地獄の冬が到来「菅直人が12年前にまいた種」…”電力不足は予見できた”と業界がキレる理由
2022年3月、経済産業省は「電力需給逼迫警報」を発令した。この需給の逼迫は福島県沖地震に伴う火力発電所の休止と季節外れの寒波が直接的な原因だが、産経新聞論説副委員長の井伊重之氏は「経産省が全力で推進してきた政策が背景にある」と指摘する。経産省が主導し、国民も支持してきた電力自由化には、どのような罠(わな)が潜んでいたのか――。全4回中の1回目。
※本稿は井伊重之著『ブラックアウト~迫り来る電力危機の正体~』(ビジネス社)から抜粋・編集したものです。
第2回:規制より2~3割高く「電気料金更に値上げ」で地獄が始まる…新電力100社が倒産、廃業、撤退、契約停止に
第3回:太陽光神話が遂に崩壊…「地球を守る」「自然のエネルギー」の大嘘と、小池百合子のゴリ押し政策
「料金が下がる」電力自由化の “嘘”
わが国では電力小売りの全面自由化を含む電力自由化が段階的に進められてきた。まず1990年代に電力使用量の多い大口顧客を対象に小売りが自由化され、地元の大手電力ではなく、安い料金を提案した別の会社から電気を購入することができるようになった。
この対象が段階的に広げられ、2016年4月には家庭用を含めたすべての電力小売りが全面的に自由化された。顧客は自由に電力会社を選べるようになり、メディア各社は「20兆円の電力市場で顧客獲得競争に号砲」などと自由化を囃(はや)し立てた。
自由化は電力小売りだけではなく、大手電力の事業形態にも変革を迫った。それまでは大手電力に地域独占を認め、発電コストを電気料金に自動的に上乗せする「総括原価方式」と呼ばれる料金回収システムが採用されていた。
発電コストを料金に転嫁できる仕組みがあれば、大手電力は安心して発電所などの電源に対する投資ができる。そして投資資金の回収が予測できるため、銀行も電源投資に融資しやすかった。
大手電力に地域独占と総括原価方式という特権を与える半面、電力の安定供給を義務化し、必要に応じてコストを度外視した供給責任を課した。これが大手電力の事業形態だった。
しかし、自由化によって大手電力の地域独占と総括原価方式が廃止され、事業環境は一変した。自由化に伴って電力市場にはガスや石油、通信などの異業種を中心に新電力が一斉に参入し、大手電力と顧客獲得競争を繰り広げ始めた。
そうした新電力は大手電力よりも5〜10%安い電気料金を提示し、着実に大手電力から顧客を奪っていった。今では全国で電力市場の2割のシェアを確保し、高圧と呼ばれる大規模工場向けの電力では、新電力が一時は3割以上のシェアを握った。こうした新電力の激しい攻勢に対抗するため、大手電力は厳しいコスト削減を迫られるようになった。
健全な競争を通じて電気料金やサービスを競い合うことは、国民の利便性を高めて電力市場の活性化につながる。実際、電力市場には異業種を中心に700社以上が参入し、多様な料金メニューやサービスを提供するようになった。
その一方で、こうした競争の激化に伴い、大手電力は発電所に対する投資を手控え始めている。自由化前は、大手電力に厳しく課されていた電力の供給責任を果たすため、老朽化した石油火力もコストを半ば無視して維持していたが、自由化による競争の進展を背景に、維持費のかかる老朽化した発電所の休廃止も急速に進んでいる。
そもそも電力自由化と安定供給の確保は、相反する関係にある。経済産業省は電力自由化のメリットばかりを強調し、自由化の推進をエネルギー政策の柱に据えてきた。だが、電力会社に競争を促せば、その分だけ発電コストの削り合いになり、安定供給が揺らいでしまうのは自明である。
経産省OBは「経産省は自由化にあたって国民に対し、『料金が下がる。サービスも良くなる』と都合の良い話ばかりをしてきた。そのツケが今、回ってきていることを自覚すべきだ」と批判する。
火力発電所を休止に追い込んだ太陽光発電
電力需給逼迫警報が解除されて2カ月半が経過した2022年6月7日、政府は首相官邸で「電力需給に関する検討会合(閣僚会議)」を開き、夏の電力不足に向けた総合対策を決定した。実に5年ぶりの開催となった会議だったが、午前8時40分に始まった会議は、わずか10分後の8時50分に終了した。
残念ながら政府内で電力危機の解消に向けて真剣に議論しようという雰囲気は感じられず、一種の儀式の意味しかなかった。総合対策として、休止電源の稼働や追加的な燃料調達、非化石電源の最大限の活用などを打ち出したが、目新しいものはなかった。
