絶望の「倒産連鎖」危険業界…消費力急低下の日本が突入する未知の「負のスパイラル」(特集:電力ひっ迫「日本経済編」)
厳しい暑さが続く中、6月には東京電力管内で初の「電力需給ひっ迫注意報」が発令された。深刻な電力不足は今後も続く見込みだ。電気料金の値上げも続いている。みんかぶプレミアム特集「電力ひっ迫」(全9回)の第1回は日本経済がどうなるかを経営コンサルタントの小宮一慶さんが語る。「エネルギー問題が日本経済に支障をきたしていることは間違いないが、ピンチはチャンスに変えることもできる……」。日本経済はどこに向かうべきなのか、そして本当に”ヤバくなる”業界とは――。
SDGsが火力発電をやり玉にあげた結果がこれ
厳しい暑さが続く中、6月には東京電力管内で初の「電力需給ひっ迫注意報」が発令された。深刻な電力不足は今後も続く見込みだ。また、電気料金の値上げも続いている。経営コンサルタントの小宮一慶さんは「エネルギー問題が日本経済に支障をきたしていることは間違いないが、ピンチはチャンスに変えることもできる」と話す。これらの問題が日本経済に与える影響と、向かうべき方向性とは――。
日本はいま、「電力のひっ迫」と「電気料金の値上げ」のエネルギー問題に直面しています。ここでまず理解しておかなければならないのは、この2つの問題の原因は必ずしも同じではないということ。電力がひっ迫したのは電力会社の事情によるもので、電気料金が値上がりしたのは資源価格が高騰したからです。
電力が足りなくなった背景から説明しましょう。ここには持続可能な開発目標 (SDGs)も深く関係しています。再生可能エネルギーの利用拡大や省エネルギーの推進が求められる中、特に槍玉に挙げられているのが二酸化炭素を排出する火力発電、とくに石炭火力発電です。
また、太陽光発電を筆頭とする再生可能エネルギーによる発電量の増加も影響しています。太陽光発電が増加すればするほど、火力発電所の稼働率が低下し、採算が取れなくなっていきました。また、火力発電所の中には老朽化したものもあり、このような事情から、電力会社は火力発電所を相次いで休廃止。その結果、電力がひっ迫してしまったのです。
電力会社はいま、休止していた火力発電所を動かそうとしています。太陽光発電では安定した電力供給が難しいことを考えても、これは短期的には正しい選択だと言えます。最悪なのは、大規模停電に至ってしまうケースですから。
ただ今後、新しい火力発電所が建設されるとは考えにくいのも事実です。すでに多くの火力発電所が老朽化していますが、古くなった施設を騙し騙し動かしていくことになるでしょう。
原発再稼働、本当に政府と電力会社を信用していいのか
多くの原子力発電所が停止していることも電力ひっ迫の要因の一つです。先日、岸田文雄首相が今冬に、関西電力、九州電力、四国電力管内の原発を最大9基再稼働すると発表しましたが、いまの日本の状況を考えれば、それは短期間なら致し方ない選択だと思います。
私は原則、原発反対の立場です。リスクがあるからです。政府は福島第一原発の事故まで「原発は安全だ」と言っていましたが、それが嘘だったことは明らかです。ウクライナでも、ロシア軍がチェルノブイリ原発を占拠しましたが、日本でも、いつテロの標的になるかわかりません。北朝鮮からミサイルが飛んでくる可能性だってあります。
このようなリスクを承知の上で、それでも割り切って短期間使用するしかない状況にまで、いまの日本は追い込まれています。
原発再稼働は、短期的には日本経済にとってよいことです。電力ひっ迫が解消されることももちろんですが、原発は発電コストが安い。だから原発を稼働した分、電気料金の上昇が抑えられるので、企業にも家庭にも恩恵があります。
ただし、原発を再稼働するとしても、いつまで再稼働するのかについてはあらかじめ定めておかなければならないと考えています。短期的には再稼動はやむを得ませんが、長期的に見て、脱原発の流れは止めるべきではありません。ですから、再稼働の時期や期間について明確にし、その間に代替エネルギーの調達手段を確保して、期限が来たらスパッとやめる必要があるでしょう。私は5年程度が妥当ではないかと考えています。
本当にヤバイ業界とは…日本経済が「負のスパイラル」に突入する
電気料金値上がりの問題ですが、これは電力のひっ迫とは別問題で、発電に使われる石炭や液化天然ガス(LNG)などの輸入価格が高騰しているためです。原油価格が高止まりする中、LNG価格は原油相場に連動するので、どちらも当面は下がらないと考えるべきです。
