東京で3日以上も! 都が想定する大規模停電「ブラックアウト」最悪シナリオ…東電幹部「計画停電は二度としたくない」
2018年、北海道を大規模な停電が襲った。数日で復旧したものの、多額の被害を出したこの「ブラックアウト」について、産経新聞論説副委員長の井伊重之氏は「今度は首都圏をはじめとした東日本の広い範囲で起きるかもしれない」と警鐘を鳴らす。深刻な電力危機を迎える中、日本に起こる “非常事態” とは――。全4回中の4回目。
※本稿は井伊重之著『ブラックアウト~迫り来る電力危機の正体~』(ビジネス社)から抜粋・編集したものです。
第1回:地獄の冬が到来「菅直人が12年前にまいた種」…”電力不足は予見できた”と業界がキレる理由
第2回:規制より2~3割高く「電気料金更に値上げ」で地獄が始まる…新電力100社が倒産、廃業、撤退、契約停止に
第3回:太陽光神話が遂に崩壊…「地球を守る」「自然のエネルギー」の大嘘と、小池百合子のゴリ押し政策
北海道「ブラックアウト」の衝撃
「あの時は最初、何が起きたかまったく分からなかった。大地震発生の知らせを受けて、余震が続く中を札幌市内の本社に駆け付けると、本来は複数の給電システムが働いて停電しないはずの本社一帯が闇夜に沈んでいた。その時に初めて『ブラックアウト(全域停電)が起きた!』と認識した」
北海道電力の社員は、当時をこう振り返る。
2018年9月6日午前3時7分、北海道胆振東部を震源とする最大深度7の強い地震が発生。北海道で震度7の地震を記録したのはこれが初めてだった。この地震により、北海道電力の主力発電所である苫東厚真火力発電所が短時間で運転を停止し、地震発生から20分も経たない3時25分、北海道全域が停電に陥った。戦後初のブラックアウトである。
道内の全295万戸が2日間にわたって電気を失っただけでなく、道民の暮らしを支えるライフラインなども寸断された。電力の安定供給が損なわれた世界を、北海道民は初めて経験することになった。
電力自由化に伴って発足した「電力広域的運営推進機関」(広域機関)が後日、設置したブラックアウトに関する検証委員会の報告によると、実は大規模停電の原因は苫東厚真火力発電所が地震によって被災し、運転を停止したことだけではなかった。
同発電所が停止するまでに、道内の風力発電所や水力発電所など他の発電所が運転停止に追い込まれたことも一因となった。水力発電所は地震の強い揺れによって送電線が断線し、機能を停止したという。
ただ、この報告書では北海道電力で苫東厚真火力発電所と並ぶ主要発電所である泊原発1〜3号機については、触れられていない。政府関係者は「検証委はあくまでも地震による発電所の運転停止の状況や運営などを検証するのが目的だ。地震発生時に稼働していなかった泊原発は検証の対象外だった」と明かす。
泊原発は東京電力の福島第1原発事故を受け、2012年に稼働を停止した。原子力規制委員会による安全審査が長期化し、審査の申請から10年近く経過した現在も再稼働はしていない。
「柏原発が1基でも稼働していれば、北海道はブラックアウトに陥らなかった」(業界関係者)とされる一方、そうした声は北電からは聞こえてこない。同社関係者は「私たちは大規模停電を引き起こしてしまった。安定供給を果たせなかった立場なのに、当方から『もしも』などということは言えない」と語る。
本来は苫東厚真火力発電所に加え、泊原発の2つを主要電源として電力供給を賄う体制としていた。泊原発の安全審査が長期化したため、石狩湾新港に液化天然ガス(LNG)火力発電所を建設し、2019年2月には運転開始する予定だった。
「北海道電力は泊原発の再稼働にばかり経営資源を投入し、再生可能エネルギーの導入拡大に熱心でなかった」との批判もある。
ただ、再生エネを主力電源とするには寒さが厳しい北海道では限界がある。本当にブラックアウトの原因を追究するのなら、泊原発がなぜ長期にわたって再稼働していなかったのかの検証も必要だったはずだ。
首都直下型地震で東京は3日間停電
北海道では、地震発生から45時間後にはほぼ復旧を果たした。予想以上の早期復旧を果たしたとはいえ、その影響は大きかった。全面的な停電によって活動が停止した商工業に約1300億円の被害をもたらし、酪農業などにも深刻な影響が出た。
自家発電設備を備えた病院などで燃料が切れるなどの問題が次々に発生した。災害に備えてバッテリーなどの発電設備を備える公共施設は増えたものの、停電によって燃料を供給する物流網も寸断され、その輸送は困難を極めた。
