9割の人が知らない「iDeCoの落とし穴」 …リターンが大幅に悪化する恐れ
金銭面で老後の生活に不安を抱えている日本人は多い。そこで、自力で年金額を増やすためにiDeCoを活用している人も多いが、老後資産形成コンサルタントの浦井麻美さんによると、iDeCoには見落とされがちな “落とし穴” があるという。「9割の人が知らない」という、iDeCoに隠されたリスクとは――。全4回中の1回目。
老後にそびえ立つ「4000万円問題」
2019年に「2000万円問題」が話題になりました。人生100年時代を迎えるにあたって、定年後、年金に頼った生活をする場合、月額平均で5万円の不足が生じるという話です。この計算式は、不足部分である「5万円」×12カ月×余命35年=「2100万円」という試算です。
でもね、現実はもっと厳しいのですよ。「2000万円なんて甘い! 現実は4000万円問題だ!!」私は声を大にして、このように言いたいと思います。
この試算が出された報告書のモデルケースでは、受け取れる年金額は月額22万1227円となっていました。この手のモデルケースを見るときに大事なのは、「前提条件」を知ることです。つまりどういう人たちだと、月額22万1227円の年金を受け取れるのかということです。
年金には「平均標準報酬月額」という考え方があります。これは新入社員から定年退職までの間に受け取った賞与を含む給料の平均月額のことです。月額22万1227円の年金を受け取るためには、平均標準報酬月額がいくら必要なのかというと、42万8000円です。
これは、実はかなりの高給取りなのですよ。厚生労働省が発表している平均標準報酬月額の平均値は、2018年度で31万3000円でした。ちなみに男性が35万5000円、女性が24万4000円です。ということは、月額22万1227円もの年金を受け取れるのは非常にレアケースだということになります。実際、国民年金を含めた厚生年金保険の受給額の平均は、男性の場合で17万3000円、女性の場合で10万9000円です。
また自営業者の場合は、基本的に国民年金のみになりますが、保険料を25年間納めた受給資格者で月額4万630円です。つまり、モデルケースとは大きなギャップがあります。ましてや自営業者の場合は、自分にやる気さえあればいつまでも働けるという現実はありますが、年金の額は心細い限りです。
これを見れば、年金月額20万円以上の人は、「勝ち組」ということになるのかも知れません。実際、私のところにお金の相談で見えられた家庭の一般的な年金受取見込み額は、多くの場合で年額90万円以上100万円未満です。月額でいうと7万〜9万円弱ぐらいでしょう。つまりこのモデルケースとは、現役時代に相当な高給取りだった、たとえて言うならば上場企業の役員レベルということになります。
老後資金は、2000万円ではなく4000万円なければダメなのです。「家計調査年報」の数字によると、高齢夫婦で無職世帯の平均支出は27万930円です。一方、厚生年金の受給額は男性の平均で17万3000円ですから、このギャップを預貯金の取り崩しで乗り切ろうとするならば、毎月9万7930円を預貯金から取り崩し続ける必要があります。
仮に65歳以降100歳まで生きられたとすると、35年間ですから9万7930円×12×35=4113万600円になります。4000万円でも足りないくらいですね。90歳まで生きられたとすると2937万9000円、95歳まで生きられたとすると3525万4800円です。いずれにしても大半のサラリーマン家庭にとって「2000万円問題」など単なる途中経過に過ぎません。それこそ「3000万円問題」、「4000万円問題」として問題意識を持つ必要があるのです。
真実を突きつけてもまだ「へ~」という程度にしか思っていない平和ボケした人は、「論より証拠」ということで、毎年郵送されてくる「ねんきん定期便」を見てみてください。ハガキだと「これまでの加入実績に応じた年金額とこれまでの保険料納付額」という項目があるので、このうち「加入期間に応じた年金額(年額)」の項目に記載されている金額を見てください。ここに国民年金(老齢基礎年金)の額と、厚生年金保険(老齢厚生年金)の額が記載されています。この合計額が、あなたが受給できる年金(年額)になります。
「iDeCoで年金対策」が増加中
