伝統的に防御が下手なロシア「将官が死にまくるのは必然」…プーチンが企てた「難しすぎる」作戦

 膠着状態に陥っているウクライナ情勢。多くの日本人にとって、ロシア軍の侵攻は “不可解” なものにも見えたが、元陸上自衛隊将官の小川清史は、「ロシアの戦い方はドクトリン(基本原則)を当てはめなければ理解できない」と話す。日本の軍事の専門家らが見るウクライナ情勢とは――。 全4回中の1回目。

※本稿は小川清史(元陸将)、伊藤俊幸(元海将)、小野田治(元空将)、桜林美佐著『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析 日本の未来のために必要なこと』(ワニブックス)から抜粋・再編集したものです。 

第2回:ウクライナ侵攻、プーチンが睨む2つの落とし所…「ロシア軍の大量の犠牲」より大切なもの
第3回:ロシア国防相「核の使用を検討…」プーチンの「全部ウクライナの自作自演だ!」作戦
第4回:ロシア軍が北海道にやってくる…独裁者プーチンは辞められない、止まらない。国際法など関係ない

ロシア軍を動かす「ドクトリン」

 小川(陸):ロシア軍は侵攻当初、全然違う2種類の陸上戦を展開していました。一つはクリミア半島にいるロシア人、つまり独立承認した地域を守るための戦い。目的地を守るために “必要な線” まで出ていって、そこで敵を食い止めようとしているものです。

 これは非常にわかりやすい戦いです。この種の戦闘命令は非常に楽ですね。ロシア陸軍のドクトリン(基本原則)は旧ソ連時代からそんな変わっていないはずだから、従来通りの戦い方で作戦を遂行していると思われます。このドクトリンという “トリセツ(取扱説明書)” を当てはめて考えていかないと、地図上の状況だけ見ても正しい答えは出てこないと私は思っています。

 ソ連時代からソ連軍は非常にルールを守り、根拠を作り、それから1917年にレーニンが改革をしてからすぐにドクトリンを作っているんです。共産主義を広めるために。そして、1920年代から戦略と戦術の間の「作戦術」という作戦レベルを作って、そこから軍事理論をずっと発展させ続けている。 

 だから、私は陸軍の運用の軍事理論に関してはソ連が一番進んでいたと思っているんです。今のロシア軍もそういったものを根拠にして、クリミアではその根拠通りに愚直にやっていると思います。

 そして反対に、作戦命令として作成が困難なのがもう一つのキエフ攻撃です。おそらくロシア側が達成したかったのは、プーチン大統領もしょっちゅう言っている「ウクライナの非軍事化、中立化」です。これが何を意味しているのかというと、「ウクライナの国家意思を変える」ということです。

 もっと具体的に言うと、「ゼレンスキー大統領を変える」もしくは「ゼレンスキー大統領の考えを変える」こと。そのためにサイバー攻撃を仕掛けていたわけですが、これがあまり効果がなかったと言われています。だから、その目的を地上戦で達成しようとしているのがキエフ攻撃だと私は思っているんです。

 しかし、ただ単にキエフをめちゃくちゃにして奪っても何の意味もないわけですよ。キエフ攻撃の目的はあくまでも「ウクライナの国家意思を変えさせる」ことであって、プーチン大統領の公的な発言からは、ウクライナを軍事占領して自分の国にしようとしているわけではないので。

 では、どういうふうに命令するか。どういう目標設定にするか。むちゃくちゃにドンパチやって、消耗戦をやってしまえば、結局、ウクライナ国民の恨みを買うだけですからね。そうすると目標設定がすごく難しい。

「キエフとハリコフを落とせない」=「失敗」ではない

 桜林:キエフもハリコフも落とせていないロシア軍の作戦は失敗ではないかという声も聞こえてきます。

 小川(陸):プーチン統領の特別軍事作戦の目的に入っていない地域なので無駄な戦力を使ってまで、そもそも落としてはいけないというのが私の見解です。したがって、両地域が落とせていないことをもって作戦が「失敗」であるという判断はできません。 

 プーチン大統領から見れば、キエフ攻撃はウクライナのNATO加盟への阻止や「中立化」を目指すためのものでしょう。今のところウクライナ側はNATOへの直接加入が難しそうな流れになってきているので、ロシア側としては、現時点でキエフに対して集中攻撃を加えて、わざわざ大きな犠牲者を生んで、ウクライナ国民の恨みを買う必要は全くない。 

 一方、東部2州への攻撃は「ロシア系住民の保護」が目的ですから、そのためにキエフやハリコフを攻撃する意味合いはありません。ロシア軍の作戦目的そのものではありません。

 これは2014年の「クリミア侵攻」と比べると違いますよね。当時は侵攻の6~7年前から事前準備をしていたと言われています。まずサイバー攻撃を仕掛け、戦端が切られてからは特殊部隊「リトル・グリーンメン」がシンフェローポリ国際空港や議会、クリミアの大半の軍事基地を速やかに占領・封鎖しました。 

