ちょっと無理あるローンで豊洲のタワマンを買ってしまった、自称パワーカップル『アラフォー人生残酷物語』
高齢者が人口の7%を超えた1980年代ごろから、日本は「高齢化社会」に突入。65歳時の平均余命は、2019年には男性19.83年、女性24.63年になり、今後は「人生100年」を前提にライフプランを立てなければならない時代がやってくる。
高齢化社会に生きる日本人にとって「持ち家」は、漠然とした不安を安心に変える一つの方法なのかもしれない。しかし、今やそれも過去形で語らなければならない時が忍び寄ってきている。
2000年前後からブームが始まり、雨後の筍のように建設されたタワマンは若いカップルにとって安心を与えてくれるだけでなく、「ドラマのような」洗練されたライフスタイルのシンボルだ。その数は、08年~17年の10年間、首都圏だけで341棟、11万1722戸にも及ぶ。
ジムやバー、パーティールーム、ゲストルームなどが完備され、24時間体制のフロントコンシェルジュやクリーニングの受け渡しなど、ハイスペックな施設が特徴のタワマンだが、最初期に建てられたタワマンはすでに築15年が過ぎた。そして、ここにきて大規模な修繕をどうするか、という切実な問題に直面しているという。
タワマンが壊れていく
低金利時代にローンを組み、ちょっと無理をしてタワマンを手に入れたアラサーカップルは今後、大袈裟でなく生き地獄を経験することになるかもしれない。
ちょっと背伸びをして買ったのには、住み続けなくても、資産として持ち続ければ、いつかは売却できるという楽観論があったはずだ。しかし、忘れがちなのは、タワマンも含め、あらゆるモノはエントロピー増大の法則にしたがって、時間とともに壊れていくということ。そのため、国交省は通常12年に一度、大規模な修繕を行うことを推奨している。
当たり前の話なのに、タワマンの幻想に魅せられていた当時、そんなことをじっくり考えることもなかったし、デベロッパーも売る側も、そんな都合の悪い話などするはずない。
一つ例を挙げよう。
タワマンブームの先駆けとなった埼玉・川口の「エルザタワー」。地上55階、高さ185メートル、総戸数650のタワマンが2015年から2年がかりで行った大規模の総費用はなんと約12億円、650もの戸数で割っても一戸あたり約185万円にものぼる。
しかも、ほとんどのタワマンは30年分の長期修繕計画しか組まれておらず、その後の修繕については未知数だ。ただ、それだけの年月が経過すると、外壁など見える部分だけでなく、配管設備や電気系統など、中身にもガタが来るはずで、そうなると修繕費の額はこれまでの比ではなくなる。
「終の棲家(ついのすみか)」どころか、「人の住処(すみか)」としても機能を果たさなくなったタワマンの資産価値はゼロになり、タワマンブームに乗った現アラフォーカップルは、今後そこから立ち退いたり、取り壊したりするのに老後資金を奪われることも視野に入れなければならないだろう。
所有すると自由が奪われる
タワマンをはじめ、持ち家が「所有」からもたらされる安心感を与えてくれることは確かだ。しかし、所有するためには当然コストがかかる。それは金利を含めた住宅ローンの返済という金銭的コストにとどまらない。投資目的でなければ「そこに住み続ける」コストを引き受ける覚悟も必要だ。
「拠点があるから安心感があるんじゃないか」と思うだろう。まして、東京湾を一望できる一戸が自分の「城」であれば優越感も格別だ。しかし、年々脅威を増す台風や水害に巻き込まれるリスクは、日本のどこに住んでいても想定していなければならないし、ましてタワマンが集中する武蔵小杉や豊洲エリアのリスクは看過できないレベルだ。
豊洲を例に挙げよう。
豊洲でリスクが高いとされるのは、隅田川の氾濫による浸水被害である。また、東京湾で高潮が発生した場合、豊洲付近では最大3~5メートルの浸水も想定される。さらに、市街地に大量に雨が降った場合、処理能力を超えた排水溝などから水が溢れる「内水氾濫」も懸念される。
そして、何と言っても今後30年で70%の確率で起きると予測されている首都圏直下型地震もある。ご存じの通り豊洲は埋め立て地で、地盤は軟弱。地震の揺れには特に弱いとされている。
旧約聖書の中に、神から「ソドムとゴモラという町を滅亡させるので、そこから逃げるように」と命じられたロトの家族の物語が登場する。逃げる時に「振り返るな」と命じられたにもかかわらず、残してきて家や財産に後ろ髪ひかれてしまったロトの妻は「塩柱」になって命を失うという話だ。
パワーカップルも、自分たちのライフスタイルや夢を体現したタワマンを簡単に手放すことなどできないだろう。持ち家を含めて、私たちは「持てば持つほど」束縛され、それに逆に支配されるといっても過言ではない。
タワマンは資産なのか?
「家=資産」という見方もすでに幻想になりつつある。というのも、全国で空き家が急増しており、2013年の空き家率は13.5%、2033年には30%以上になるといわれているからだ。これは地方や郊外の話ではなく、高度成長期に全国各地で開発されたニュータウンでも現在進行形であり、今後はタワマンも同じ末路を辿(たど)ることは容易に想像できる。
さらに「家=資産」の図式を崩し始めているのが、テレワークやワーケーションなどの新しい働き方だろう。それにより、いわゆる「人気エリア」も値崩れを起こしており、オフィスに近くなくても、環境がよく、物価が安く、子育てに向いている場所はたくさんあることに若い世代も気付き始めている。「今だけ金だけ自分だけ」でタワマンを建てまくってきたデベロッパーによって塗り固められてきたメッキが徐々に剝がれ始めている。
一方、賃貸に関していえば、ここ数年の間に家探しをしたことがある方なら分かるかもしれないが、以前とは比べものにならないくらい条件のよい家が探しやすくなっている。
物件が不足している時代、所有していることは権力の象徴で、大家は賃借人に無理難題を押し付けたり、とても受け入れられないような条件を提示できた。それでも別の選択肢がないため、賃借人はそれをしぶしぶ受け入れるしかなかったが、時代は変わったのだ。
物件が余り始めているため、大家の側がどうやって賃借人に気に入ってもらえるか、改装したり、借りやすい条件を設定したりするようになり、高齢者の入居を断らない「セーフティネット住宅」も増えてきている。今後、この傾向はますます強まっていくだろう。
それでもタワマンを選びますか?
日本が抱える災害リスク、持ち家の資産価値の低下、老朽化問題を考慮にいれても、タワマンにこだわる人はいるだろう。実際、デザインにこだわったリビングでくつろぐ至福、こだわりのキッチンで料理する幸せ、リゾートホテルで過ごすような毎日、完備された便利な施設の数々、そしてマイホームで子育てをすることなど、所有することでしか得られない充実感や幸福感はあるのかもしれない。
ただ、タワマンを含めた持ち家か、あるいは賃貸か、どちらを選ぶにしても、戦後の高度成長期のマインドは捨てるべきだろう。そもそも大量生産して大量に消費する時代はとっくに過去のものになっており、所有することが安心、安全を保証してくれる時代は終わった。
かつてお金を稼いで、グレードの高い車を所有することもステータスだったが、いまや自動車さえシェアエコノミーの一部になり、サブスクの対象になっている。そうであるなら、家もすでにある物件を「賃貸」という形でシェアするのもありではないか?
所有の呪縛から解き放たれ、自由を手に入れたとき、目の前に広がる光景は東京湾ではなくても、格別に違ったものになるかもしれない。