老後の資産を考える上で、簡単に私たちの年金の仕組みについて説明しておきましょう。年金制度の構造は2階建てになっていて、1階部分に全国民に加入が義務付けられている「国民年金(基礎年金ともいいます)」があります。そして、2階部分が厚生年金になります。
いまや「年金だけで老後の生活を送るのは経済的に難しい」状況ですが、これは、会社員などであれば「国民年金+厚生年金」から受け取る年金だけでは、老後の生活費が不足する恐れがあるという意味です。したがって、会社員や公務員など組織に属して働いている人の場合は、新たに「3階部分」をつくる必要があります。
では、3階部分をどうするかですが、いま、この部分について一番話題になっているのが「確定拠出年金」です。確定拠出年金とは、払い込む保険料が確定している一方、受け取る年金の額が運用先の成績によって変動するというものです。運用先は投資信託が用いられます。投資信託とは大勢の人から集めたお金で株式や債券に投資して、それによって得られた投資成果を、お金を出した人全員で分け合うという仕組みの投資商品です。
ただし投資成果が常にプラスであるとは限りません。株式や債券などの価格変動商品を組み入れて運用しますから、株式や債券の価格が下落すれば、投資信託の価格も下落します。つまりプラスの運用成果もあればマイナスの運用成果もあり、それを等しく購入した人全員で分かち合うのです。したがって確定拠出年金は、どのような投資信託を選ぶかによって将来、受け取ることができる年金の額が変わってくるのです。
確定拠出年金は「企業型」と「個人型(通称iDeCo)」の2種類があります。確定拠出年金の場合、加入対象年齢が60歳(2022年5月以降は65歳)までで、それ以降は毎月積み立てて運用してきたお金を年金として受け取る形になりますが、運用期間中に投資信託が値上がりして得られた収益の課税は、実際に年金を受け取るときまで先延ばしされます。また実際に年金を受け取るときも、各種所得控除が適用されるため、税制面で非常に有利です。現状、3階部分をつくるのであればiDeCoをはじめとする確定拠出年金が最適という意見が大勢を占めています。
iDeCoの落とし穴「特別法人税」
ただし、iDeCoには現状、表に露呈していない問題点があります。それは「特別法人税」の存在です。特別法人税とは、確定拠出年金の積立金に対して1.173%の税金がかかるというものです。この税金を「特別法人税」と言います。毎月掛け金を増やしていくため、残高が毎月、毎年増えていきます。増えていく保有残高に対して毎年税金がかかるので税金も増えていくのです。
利息が増えるならともかく、増えるのは税金です。運用収益への課税が実際に年金を受け取るまで繰り延べられ、かつ年金受取時には各種所得控除が受けられるので税金メリットが大きいなどというふりをしながら、ちゃっかり年1.173%という特別法人税をいつでも取れるようなトラップが仕掛けられているのです。
ただし現状では、この特別法人税は凍結されています。本来であれば2020年3月31日で凍結が解除される予定でしたが、コロナなどの影響で、とりあえず2023年3月31日までは凍結される見通しとなったのです。したがって当面は課税されないと思われますが、iDeCoの運用は長期になりますし(たとえば今、23歳の人が実際に年金を受け取れるのは42年も先の話になります)、この間に特別法人税の凍結が解除される可能性は十分に考えられます。
たとえば毎月1万円をiDeCoに回すとします。払込金額は30年払い込むとすると360万円です(毎月1万円×12カ月×30年間=360万円)。保有残高に対して1.173%の税金がかかるので30年間に支払う特別法人税は、たとえ運用益がゼロだとしても約65万円にも上ります。360万円に対して約65万円もの税金がかかってしまうのです。この部分はほとんどの人は知りません。国は税収の財源は何であれ、喉から手が出るほど欲しいワケですからね。
もし、特別法人税が導入されると、iDeCoのリターンは大幅に悪化する恐れがあります。いくら運用収益に対する課税が年金受取時まで繰り延べられるとしても、特別法人税はかなりの負担増になるはずです。個人的にはこの悪税が完全に撤廃されるか、永久に凍結されることを願っています。ただし、3階建て部分をiDeCoに頼るのはリスクが高い、と言えるでしょう。