 あの時は「ロシア系住民の保護」を名目にした作戦で、最後は住民投票によりスムーズに決着をつけたわけですが、その点今回は準備万端とはいえず、強引に大規模地上部隊による軍事侵攻に踏み切らざるをえなかったように見えます。 

 というのも、2008年の時には西側諸国、特にフランス、ドイツは、ウクライナとグルジアのNATO加盟はロシアとの対立を深める「レッドライン」になることを理解し、申請を拒否していました。ところが、ゼレンスキー大統領はそれをぶり返したわけです。プーチン大統領は世界中が目指している秩序構築の努力に反してでもやらざるをえなかった。

ロシアの将官死亡は「必然」

 桜林:ロシア側は将官の戦死者が増えています。

 小川(陸):ロシア軍には南部、西部、中央、東部、北部の5個軍管区がありますが、ウクライナと接する南部と西部には「諸兵科連合軍」が各2つしかありません。「諸兵科連合軍」とは、軍隊内の異なる兵科(兵種)同士が戦闘を実施するにあたって、相互に欠けている能力を補完するために組まれる単位のことをいうのですが、この諸兵科連合軍を投入しても、周到に準備された敵の防御地域を攻撃した場合の攻撃縦深(奪取できる目標ライン)は100キロから200キロの範囲です。 

 ロシア陸軍は伝統的に防御が下手です。これはソ連時代からの陸軍のドクトリンによるものなのですが、ロシアにとって防御は「あくまで戦力を集中するために、一時的に実施するものでしかない」という発想です。 

 その防御のためには第一線の主陣地のラインと、さらにその前方地域のラインの決め方が重要になります。攻撃の際にはまっすぐ撃てばいいわけですが、防御の際は、相手に対して真正面に立つと自分もやられてしまう。それを避けるため斜めに射撃できるような射撃陣地を作り、相互支援ができるような射撃陣地を組んでいかなければなりません。

 そのためには当然、指揮官が状況をきちんと把握していなければならないのですが、現在のロシア軍は、本来6000人から2万人の兵を率いる「師団長」クラスが指揮すべきところを、今は500~600人規模を率いる「大隊長」クラスが担っています。おそらく師団長クラス、旅団長クラスが第一線に出て指導しなければ、うまく陣地線を組めないのではないかと思います。 

 攻撃時においても、ロシアの陸軍には「陣内戦においては、独断先行で戦え」という教義がソ連時代からあります。どういうことかというと、第一線はみんなで協力して火力と機動を一致させて進むことができますが、敵の陣内に入ったらどこがどうなっているかわからない。

 したがって、最初の戦力は摩耗していくので、第2梯隊、第3梯隊を投入して波状攻撃を加えるわけですが、そこでモタついてしまうと防御側に新しい陣地や障害を築かれて攻撃しにくくなってしまいます。

 そもそも防御側はもともといろいろな準備をしており、陣内には機動路、障害、第2線の射撃陣地などを準備して、第1線の陣地が破られれば第2線陣地の戦いへと移行します。その先手を打つためにも、第2梯隊、第3梯隊は独断専行で突っ込んでいかなければならないというわけです。自分で考えて突っ込んでいって、先手を取るわけですが、やはりその判断は、基本的に上から言われたことをやる大隊長クラスには難しい。

 特に地上戦は地形の問題もあるし、敵・味方の練度の違いもある中で、瞬時の判断を求められます。もともとそのような独断専行の戦いは師団長クラスの指揮官がやるべきものとされ、ソ連時代の1936年に発布された『赤軍野外教令』には「ツースター・ジェネラル(少将:自衛隊の将補にあたる)」が行うよう定められていました。

 それを今は大隊長クラスがやっているわけです。3年ほど前から「ものを考えられる大隊長」を作る教育に変化していると聞いたんですが、まだ十分に徹底されていないとも聞いています。

 だから、攻撃時にも第2梯隊、第3梯隊投入のために、師団長・旅団長クラスが前線に出て状況判断をせざるをえなかったのかもしれませんし、防御時に主陣地をちゃんと指揮監督するためには、やはり危ない前線などに出て行かないとわからないかもしれません。ロシア側の将官の戦死者が増えたのも、そうした事情が背景にあったと思われます。

小川清史(元陸将)、伊藤俊幸(元海将)、小野田治(元空将)、桜林美佐著『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析 日本の未来のために必要なこと』(ワニブックス)

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この記事の著者
ワニブックス

刊行:ワニブックス社 小野田治 元航空自衛隊空将 ハーバード大学シニア・フェロー 伊藤俊幸 元海上自衛隊海将 金沢工業大学大学院教授 小川清史 元陸上自衛隊陸将 日本安全保障戦略研究所上席研究員 桜林美佐 防衛問題研究家

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