ただ、なぜ電力危機に陥ったのか。この閣僚会議での萩生田光一経産相(当時)の発言にヒントがあった。
経産相は閣僚会議の冒頭、電力需給の見通しを説明した。そこで「近年、再生可能エネルギー(以下、再生エネ)の導入拡大に伴い火力発電所の稼働率が低下し、休廃止が増加しています」と語った。この再生エネとは主に太陽光発電を指している。
政府は東京電力福島第1原発事故後、太陽光など再生エネを普及させるため、固定価格買い取り制度(FIT)を導入した。FITとは太陽光や風力などの再生エネによる電力について、あらかじめ決められた価格で電力会社が最長20年にわたって買い取る制度だ。このコストは電力料金に上乗せして利用者から徴収する。
福島事故を受けた当時の菅直人民主党政権は、原発に代えて再生エネの導入拡大を目指した。そこで採用されたのが欧州で広く採用されていたFITだ。ただ、導入当初に設定された買い取り価格は異常な高値だった。高値で買い取ることで事業者の参入を促し、再生エネ普及を進めるのが狙いだった。
こうして太陽光発電が急速に導入されたことで、昼間の電力は太陽光でかなりの部分が賄われるようになった。これにより液化天然ガス(LNG)や石炭などの化石燃料を利用する火力発電は、太陽光発電を補う調整電源として使われるようになり、設備稼働率は低下していった。
とくに発電コストが高い石油については、老朽化もあって太陽光発電の大量導入前から設備稼働率は落ちていたものの、さらに2016年度の平均22%から2019年度には10%程度にまで下落。もはや電力会社が老朽化設備を維持することは困難になり、一気に休廃止が広がった。
そして基幹電源として使われる石炭も2016年度の78%から66%、LNGも60%から50%弱まで設備稼働率が下がった。業界関係者は「以前は老朽化した石油火力を何とか維持し、夏と冬の需給逼迫時に非常用電源として稼働させていた。いつ故障が起きるか分からない古い設備でも、短時間なら何とか動かすことはできた。だが、電力自由化で予備的な電源を維持するだけの余裕がなくなった」と指摘する。
電力供給の不安定化を招いた経産省
供給力の確保が課題となる中で、経産省のミスも発覚した。2022年9月中旬に開かれた審議会の席上、同省は火力発電所の廃止をめぐる出力の減少見通しの試算に誤りがあったと報告した。
これまでは、2030年度までの10年間で約1300万キロワットが減少するとしていた。ところが実際には(2030年度までに)約2900万キロワットの減少が見込まれる、と大きく下方修正した。LNG火力発電所の廃止分の多くを廃止対象から誤って除外していたという。
同省は「LNG火力は石油や石炭と比べて二酸化炭素の排出量が少なく、廃止の優先度が低いと判断して廃止対象から外していた」と釈明する。これにより、さらに多くの火力発電所の休廃止が進むのが確実な見通しとなった。
すでに2017年度からの5年間で休廃止した火力発電は約1600万キロワットにも及ぶ。原発の再稼働が遅れている中で、安定的な電源投資の確保は喫緊の課題だ。
政府が推進する脱炭素に伴い、温室効果ガスを排出する火力発電所の新規投資には金融機関からの融資が付きにくくなり、電力会社では火力発電投資には極めて慎重だ。そして既存の火力発電所の稼働率も下がり、老朽化した火力発電所の退出が加速し、日本の電力供給力は大きく低下しているのが現在の姿である。
本来であれば、天候や風などの自然条件に発電量が大きく左右される再生エネを大量に導入するには、その変動を調整するために一定の火力発電も残す必要がある。
一方で、電力自由化を進めて火力発電に対する投資環境の整備を怠ったため、地震などで被災すれば、一気に電力不足が顕在化する状態に陥っている。日本の電力が不安定化した原因は、経産省のエネルギー政策にあることを忘れてはならない。
経産省が進めてきた電力システム改革をめぐり、ようやく最近になってその是非が議論されるようになった。経産省関係者は「電力システム改革は、日本にとって必要な取り組みだった」と強調する。
その一方で「原発の稼働停止などで電力不足が叫ばれていた中で、あの改革を実行したのはタイミングが間違っていた。少なくとも電源の安定投資を促す仕組みも同時に必要だった」と漏らす。
足元の電力需給の逼迫は、発電設備の不足から生じたものだが、業界関係者は「自由化を始めた時からこうなることは十分に予想できた。それに対する手当てを怠ったことが大きく影響している」と批判する。