道路の信号も消え、ブラックアウト当日だけで道内では126件の交通事故が起きた。これは通常時の5倍の多さだという。こうした交通事情の急速な悪化により、燃料を運ぶタンクローリーを動かすことができなくなり、燃料不足に拍車をかけた。
このブラックアウトがもし首都圏で起きれば、日本全体の政治経済・社会活動全般に大きな打撃を与えるのは確実だ。そうした事態を防ぐためには、多様な電源構成を構築して強靭な電力供給体制を官民で考えなければならない。
「この結果を踏まえ、東京都の総力を挙げて防災に取り組む。リスクを直視し、首都直下地震を正しく恐れ、対策を進めていかなければならない」
東京都の小池百合子都知事は2022年5月、都の防災会議を開催し、このように語った。そして首都直下地震に備えた対策を2023年1月にも策定する考えを表明した。
この防災会議では、これまで10年にわたって進めてきた防災対策を踏まえ、東京都内の被害を予測した。それによると、震度6強以上の激しい揺れに見舞われる地域が23区の約6割に達し、都内の死者は6148人、全壊・焼失する建物が約20万棟に及ぶという。
そして今回の被害想定では「災害シナリオ」として、地震発生時からの被害を時系列でまとめた。そこでは電力などのインフラの被害想定も示され、地震発生直後から広い範囲で停電が発生し、発電所や変電所、電柱なども被災することで安定的な電力供給が難しくなり「広い地域で計画停電が実施される可能性がある」としている。
東京都の被害想定によれば、地震発生から3日経過すると停電は徐々に回復する。しかし、発電所の被災状況によっては、地震直後から実施される計画停電が長引く恐れもあるとしている。この想定は発電所や変電所などの定量的な被害は算出していないものの、首相が議長を務める中央防災会議では、首都直下地震で電力供給力は2700万キロワット減少するとみている。
これは、東京電力管内の電力需要ピークの半分に相当する規模だ。これだけの供給力が喪失すれば、何とかブラックアウトは回避できたとしても、計画停電は免れない。それだけに計画停電を混乱なく実施できるように周到に準備しておく必要がある。
災害時に起こる計画停電と強制停電
計画停電をめぐっては、3月に東日本で電力需給逼迫警報が発令されたのを受け、経済産業省の電力需給対策として「万一に備えたセーフティネット(安全網)として計画停電を準備する」と明記され、関係閣僚会議でも承認された。
政府はこれまで計画停電について「原則として実施しない」としてきた。しかし、慢性的な電力不足に対応し、あらかじめ停電地域が把握しやすい計画停電も非常時に向けて準備する方針に切り替えた。
この需給対策によると計画停電については、電力需給逼迫警報が発令された後も需給が改善しない場合、実施の数時間前に計画停電の実施を公表するとしている。東京電力パワーグリッドでは、供給エリアを5グループに分けたうえで、さらに1グループを5つのサブグループに分けて計画停電を実施する計画だ。1日のうち午前9時半から午後8時までを5つの時間帯に分割し、各グループ1日2時間ほどの計画停電を実施するという。
東日本大震災の直後に東電が実施した計画停電もグループ分けした。ところが、その分類や実施時間が曖昧で利用者は混乱に陥った。顧客向けの説明に追われたという東電幹部は「計画停電は利用者同士の疑心暗鬼を招き、利用者を分断させてしまう可能性がある。あの経験だけは二度としたくない」と話す。政府内でも計画停電の実施をめぐっては議論が続いている。
ブラックアウトのような突発的な大規模停電を回避する手段として、計画停電以外に実施されるのが周波数低下防止装置(UFR)を作動させる意図的な強制停電だ。
2022年3月16日夜に福島県沖で発生した地震に伴い、10カ所以上の火力発電所が被災して稼働を停止したため、関東9都県では一時、約210万戸が停電した。
この停電戸数は2011年3月の東日本大震災以来の水準だ。ブラックアウトを防ぐため、各変電所に設置しているUFRが働いた。これによって関東地方では最大3時間にわたって停電が続いた。
計画停電の場合、病院や重要施設などはあらかじめ停電対象から除外されている。しかし、UFRによる意図的な停電は、あらかじめ区分けしたエリアの需要に応じ、コンピューターシステムが無作為に停電地域を決めている。
東日本大震災直後に実施された計画停電は、結果的に東京23区の大半が停電対象にならなかったものの、福島県沖地震後の停電は関東全域が対象となった。あくまでも一時的な措置のため、地域の優先順位などはなく、都心部でも停電した。この方式は数時間程度で復旧が見込まれる場合に使われる。