古谷経衡氏「中道が負けても、リベラル(自由主義)そのものが負けたわけではない」あなたは保守・リベラル、右翼・左翼の語義を正確に理解しているか

先の衆院選で中道改革連合が大敗し、意気消沈しているリベラル派の有権者の方も少なくないだろう。しかし作家の古谷経衡氏は「中道が負けても、リベラル(自由主義)そのものが負けたわけではない」という。なぜ中道は大敗したのか。同氏が考察するーー。
みんかぶプレミアム特集「戦後・リベラルの終焉」第6回
目次
中道改革連合(中道)の壊滅が受け入れられないリベラル
怒涛の衆院解散総選挙の投開票日から2週間近くが経った。筆者の知る或る野党支持者は、現在を以て放心状態である。高市自民の圧勝と、中道改革連合(中道)の壊滅が受け入れられないのだという。曰く「高市総理の解散自体が不正であり違法」。そう繰り返している。如何にも総理の解散権行使には疑義がある。しかし、それを不正だ違法だと言っても無意味である。非自民的な政治思想を持った有権者の喪失感は、かつてないほど深く、彼らの存在意義そのものを崩壊させるに足る結果が示されたと言える。
それでも中道は比例合計で一千万票を超える得票をし、高市自民は空前絶後の躍進をしたとは言え、小泉純一郎内閣で行われた郵政解散(2005年)よりも得票は少ない。選挙制度が自民党を助けたことは事実だが、それ以外に中道壊滅の根本があるのではないか。
中道改革連合の「中道」とは、創価学会的な意味での中道だったのではないか
中道改革連合の「中道」とは、元来仏教用語を含意している。ブッダは、人間が解脱の領域に達するまでの工程として「八正道」を説いた。それは人類を含む生命存在の尊さを前提とした「正しい」生き様全般を指すのであり、この八正道を貫徹し、ヒトが悟りに至るまでの生き方そのものを「中道」と呼ぶ。中道改革連合の「中道」とは正にこの意であり、それはそのまま、公明党の最大の支持母体である創価学会が信奉する仏教の原理に他ならない。
とはいえ、ふつう「中道」と言えば政治的な右翼・左翼に寄らない、バランスの取れた中間的な政治的立位置を指すと解釈されるであろう。中道改革連合はそのこと(「中道」という言葉の持つ本来の宗教的解釈)を曖昧にしたまま、選挙戦に突入した。実態としては、衆院における旧公明党の候補者を比例で優遇したのだから、中道改革連合の示す「中道」とは、創価学会的な意味での中道なのであったが、それを鮮明にすれば非学会員からの支持が得られにくい。はてさて選挙結果は書くまでも無い。