加えて注意しなければならないのが円安です。エネルギーのほとんどを輸入に頼っているわが国では、円安になるとその分、エネルギーの調達コストが高くなるわけです。ですから、たとえ数基の原発を再稼働したとしても、簡単には電気料金は下がらないでしょう。
いま、資源価格高騰の影響を最も受けているのは家庭向けに電力の小売りをしている新電力会社ですね。自前の発電所を持たずに電力の卸会社などから電力を調達しているため、調達コストの高止まりはそのまま経営を直撃しています。もはや、新電力会社は電力事業だけでは成り立たないと言っていいほどです。倒産したり、契約停止に追い込まれたりしている企業が増えています。
もちろん、大手電力会社にも余裕はありません。東京電力の決算短信を見てみると、原材料費の値上がりの影響が出ていることがわかります。ただ、電力会社はコストを消費者に転嫁させられる仕組みがあるため、経営的には大きなダメージはないかもしれませんが、その分、今後さらに電気料金が値上がりする可能性もあります。
給料が上がらない中、生活を営むのに不可欠な電気料金が値上がりすると、当然ながら購買力が低下し、日本全体の経済活動が落ち込みます。たとえば外食産業では、電気もガスも料金が上がったあげく、来店客も減ってしまうという苦境に陥る可能性があります。
エネルギー危機の逆風を「追い風」にできる期待の業界
逆に、大きなチャンスが巡ってきている業界もあります。いま、ソーラーパネルは全国至るところに設置されていますよね。今後の増加も予測されることから、太陽光発電関連の企業はまだ伸びていくはずです。
そのほか、注目されているのが地熱発電です。いま地熱発電がさかんなインドネシアでは、日本製の機械が多く使われています。実は、日本は世界でも最先端の地熱発電技術を持っているのです。
それなのに当の日本で地熱発電が進んでいない原因は、温泉業界などから根強い反発があるからです。本当は共存できるのに、既得権益を何としても守ろうとしている人たちがいるわけです。いま、北海道で地熱発電開発が進みつつありますが、これは注目材料ですね。日本は火山国ですから、ポテンシャルはあるはずなんです。
また、化石燃料を使用した火力発電については批判が大きいですが、アンモニアや水素を混ぜて炭素排出量を劇的に減らす新しい形の火力発電を模索している企業もあります。いまはまだ安定調達やコスト面に課題がありますが、これも脱炭素に向けた一つのカギになるかもしれません。
このように、ピンチはチャンスにもなりえます。それは電力業界に限った話ではありません。たとえば、家電製品を作っているメーカー。電気を大量に使用するものは売れませんが、省エネの家電製品は売れるでしょう。アパレル業界でも、これだけ暑いとスーツなどの重衣料がますます売れなくなる一方、涼しい着用感の衣服は求められる。電気料金が上がるほど、省エネ製品や自分の工夫で凌いでいこうとする人が増えるはずですからね。
なかなか進まない「再生エネルギー」…早くしないと株価にも影響
短期的には火力発電や原発に頼らざるを得ないかもしれませんが、長期的にはやはり再生可能エネルギーを増やしていくしかないでしょう。
東京都では、年内にも新築一戸建てにソーラーパネルの設置を義務化する条例が制定される見込みです。また併せて、戸建てだけでなく大規模なビルやマンションを新築する場合に電気自動車(EV)の充電設備を設置するよう義務付ける方針も示しています。
ガソリンを使わず、家庭で使用する電気を家庭で生み出せるようになれば、家でのエネルギーコストがなくなります。世の中がそういう方向に進んでいくのはいいことだと考えます。
諸外国の状況では、デンマークが興味深いですね。全発電量の約5割を風力発電が担っているのですが、その一番の原因は「原油を輸入したくないから」なんですよ。かつてデンマークでは、エネルギーの多くを輸入原油に頼っていたため、石油危機で苦境に陥ったという経験があります。しかも、お隣のスウェーデンと違って原発ゼロ政策を続けています。そんな中で、自前でエネルギーを調達すべく風力発電が発展したのです。
デンマークの石油嫌いは徹底しています。車を動かすにはガソリンが必要になるので、国内には自動車産業もありませんし、自動車を購入しようとすると車両価格の150%の税金が課されるんです。だから、マイナスの気温になることもよくあるほど寒いコペンハーゲンでも、かなり多くの人々が自転車で移動しているんですよ。
日本はいま、ギリギリのラインで経常収支黒字を保っています。これが赤字になれば、株価にも悪影響が出ます。今後、資源価格が当分下がりそうにないことからも、資源の輸入は最小限にとどめるべき。そういう観点からも、私は再生可能エネルギーに期待しています。
構成=松田小牧