安倍政権を評価する:71%…退任まで「あり得ない」人気を誇った安倍晋三が、なぜ死ななくてはいけなかったのか
安倍晋三元首相は憲法改正を悲願に掲げ、日本では忌避されがちな核共有についても議論を提唱していた。そんな安倍氏の死去を「日本の危機」と捉えるのが、作家の門田隆将さんと名物テレビプロデューサーの結城豊弘さんだ。いま改めて考えるべき、安倍氏が遺した志とは—―。全4回中の1回目。
※本稿は門田隆将、結城豊弘著『 “安倍後” を襲う日本という病 マスコミと警察の劣化、極まれり!』の一部を抜粋・再編集したものです。
第2回:自民党が選挙で圧勝するのに「#安倍晋三を監獄へ」「#検察庁法改正案に抗議します」がなぜトレンド入りするのか
第3回:誰も責任をとらなくなったテレビ局に骨のある報道などできるはずがない
第4回:なぜ地上波で視聴率最下位のテレ東が、BSだとトップなのか…「BtoB番組」という活路
「日本が終わった」日
門田 私は「安倍元首相銃撃」「心肺停止」のニュースが流れた瞬間、「ああ、日本が終わった……」と思いました。安倍さんの死は、それほど重いものです。いま、日本は大変な危機に立っています。ロシアがウクライナを侵略し、中国の台湾侵攻も時間の問題と言われている中で、その危機的状況を打開するために各国を調整し、説得し、最も力を発揮できる国際政治家は、日本に、いや世界を見渡しても、安倍さんしかいなかったからです。
結城 日本の危機という点では門田さんに同感です。そもそも、日本の総理大臣経験者で、それも日本の憲政史上一番長期の政権を誇った安倍元首相が、選挙期間中に凶弾に倒れたのです。これを異常と言わないでなんとするのですか。民主主義国家の最大の危機です。
中国の脅威に対する安倍さんの政治家としての思想、方向性においては議論の余地もあると思いますが、少なくとも自民党の最大派閥のリーダーであり、世界中の首脳らと対等に外交的意見を交わせ、影響力を行使できる政治家は、今現在の日本において、安倍晋三元首相をおいて他にいない。ここにおいても門田さんと同じ見解です。
門田 史上最長政権、前人未到の国政選挙六連勝、辞める時の「評価する」が朝日新聞の調査ですら「71%」だったという「あり得ない」ほどの人気を誇った政治家。そのことが改めてわかりました。しかし、同時に驚かされたのが、安倍さんが憎くてたまらない人たち、いわゆる “アベガー” たちの言動ですよね。亡くなった直後から罵声を浴びせ放題で、とても見るに堪えませんでした。
彼らが言うモリカケなど、何年かけて追及しても、証拠はなに一つなかった。しかし都合の悪いことは書かず、ひたすら証拠もないまま「疑惑は深まった」と書き続け、アベガーを増殖させ、ついには安倍さん本人の命を絶つ暗殺者まで生み出したのが事実です。私はもう、言葉がないですよ。
結城 批判のために批判をするという姿勢は、私はどうなのかなと思います。冷静に分析し論点を紡ぎ議論をすることが大切です。安倍さんの功罪は、私は全くないとは思いません。ただ “アベガー” という人たちのように、根も葉も無いことまでSNSに匿名で書きまくり、個人の人格まで否定するような批判は許せません。
“モリカケ” 問題については、国会は空転し、本来なら審議するべき法案審議が隅に置かれてしまい、国民も呆れた。自殺された公務員まで出てしまった官僚の忖度と改ざん、無言の圧力や官僚組織機構の闇は、本来はシステムの問題ではなかったのか。今でも私はしっくり来ていないのも事実です。また、そんな社会の空気が、もし安倍さんの銃撃事件を引き起こしたとするなら、それは許せないですね。
今こそ恐れず「核」の議論を
門田 2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻を受けて、非核三原則と核シェアリングの問題について、タブーを恐れず、提言したのも安倍さんでした。プーチンは「必要があれば核を使う」と言っている。だから他の国々はウクライナに直接的な協力ができない。アメリカも核戦争になるのはごめんだから、ウクライナに直接的な軍事介入をできないわけです。
となれば、「あれ、日本がウクライナの立場になったときに、アメリカは本当に核抑止を効かせてくれるのか?」と日本人が不安になるのは当然です。命がかかっていますからね。安倍さんはそこに問題提起してきたわけです。にもかかわらず、マスコミはその議論から逃げました。これを避けるのは、マスコミが自分たちの本来の役割、使命を果たしていないということになりませんか。
結城 いや、しかしまだそれより前に考えることがあっていいはずなのに、いきなり核武装、核保有という話になるのはちょっとどうも……。
門田 核シェアリングは「核武装」ではないんですよ。そこを誤解しないでください。同じ敗戦国であるドイツもイタリアも、アメリカとの間で核シェアリングをしています。しかし、NPT(核拡散防止条約)を批准しています。つまり、核シェアリングは核武装と違いますから、NPTも問題にしないんです。
