国民絶望「なぜ日本人はコオロギを食べようとしているのか」…牛乳を捨て、牛を殺処分しているのに

 世界的な食料危機を「食用コオロギ」が救うと政府も期待を寄せている最中、「牛を殺せば助成金…政府に振り回される酪農家たち。過去最悪レベルの『牛乳ショック』で毎日生乳廃棄へ…」というマネーボイスのネット記事が物議を呼んだ。実業家のひろゆきも「コオロギ食べるくらいなら牛乳飲めば良いのにね」などと記事についてコメントし、国民からは賛同の声もが集まった。

 「牛乳を飲もう!」――。 コロナ禍で需給が低下し、大量廃棄の危機にあった牛乳をめぐっては、日本各地でこのような運動が展開された。しかし、東京大学大学院農学生命科学研究科教授で食料安全保障推進財団理事長の鈴木宣弘氏は、「これを美談としてはいけない」と訴える。その背景にある、「牛の処分」と「牛乳の増産」を同時に迫る農水省の勝手な言い分とは――。全4回中の3回目。 

※本稿は鈴木宣弘著『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社)から抜粋・編集したものです 

第1回:国民が餓死することに…衝撃の真実!岸田外相時代に結んだ日本農業”アメリカ奴隷契約”の中身「これは人災だ!」
第2回:もうすぐ三食イモに、ゴルフ場をイモ畑に…国民は知らない「世界で最初に餓えるのは日本」という真実

「牛乳を増産せよ」からの身勝手な手のひら返し 

 「食料危機は人災」。このことを象徴する事例を、酪農をめぐる問題に見ることができる。近年、日本の酪農業では、都府県における生産減少が続く一方、北海道での増産によって、生乳の供給をなんとか維持してきた。牛乳余りどころか、ずっと不足が続いていたのである。 

 その状況下で、農水省は「畜産クラスター事業」を推進し、生産性の向上と供給量の増加を図る。「畜産クラスター事業」とは、酪農・畜産の生産基盤強化や、収益力の向上のために、補助金を交付する事業のことだ。機械や設備の導入時の本体価額(税抜)の2分の1が補助金として援助され、必要経費等を引いても実質40パーセントオフとなる。 

 この制度によって酪農の生産量が伸びたところまでは良かった。だが、コロナ禍が発生し、自粛などによって生乳需要が減少したことで、乳業メーカーの乳製品在庫が積み上がってしまった。 

 2021年になると、学校給食が止まる冬休み期間に、生乳の処理能力がパンクし、大量の生乳が廃棄される懸念すら生じた。政府が「牛乳を飲もう」と呼びかけ、関係者が全力で牛乳需要の「創出」に奔走した結果、なんとか大量廃棄は回避できた。 

 関係者の努力には敬意を表するが、これを美談として扱ってはいけない。もともと、牛乳余りが生じたのは、政府による畜産クラスター事業によって、生産量が増えたことが原因の一つである。政府は、単に牛乳の生産量を増やすだけではなく、「出口」となる牛乳需要の創出も同時に行うべきだった。コロナ禍という予想外の事態が発生し、牛乳余りが生じたなら、政府が買い上げれば良かったのである。 

 だが、政府は牛乳の買い上げはせず、代わりに酪農家に対して、「牛乳を搾るな」「牛を処分すれば一頭あたり5万円支払う」などという通達を出している。政府の指示で「牛乳を増産するためなら補助金を出す」としておきながら、手のひらを返して「牛乳を搾るな、牛を殺せ」と言うのは、あまりにも無責任ではないだろうか。 

 しかも、畜産クラスター事業はまだ続けられている。この矛盾を、政府はどのように説明するのだろうか。 

救えるはずの困窮者を見捨てる政府 

 コメや生乳の過剰在庫が報じられる一方、「買いたくても買えない」人がいるという点も忘れてはならない。 

 コロナ禍よりずっと前から、日本は先進国で唯一、20年以上も実質賃金が下がり続けている。その中で、コメ余り、牛乳余りが起きているのは、所得が減ったせいで、「買いたくても買えない」ことが、その一因であると考えられる。つまり、コメ余り、牛乳余りどころか、むしろ足りていないのである。 

 コロナ禍で牛乳やコメが余ると言うなら、そのコメや牛乳を政府が買い上げ、生活が苦しく、満足に食べられない人たちに配れば良かったのである。国が買い上げれば、在庫を抱えた農家も助かる。それを、フードバンクや子ども食堂などを通じて困窮世帯に配れば、非常に有効な人道支援となる。しかし、政府はこうした政策を、意固地になって拒否し続けている。 

「コメは備蓄用の120万トン以上は買わないと決めたので、断固できない」「乳製品はすでにいっさい買わないと決めている」という言い訳を繰り返すばかりだ。 

 しかし、生乳が余り、バター・脱脂粉乳の製造能力がパンクするほどの非常事態に、牛乳を政府が買い付けて、困窮世帯に配ることくらい、なぜできないのだろうか。 

 コメについては、「15万トンの人道支援を表明」という報道もあった。ただ、これは、15万トンのコメについて、全農などが長期保管する保管料を国が支援するという話に過ぎなかった。これが子ども食堂などに提供されるのは2年後あたりになるので、そのころには古古米になってしまっている。これが「人道支援」とは情けない限りだ。 

