誰も責任をとらなくなったテレビ局に骨のある報道などできるはずがない

 安倍晋三元首相の銃撃事件以降、連日政治と統一教会の問題を取り上げているテレビ。そんなテレビ局の体制そのものに懸念を示すのが、作家の門田隆将さんと名物テレビプロデューサーの結城豊弘さんだ。「無気力」が蔓延し、クレームが来ない番組作りしかできなくなってしまったテレビ局の実態とは――。全4回中の3回目。 

※本稿は門田隆将、結城豊弘著『 “安倍後” を襲う日本という病 マスコミと警察の劣化、極まれり!』の一部を抜粋・再編集したものです。 

第1回:安倍政権を評価する:71%…退任まで「あり得ない」人気を誇った安倍晋三が、なぜ死ななくてはいけなかったのか
第2回:自民党が選挙で圧勝するのに「#安倍晋三を監獄へ」「#検察庁法改正案に抗議します」がなぜトレンド入りするのか
第4回:なぜ地上波で視聴率最下位のテレ東が、BSだとトップなのか…「BtoB番組」という活路

忘れ去られた両論併記の原則 

 結城 安倍元首相を銃撃して殺害した山上徹也容疑者が凶行に及んだ背景については、これから取り調べと裁判で明らかになっていくと思います。ただ僕は、統一教会と聞いて、テレビ局に入社した1986年の頃にも、高額な寄付や壺を売りつけ抜けられなくするなどして社会問題化していたことを思い出しました。強引な勧誘、集団結婚式などの問題でワイドショーを賑わしていた、カルト教団の亡霊がまだあるのかと衝撃的でした。 

 その旧統一教会が、安倍さんの死とどう結び付くのか違和感しかありません。報道は、だんだん安倍さんの警備の不手際や危機管理の問題から、カルト教団の話題に移ってしまっている。本来は民主主義への明らかな挑戦であり、要人の警備の問題や、教育、今後再発防止に向けていかなる努力と組織を作っていかなければならないかを徹底議論、徹底検証するべきではないかと思います。 

 門田 1992年の桜田淳子さんの統一教会の合同結婚式を頂点に、1980~90年代もずっと霊感商法をはじめ、ワイドショーはこれをやってきた。新しい話は何もないのに、私らから見れば「えっ、またやるの?」という感じです。新しい問題点が同教会にあらためて出てきたのならいいですよ。しかしそうではなく、暗殺犯の山上徹也が犯行動機として安倍さんと統一教会の名を出しただけのことです。それだけなのに、この取り上げ方は異常です。 

 最近では、新型コロナに関する報道も異常でしたね。もちろん最初は「新型」だから気を付けてしかるべきですよ。しかしウイルスの実態、実害がどの程度か判明してからも、とにかく危険性をあおることで、視聴率を稼ごうという意図が透けて見えるようなワイドショーもたくさんありました。  

 例えば東京五輪に関するワイドショーの放送です。ただただ「命か五輪か」の単純比較に終始して、政府対策のどこが不備なのか、あるいは当時の感染状況で開催を返上することで生じる信用失墜の面、莫大な賠償金など、マイナス面はほとんど取り上げない番組がありました。 

 結城 「ワイドショー」という言葉で、すべての番組がひとくくりにされるのはとても残念ですが、問題のある番組作りをしている局や番組があったのは確かです。 

 やはり世間でも意見が割れるような話題は、番組でも両論を取り上げて、視聴者に番組を見たうえで考えてもらうことが大切。両論併記で番組は作らなければならないと思っています。特に新型コロナウイルスの情報や政府対応、海外ニュースの扱いにおいては、玉石混交状態になり、各社が錯綜(さくそう)したのも事実。スタジオのコメンテーターや識者の中には、とんちんかんなことを言う人も多かった。両論併記の原則を忘れがちだったと思います。 

 門田 意見の違う人が一堂に会してあるテーマでコメントし合うから、ぶつかり合うこともあるし、納得する時もある。議論が盛り上がりますからね。例えば憲法というお題を出して、改憲派の私も呼ぶ、護憲派の共産党議員も呼ぶ、お互いに自分の意見を言い合って、じっくり考える。そういう番組はできないんですか。   

 結城 やろうと思ったらできると思いますよ。ただ、そうはいっても番組枠の中で、天気予報の時間があり、地域ネタもあり、となると、特集コーナーで使えるのは10分程度。その10分で、さまざまな立場の人をスタジオゲストに呼んできて、深い議論をさせるというのは至難の業です。ウクライナ侵攻や核議論、憲法改正となると、まず基礎知識や議論の前提について、視聴者が理解するように説明するだけでも時間がかかります。 

 門田 そこを、例えば1時間なり、2時間なりの番組枠を取って、腹くくって番組を作ろうってテレビ人がいない。マスコミ全体を見渡しても、そういう人がいないことが大問題なんですよ。 

マスコミの「反権力」は口ばかり 

 門田 今こそ、ロシアのウクライナ侵攻や、それによって高まっている核議論を取り上げる番組を放送すべきですよ。テレビ局の制作側に、そういう問題意識が薄いんじゃないですか。あるいは、空想的お花畑の人たちがまだはびこっているんじゃないか。マスコミの多くが左派的であることは間違いないですから。 

