フジ・メディアHD「取締役選任の闘い」遂に決着!…プロ注目「株主総会バトル」リスト

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 現代の企業経営において、「株主総会」は単なる決算報告の場ではなくなりつつある。かつては形式的に終わることが多かったこのイベントも、今や企業の進路を左右する重要なディスカッションの場となっている。特に、アクティビストや投資家による株主提案は、経営者にとって無視できない存在となり、企業のガバナンスや戦略に対する影響力が増している。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が、フジ・メディア・ホールディングスの動きなど最新事例とともに解説していくーー。

目次

「物申す」株主から「企業のパートナー」へ。変化する株主総会

 6月、桜の季節はとっくに過ぎ去ったが、日本企業にとっての“年中行事”とも言える株主総会の季節が本格化した。新年度入りとともに、決算報告と経営の進路を示すこの場は、かつては形式的なものと捉えられがちだった。しかし今、株主総会は静かに、だが確実にその性格を変えつつある。

 今年、アクティビスト(物言う株主)による株主提案が最も多くなり、約50社にのぼった。他の投資家を含めた全体でも114社が提案を受けており、いずれも過去最多である。彼らの提案は、資本効率の改善、親子上場の解消、取締役の交代、あるいは事業の再編成まで、実に多様だ。単なる「物申す」存在ではなく、企業の構造そのものを問い直すパートナーとなりつつある。

株主提案の「賛成率」が持つ力とは…企業経営に大きく影響

 とはいえ、株主提案がそのまま可決される例はまだ少ない。とりわけ定款変更を要する案件では、3分の2以上の賛成を要するため、現実的なハードルは高い。それでも提案がなされるのは、「可決」そのものが唯一の目的ではないからだ。

 あるアクティビストは語る。「重要なのは、世の中に企業の課題を広く訴えること。たとえ可決されなくても、企業の姿勢を問い直す契機となれば十分意味がある」。この発言は、株主総会という場が、経営と市場の接点であり、そして世論に対しても開かれた舞台であることをよく示している。

 こうした「訴える力」は、実は投票結果の賛否そのもの以上に、「賛成率」「反対率」の数字に宿る。否決されたとしても、賛成率が3割、4割に達すれば、それはもはや無視できるノイズではない。企業は、次のアクションに慎重にならざるを得なくなる。

フジ・メディアの株主総会に注目。ダルトン・インベストメンツが提案する経営改革とは

 今年、その象徴的な事例となりそうなのが、6月25日に株主総会を開くフジ・メディア・ホールディングスだ。米国のダルトン・インベストメンツが12人もの取締役候補を独自に提案するという異例の動きを見せている。ダルトン側も、12人すべての選任を本気で目指しているわけではなさそうだ。1人、あるいは2人でも選任されれば、彼らにとっては十分に「成果」なのである。

 目的はPR効果だけではない。むしろ本質は、同社の不動産ビジネスを分離し、本業に集中させるべきだという経営のあり方への提言にある。このような提案が実現しようがしまいが、問題提起としてのインパクトは大きい。総会後、フジ・メディアが不動産事業の扱いをどうするかに注目が集まる。

「反対表明型」の投資家が増加。ツルハの株主総会に見る新たな潮流

 一方で、アクティビストだけが経営に「物申す」時代ではなくなっている。いわば“静かな異議申し立て”を行う投資家たちも、着実に増えている。

 その一例が、ツルハホールディングスの株主総会だ。ウエルシアとの経営統合をめぐる提案に対し、賛成率は80%に届かなかった。背景には、オービス・インベストメンツという大株主の反対がある。同社はアクティビストではない。典型的なバリュー投資家だ。それでも株主提案ではなく、会社提案に対して明確に“NO”を突きつけた。こうした「反対表明型」の行動は今後さらに増えていくかもしれない。

 さらに、企業同士が株主提案をめぐってぶつかる事例も出始めている。JALが大株主となっている投資ファンドPAGでは、JALがPAG傘下のAGPに対して非公開化を求める株主提案を出した。AGP側は、TOB(公開買い付け)を経ないでの非公開化は「少数株主の排除だ」と強く反発。企業と企業が株主総会の場で対立する構図は、日本ではまだ新しいが、今後はより一般化していくだろう。

 こうしたなか、特に印象的だったのが、豊田自動織機の株主総会である。6月10日、愛知県高浜市で開かれたこの総会は、同社にとって上場企業として最後の定時総会となる可能性が高いとされる。トヨタ自動車とその関連会社による買収によって、非公開化が予定されているからだ。

豊田自動織機は最後の株主総会か…非公開化を巡る株主の強い反応

 会場には351人の株主が集まり、過去最多となった。質疑応答も活発で、1時間53分という過去最長の総会となった。とりわけ多かったのは、非公開化に対する疑問と寂しさの声である。「TOB価格の根拠が不明確」「もっと企業価値は高いはず」といった問いが飛び交った。

 株主の中には「刈谷市に住んでおり、トヨタの祖業である豊田織機の株を応援してきた」と語る者もいた。父から株を引き継ぎ、10年以上保有していたという女性は「地元の企業が上場廃止になるのは寂しい」と声を震わせた。

 経済合理性の中で、地元企業としての存在感が薄れていく。この構図は、単なる非公開化の問題にとどまらず、企業と地域社会の関係性そのものに疑問を投げかける。伊藤浩一社長は、「地域との関わりはこれからも変わらない」と答えたが、その言葉の裏には、深い責任の重みが滲む。

 さらに、非公開化後の経営姿勢に関する問いもあった。「得た資金は株ではなく事業に投じてほしい」「非公開になるとブラックボックス化する恐れがある」といった指摘である。株主総会は、もはや過去を報告する場ではなく、未来のビジョンと透明性を企業が説明する場になっているのだ。

株主提案は象徴に過ぎない。企業の未来を決めるのは“水面下”での対話だ

 株主総会で提案される案件は、表面化した対話のごく一部にすぎない。ある推計では、水面下でのやりとりは可視化された提案の5倍にのぼるとも言われる。株主提案とは、氷山の一角なのである。

 だからこそ、私たちはその“海面の下”にも意識を向けねばならない。企業と株主の対話の全体像をどうとらえるか。そのことが、未来の資本主義をかたちづくる鍵になる。株主総会の議場は、単なる形式的な儀式の場ではない。企業、投資家、そして地域社会の意見が交錯し、新たなルールや価値観が芽生える場である。

 企業に問いかける株主の声が、かつてないほど多様になり、そして重みを持ちはじめた今、私たちはその声に、そしてその裏にある社会の期待に、しっかり耳を傾ける必要がある。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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