規制より2~3割高く「電気料金更に値上げ」で地獄が始まる…新電力100社が倒産、廃業、撤退、契約停止に
電気料金の引き上げが続いている。ロシアによるウクライナ侵攻に伴う石炭や液化天然ガス(LNG)の輸入価格高騰が主な要因だが、これにより多数の新電力が事業の休止・撤退に追い込まれた。この混乱により、電力会社と契約できない「電力難民」も急増。このような事態を引き起こした裏側とさらなる電気料金引き上げの可能性について、産経新聞論説副委員長の井伊重之氏が分析する――。全4回中の2回目。
※本稿は井伊重之著『ブラックアウト~迫り来る電力危機の正体~』(ビジネス社)から抜粋・編集したものです。
第1回:地獄の冬が到来「菅直人が12年前にまいた種」…”電力不足は予見できた”と業界がキレる理由
第3回:太陽光神話が遂に崩壊…「地球を守る」「自然のエネルギー」の大嘘と、小池百合子のゴリ押し政策
新電力ビジネスモデルの限界
「リスクを予見できれば、電力事業そのものに進出しなかった。このような事態になって残念だ」
自治体向けサービスのホープ(福岡市)の時津孝康社長は、2022年3月の臨時株主総会で新電力子会社のホープエナジーの破産について、無念そうに語った。2018年新規事業として電力市場に参入した同社は、多くの新電力と同様に自前の電源は持たず、販売する電気は取引所からの購入と電源を持つ企業との相対取引で調達した。
それでもエネルギー事業の売上高は順調に伸び、20年6月期には320億円を突破する急成長を見せた。
同社の売り上げが急激に伸びたのは、取引所の電力価格が比較的安い水準で推移していたため、安い調達価格を生かして自治体などが実施する電力契約の入札を相次いで落札したからだ。取引価格は火力発電の燃料となるLNGの市況などにほぼ連動し、ここ数年は1キロワット10円前後で安定的に推移していた。
しかし、2021年1月に状況が一変した。この年の冬はアジア地域で想定以上の寒さを記録。中国をはじめとして各国でLNG需要が急増し、品不足に陥った。長期契約が主流の日本では、スポット契約にそれほど依存していないとはいえ、それでも火力発電所で増出力するには燃料が足りない事態となり、西日本地域の電力会社ではLNG不足を発端とした電力の需給逼迫が発生した。
これに伴って取引所の電力価格も上昇し、2021年1月には一時100円を上回る日もあった。そして2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したのに伴い、再び取引所の電力価格は上昇。ホープエナジーの電力販売は仕入れ価格を販売価格が下回る「逆ざや」状態となり、急速に採算が悪化した。親会社が3月に破産手続きを裁判所に申し立てた際には、負債総額は約300億円に拡大していた。
新電力をめぐっては、取引所から電力を購入する企業の経営は軒並み悪化。民間信用調査会社の帝国データバンクが昨年6月に発表した「『新電力会社』事業撤退動向調査」によると、新電力のうち、6月8日時点で全体の1割超にあたる104社が倒産や廃業、電力事業からの撤退や契約停止などに踏み切ったという。
このうち最も多いのが、新規申し込み停止を含めた「契約停止」の69社で、電力販売事業からの「撤退」は16社だった。売電事業を停止・撤退した新電力会社の多くが、自前の発電所を持たず、電力大手や取引所から電力を調達して割安な料金設定で顧客を囲い込んできた。この調査で浮き彫りとなったのは、発電設備を持たない売電事業モデルの限界といえる。
あわや経産省まで……「電力難民」の急増
電力自由化に伴って電力市場に新規参入した新電力だが、2022年に入って法人顧客を対象に新規の契約受け付けの中止だけでなく、既存契約についても料金を一気に引き上げる動きが相次いだ。こうした予想外の値上げに伴い、どの電力会社とも契約を結べない法人顧客が急増し、そうした顧客は「電力難民」と呼ばれるようになっている。
法人顧客側からすれば、新電力に契約を切り替える前に大手電力と再び供給契約を結びたいと思っても、大手電力も2022年に入って法人契約の新規受け付けを一斉に停止。そうした法人は大手グループ会社の送配電会社による「最終保障供給」に殺到している。
経済産業省の電力・ガス取引監視等委員会によると、そうした最終保障供給の件数は2022年2月までの1年間では数百件で推移していたが、年度末を迎えた3月になって5478件と急増した。
