してほしい」などとメッセージを発するべきだった。民主主義への攻撃かどうかというのは、国民に無関係ではないにしろ、あくまで「政治活動中に攻撃を受けた政治家」目線が強調される。他の党首たちも同様だった。だがそれ以前に、国民生活にとっては「国内の治安が保たれているかどうか」の方が、重要な局面だったはずだ。

そして、陰謀論と工作員がしたたかに跋扈する

当然のことながら、事件直後からフェイクニュースや陰謀論も瞬時に飛び交っている。報道機関やファクトチェックを行うNGO、そうした現象に意識のある個人のアカウントが「偽情報に騙されないように」と警鐘を鳴らしているが、政治からの発信は極めて少ない。

こうした状況では、外からの情報工作も蔓延しやすい。日本の言論状況が混沌とし、選挙に影響が出ないとも限らない。そうなれば、安倍元総理が警鐘を鳴らし続けてきた「外からの脅威」を排することもできなくなってしまう。

安倍元総理の死からわれわれが得るべきは、「反安倍VS親安倍」のような国民同士の分断を深めることではない。むしろ「まさかの時の危機管理」について再度足元から構築しなおすことだろう。

安倍政権期にも多数発射された北朝鮮のミサイルに対して、政府はJアラートを鳴らしたり、地方自治体に対してミサイル退避訓練を促すなどしていたが、こうした施策は「戦前を思わせる」などと批判され、非常に評判が悪かった。子供たちがミサイル着弾に備えて屈んだり、窓ガラスから離れたりするような訓練をクサしたり、「朝っぱらからJアラートなんて鳴らすな」「電車を止めるなんてバカか」など、実際に飛んでいるミサイルに対する警戒感のなさを露呈する向きも少なくなかった。

だが、訓練していなければいざという時にとっさの対処ができないことが、今回の銃撃で明らかになった。いや、SPらは訓練はしていたはずで、それでも被害を防げなかったのだ。

「まさか」の想定の甘さが、最悪の事態を招いたのである。組織ではない、個人で動くローンウルフや、外から来るのではなく中で育つホームグロウンと呼ばれるテロリストの危険性は、かねて国内外で指摘されるところだった。明確な政治意志を持っていない、「無敵の人」と呼ばれる通り魔的な犯行も、動機が違うだけでその危険性は同等と言えるだろう。

今回の衝撃的な事件を機に、もう一度国内の危機管理について見直す必要がある。少なくとも国会議員にはその責任があるのではないか。

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