 財務省としては、これが現行の法律でできる精一杯、ということのようだ。だが、法や制度の本来の目的に即した、柔軟な解釈・運用とは言い難い。そこには、現状を変えよう、困っている人を救おうという「真摯な思い」が欠如している、と言われても仕方がないのではないか。 

国内の乳製品が余っても、外国からの輸入を止めない日本 

 酪農家が危機に直面する一方、政府にはこれを救おうという姿勢がまるで感じられない。2022年6月3日、「酪農スピードNEWS」が以下のように報じた。 

「農水省は3日、国家貿易による2022年度の乳製品輸入数量について、今年1月に設定した年間輸入枠を据え置くと発表した。製品重量で脱脂粉乳750トン(生乳換算5000トン)、バター7600トン(9万4000トン)、ホエイ4500トン(3万1000トン)、バターオイル500トン(7000トン)を維持する。国内の需給状況を総合的に判断した」 

 国が主導した「畜産クラスター事業」によって、全国的に牛乳余りが生じ、酪農家は経営危機に直面している。一方で、国はいまだに畜産クラスター事業を続けているだけでなく、海外からの乳製品輸入は据え置きにするというのだ。 

 国内の酪農家には、乳製品在庫が過剰だから、生乳を搾るな、牛を処分しろと指示し、出口対策(輸入脱脂粉乳の国産への置き換え)に生乳1キログラム当たり2円以上の農家負担金を課している。その一方で、飼料・資材暴騰下でも乳価を据え置きつつ、海外から大量の乳製品を輸入し続けているのは、矛盾ではないのか。 

 なぜ、政府はこのように矛盾した政策を取り続けるのか。その理由は、毎年、生乳換算で13.7万トンのバター・脱脂粉乳等を輸入する「カレント・アクセス」が定められているから、というのが政府の説明である。 

 1993年に合意に至った、「GATT(ガット、「関税及び貿易に関する一般協定」)」の「ウルグアイ・ラウンド(UR)」合意において、「関税化」とあわせて、輸入量が消費量の3パーセントに達していない国は、消費量の3パーセントを「ミニマム・アクセス」と設定し、それを5パーセントまで増やす約束をしている。しかし、他国の例を見ると、実際にはせいぜい1〜2パーセント程度しか輸入されていないことが多い。 

 ミニマム・アクセスは政府が言うような「最低輸入義務」ではなく、「低関税を適用すべき輸入枠」で、アクセス機会を開いておくことが本来の趣旨である。国内に輸入品の需要がなければ、無理に輸入しなくても良いのだ。 

 欧米諸国にとって、乳製品は必需品であり、外国に依存してはいけない食品だから、無理に輸入する国はない。かたや日本は、当時すでに国内消費量の3パーセントを遥かに超える輸入量があったので、その輸入量を13.7万トン(生乳換算)の「カレント・アクセス」と設定し、国内で牛乳余りが生じていようが、毎年忠実に13.7万トン以上を輸入し続けている。ある意味、世界で唯一の「超優等生」である。 

 こうした輸入は牛乳以外でも行われている。その代表とも言えるのがコメだ。コメにおいては、毎年77万トンを輸入する「ミニマム・アクセス」が定められている。また、そのうちの36万トンは必ず米国から買うという「密約(命令)」があると言われている。 

 これについて、政府は「日本は国家貿易として政府が輸入しているので満たすべき国際的責任が生じている」と説明しているが、そんなことは国際的な条約のどこにも書かれていない。政府は、ミニマム・アクセスの遵守が国家貿易だと義務になる「根拠」を示す必要がある。 

 こうしたかたちでコメ、乳製品の輸入を行う一方、牛乳余りが生じたら、「在庫が増えたから牛乳を搾るな、牛を殺せ」と言うのはあまりに無責任だ。しかも、ついに、強制的減産で絞ったが出荷できない生乳を酪農家が廃棄する事態まで生じている。

 政府の指示に従い、畜産クラスター事業によって生産設備の増強を行った酪農家は、多額の負債を抱えることになった。その酪農家に対して、「牛乳を搾るな」と言うのは、潰れろと言っているようなものだ。 

 そればかりか、畜産クラスター事業をやめると来年から農水予算を減額されてしまうからと、事業を継続するために補助金を使ってくれという。まったくの矛盾である。 

 牛乳の生産コストが暴騰する中、酪農家の赤字が膨らんでいる。その対策として、「乳価の引き上げ」とともに、諸外国のように「牛乳の買い上げ」によって需要を創出する方法も有効である。だが、業界も政府も、いずれにおいても牛乳の需給が緩和しているという理由で、断固としてやろうとはしない。 

 いまや酪農家全体が、経営危機に直面している。その危機を作ったのは政府であるのに、酪農家の倒産は「自業自得」のように言われてしまう。 

 このような状況を放置すれば、日本の酪農業は崩壊してしまう。そうなれば、いざ食料危機に直面した場合に、日本人の食料供給は本当にストップしてしまうだろう。

鈴木宣弘著『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社)
この記事の著者
鈴木宣弘

東京大学大学院農学生命科学研究科教授。「食料安全保障推進財団」理事長。1958年生まれ。三重県志摩市出身。東京大学農学部卒。農林水産省に15年ほど勤務した後、学界へ転じる。九州大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授などを経て、2006年9月から現職。1998年〜 2005年夏期はコーネル大学客員助教授、教授。主な著書に『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書、2021年)、『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文春新書、2013年)がある。

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