日本は二度と核攻撃を受けないための抑止力を持たなければならない。そこで、私は、「アメリカの原子力潜水艦の核抑止力を共有する」という宣言をすることを主張しているんです。アメリカの大統領と日本の総理大臣が米原潜の核抑止力の共有に合意すれば、アメリカの大統領に「アメリカと日本は核シェアリングを宣言する。ただ今より、日本は米原潜の核抑止力も共有した。日本を攻撃することは、米本土を攻撃することと同じだ」と宣言してもらう。
結城 しかし、こちらの要求をのんでもらう以上、日本もアメリカの要求をのまざるを得なくなるのではないですか。アメリカ軍へのいわゆる「思いやり予算」の増額とか。
門田 もちろん、タダで守ってもらうわけにはいきませんから、それなりのお金が必要です。しかし、在日米軍への負担って、今は2000億円程度で、受けている恩恵と比べると安すぎるくらいです。アメリカが負っている分を日本が自主防衛で埋めようとすれば、それこそ10兆円単位の予算が必要になりますから。
結城 しかし核共有であれば、日本は核武装をしないまま、核の抑止力を高められるということですか。
門田 そうです。核武装はそもそもNPT脱退が前提ですから、なかなかできませんよ。まして現状では、とても国民のコンセンサスが得られないでしょう。そこで核は国土に置かず、運搬も自衛隊がやらず、アメリカの原潜に積んだ核について、つ “核抑止力” を日本も共有し、そして「責任もともに負う」と表明できれば、今までと「実質」を変えることなく、「宣言」するだけで核抑止力の割合を高められる、ということになるわけです。
平和を語るために現実を直視せよ
門田 私は「命」を守るために具体的、かつ現実的なアイデアを出しているわけだから、それを否定するというなら核保有国に囲まれている今、「どうやって命を守るのか」を教えてほしいんです。
結城 でも平和を語ることは重要だと思うんです。
門田 もちろん平和を語るのは重要です。しかし、語って欲しいのは、その「平和を守る」ための現実的手段なんです。ただそれが空想的平和主義に陥っているなら「批判を免れませんよ」と言うだけです。ウクライナの現実を見ても、「抑止力をアップしないと、戦争を防ぐことはできない」と、皆が言っています。
いまウクライナで議論になっているのは、「保有していた核兵器をすべてではなくても、せめて50発ぐらいは残しておくべきではなかったか。それなら、ロシアの侵略もなく、これほど無辜の市民が死ぬこともなかったのではないか」というものです。結城さんは、ひょっとして、もしウクライナが非武装だったら、ロシアが侵略してこなかったと思っているんですか?
結城 それはあり得ない。でも心のどこかで、僕は平和を希求していたいんです。平和を保つためには、戦争しかないのかという疑問がある。
門田 だから、平和を守るため、つまり戦争を起こさないためにどうするか、という方法論を話しているんです。非武装だったり、憲法九条がそのままだったりしたら、「戦争を呼び込んでしまうでしょ?」と言っているのです。
「憲法九条を変えろ」と言うと、「平和憲法、戦争放棄、戦力不保持の憲法を変えるなんて、あなたは戦争したいんですか」と言いますが “逆” ですよ。平和を守るために憲法改正が必要なんです。「日本に戦争を仕掛ければ、大変なことになりますよ。だから戦争はやめましょうね」と相手に思わせるものが「抑止力だ」というだけのことです。
日本は確かに日本一国では中国に立ち向かうのは難しい。しかし日米同盟が強固で、「日本に手を出したら確実にアメリカが出てくる」と思えば、そう簡単には手を出せません。
結城 僕も、他国からすればどう見ても軍隊である自衛隊を「軍隊ではない」と言い続けるのには無理があり、むしろ間違っていると思います。憲法九条を堅持したところで、本当に戦争を抑止できるのかという疑問は常に持っていましたから。
僕は核武装には絶対反対ですが、核に囲まれている現状もよくわかる。かといって核保有や、自国領内の核配備は難しいとなれば、確かに門田さんの言う形の核共有というのは一つの手かもしれませんね。
【門田隆将】
作家、ジャーナリスト。中央大学法学部卒業後、新潮社入社。『週刊新潮』編集部記者、デスク、次長、副部長を経て2008年独立。『なぜ君は絶望と闘えたのか─本村洋の3300日』(新潮文庫)、『疫病2020』(産経新聞出版)など著書多数。
【結城豊弘】
フリープロデューサー。駒澤大学法学部卒。読売テレビにアナウンサーとして入社。1995年、アナウンサーから東京制作部に異動し『ザ・ワイド』の担当となる。その後『ウェークアップ! ぷらす』『情報ライブ ミヤネ屋』『そこまで言って委員会NP』を歴任。2022年4月に独立。