2022年2月にロシアの軍事侵攻が始まったのに伴い、世界的に化石燃料の価格が急騰。電気を売買する日本卸電力取引所(JEPX)の3月のスポット価格は、1キロワット時あたり26円と前年の4倍に跳ね上がった。これによって自前の発電所を持たず、取引所で電力調達していた新電力の仕入れ値も急騰したため、料金を大幅に引き上げる必要に迫られ、顧客が契約を解除する動きが相次いだ。
送配電会社の最終保障供給を受ける顧客は昨年9月1日時点で4万1278件と3月から7倍以上に急増した。その後も最終保障供給に駆け込む動きは止まらない。
この最終保障供給は本来、新電力などの倒産で電力供給を受けられない顧客を保護するための制度だ。あくまでもセーフティネット(安全網)との位置付けで、大手電力が提供する「標準料金メニューの1.2倍」という割高な価格で電力供給することが定められている。だが、実際は最終保障供給のほうが料金が安い逆転現象が続き、一斉にセーフティネットに駆け込む異常事態となっている。
最終保障供給は1年をめどとする、暫定的な取引とされてきた。しかし今回は、逆ざやで赤字が膨らむ新電力が顧客に対し、最終保障供給に契約を移管するように誘導するなど、電力自由化がまったく想定しなかった混乱状態に陥っている。
こうした想定外の混乱が起きる中で、電力市場の制度設計を担う経産省も危うく電力難民に陥る寸前となった。官公庁ではより安い電力を購入するため、入札を通じて電力契約を結ぶのが通例だ。
ところが、経産省が2022年度分の調達先を決める入札を同年2月に実施したところ、予定価格を上回る提案しか集まらなかった。同省では3月末までに電力契約を結び直すためには再入札では間に合わないと判断し、慌てて複数の企業から見積もりを集め、随意契約で電力購入を急遽(きゅうきょ)決めた。
さらなる電気料金引き上げの可能性
大手電力が2022年8月末に発表した10月分の家庭向け電気料金は、全社が「燃料費調整額」(燃調)の上限に達した。燃調とは燃料費の増減分を自動的に料金に転嫁する仕組みで、10月の電気料金は5〜7月に輸入した平均燃料価格から算定する。電力10社すべてで超過分の負担が生じるのは、燃調制度が始まって以来の異常事態である。
すでに東京電力の電気料金は、標準家庭モデルで月9126円と前年同月に比べて約3割上昇した。中部電力も9189円と3割強も高い水準だ。こうした料金引き上げは、22年2月のロシアの軍事侵攻で世界的にLNGや石炭などの火力発電向け燃料が高騰した影響が大きい。
大手電力会社では電源構成や燃料を使う量に応じ、料金を算定する際の基礎となる基準価格を定めている。家庭向けの一部規制料金は、基準価格よりも燃調で5割高くなると上限に達し、それ以上は電力会社が負担する仕組みになっている。電力会社の負担額は1社あたり月間数億〜数十億円にのぼるとみられる。
電気料金の仕組みは複雑だ。契約で決まった「基本料金」に加え、「電力量料金」と再生可能エネルギーの導入を支援する「再エネ賦課金」、それに燃料費を反映した「燃料費調整額」を電力の使用量に応じて支払う。
現在、上昇が目立つのがこの燃料費調整額だ。2016年に電力小売りが全面自由化され、家庭用料金は自由料金と規制料金に分かれた。オール電化住宅のほか、電気・ガスや通信などのセット割引は自由料金となり、電力会社は自由に価格を設定できる。
一方、電力会社の標準メニューによる規制料金は燃調以外では値上げができない。これまでは電力自由化による自由料金は、規制料金よりも安く設定され、多くの顧客はこちらに切り替えてきた。
だが、燃料費の高騰で現在では自由料金が規制料金を上回る逆転現象が生じている。これによって利用者は電気料金の引き下げなどを目指した電力自由化の恩恵を享受できなくなり、「電力自由化とは結局、何のためだったのか」とする不満の声が上がっている。
新電力も自由料金を設定しているが、家庭向けに電力供給してきた新電力の中には、地元の大手電力への契約変更を促す通知を顧客に送り始めている。「大手電力よりも数%安い料金を提供するとして顧客を集めてきたが、今後は規制料金のほうが安くなる場合が出てくるので、顧客の利益を優先するために契約切り替えを勧めている」という。
電力自由化後に大手電力の自由料金メニューや新電力に契約を切り替えた世帯でも規制料金に戻すことができる。こうした規制料金に戻る動きが広がれば、電力自由化のあり方も根本から問われることになる。
大手電力では、自由料金に自主的に設定していた上限を撤回する動きが広がっている。中部電力では昨年12月から、契約の4割に当たる約350万件でこれまで自主的に設定していた転嫁の上限を撤廃した。もともと上限を設定していない大手電力もある。
経産省によると、家庭向けで自由料金を選択しているのは、全体の50%を超えており、そうした家庭では料金の変動に注意が必要だ。