 結城 少なくともテレビの現場には、そこまでイデオロギー的な思想を持って動いているような人たちは、もういませんよ。確かに僕が会社に入った1980年代中頃、テレビ局にいた先輩たちの中には、ある程度の思想を持っている人もいましたが、今は、左翼も右翼もありません。 

 特に長く会社にいればいるほど、穏便に穏便に、定年退職まで問題なく勤められればそれでいいという「事なかれ主義」の方が支配的な様相です。「反権力」はおろか、「権力のチェック機関」「報道の使命」なんていう記者や放送局にとって重要な話すら、現場で議論する機会がどんどん減ってきているように感じます。 

 門田  かつてのバリバリの活動家みたいな人たちは、確かに私たちよりも上の世代で、現場からどんどん去っているのは間違いない。しかし何かと言えば「平和がいいよね、戦争は嫌だよね」と言うだけで思考停止している人たち、これは若い世代にもかなりの数いますよ。一方、この現状の中でどう平和を守り、国民の命を守るかというリアリストの意見は、今も「危険視」される風潮は残っています。 

 結城 確かにね……。でもそれはテレビ局というよりも、世代全体の風潮ではないかと思います。右翼、左翼という思想の話ではなくて、「何も考えていない」「興味がない」「どうせ何も変わらない」。テレビ局に入るような若い人たちですらもそうなんですから。憲法改正や天皇制を番組でどう扱うか、なんて話題も出ないし、当然、議論にもならない。 

 これまでの番組作りの現場では、テロップの言葉や表現ひとつをとっても「正確か?」「これで視聴者に伝わるのか?」と何時間でも話し合って決めてきました。でも今は、誰も議論をしない。「まあ……これでいいんじゃないかな。もう時間もないし、これで行っちゃおうよ」というノリです。一人の意見に異論を唱えない。一事が万事、このありさまで、これはすごくおかしいと思っています。 

上司が責任を取らない会社は衰退する

 門田 はっきり言ってしまえば、組織のトップに哲学がないんですよ。少し前に、あるテレビ局のトップと一対一で飲んだんです。その席で私は、「上がしっかりしなければ、メディアは終わる」と言いました。 

 例えばテレビ局の社長の記者会見では、記者から何か厳しい質問が飛ぶと「個別の質問については番組担当者に聞いてくれ」と言って逃げたり、あるいは簡単に批判に屈して「今後そのようなことのないよう、徹底します」と謝罪するのがパターンです。それが、現場の萎縮や無気力を招くんですよ。 

 結城 その通りです。こういう組織の中の悪循環の原因として、会社組織の「コングロマリット化」、つまり多角的な経営を行う複合企業体のようになっていることにも問題があると思っています。テレビ局にしろ、新聞社にしろ、もはや番組や記事、新聞だけを売って成り立っているのではなく、不動産業やイベント業、インターネット事業なども行っている。 

 ホールディング会社化するのが、まるで流行のように、キー局や準キー局といった大きなテレビ局が我も我もとホールディング制を取り入れていく。その弊害で番組制作の現場を全く知らない人が、テレビ制作や報道部門を担う、関連制作会社の担当幹部になってしまうということが平気で起こる。   

 営業や編成から来た人が突然、報道や制作のトップになり、1年か2年で次の部署へと栄転していく。となると、その人たちは「俺がトップのこのポジションにいる間は、なるべく穏便に、クレームのないように過ごそう」と思いますよね。 

 門田 お役所、官僚組織と同じ発想ですね。出世路線に乗れば、あとは失点さえなければ目当てのポストに就いて、いい状態で定年退職を迎えられる、と。 

 結城 これで責任者の立場についたって、視聴者や取材先からのクレーム対応の仕方すらもわからないし、番組や報道の放送意義を説明することもままならない。番組制作や報道経験があり現場が少しでもわかっていれば「どうしてそういう問題が起きたのか」を考える土台もあるけれど、それがなければ、ただ謝るしかない。 

 いずれにしろ、事を荒立てずに大人しくしていた方がいいとなってしまうわけで、攻める番組は作りにくくなっていく、という状況がどんどん拡大していくのです。

門田隆将、結城豊弘著『 “安倍後” を襲う日本という病 マスコミと警察の劣化、極まれり!』

【門田隆将】

作家、ジャーナリスト。中央大学法学部卒業後、新潮社入社。『週刊新潮』編集部記者、デスク、次長、副部長を経て2008年独立。『なぜ君は絶望と闘えたのか─本村洋の3300日』(新潮文庫)、『疫病2020』(産経新聞出版)など著書多数。

【結城豊弘】

フリープロデューサー。駒澤大学法学部卒。読売テレビにアナウンサーとして入社。1995年、アナウンサーから東京制作部に異動し『ザ・ワイド』の担当となる。その後、『ウェークアップ! ぷらす』、『情報ライブ ミヤネ屋』、『そこまで言って委員会NP』を歴任。2022年4月に独立。

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