「ただの雑用」だと思われていた女性社員にが持っていた驚くべき価値!なぜあなたの会社ではリスキリングが進まないのか

これまで大手企業から官公庁、自治体まで、のべ500万人の人材マネジメントを支援してきた小出翔氏は、「アメリカのHR(人事)分野において、現在、最も注目されている概念の一つがスキルベース組織だ」と話し、スキルに着目する重要性について訴える。スキルを重視することでどのような効果が得られるのかについて、小出氏が解説する。全3回中の2回目。
※本稿は『誰もが成長し活躍する会社のしくみ 「スキルベース組織」という新しい人材マネジメントの実践法(プレジデント社)』から抜粋、再構成したものです。
第1回:誰もが活躍できる「スキルベース組織」とは?“職務”よりも“スキル”が大事なこれだけの理由
第3回:現代社会に必要なのは「ラーナビリティ」と「ソフトスキル」!有望な人材を見極めるコツとは
目次
周囲の人を「ラベル」で判断していませんか
皆さんの会社では、社員一人ひとりが「自分は何が得意で、どんなスキルを持っているのか」を明確に言語化できているでしょうか? そして、経営層や人事は、そのスキルを正確に把握できているでしょうか?
残念ながら、多くの組織では、個人の能力が驚くほど「見えていない」のが現実です。
その大きな要因は、私たちが無意識のうちにとらわれている「バイアス(偏見や思い込み)」にあります。
「彼は○○大学出身だから優秀なはずだ」
「彼女はまだ入社3年目だから、この仕事は任せられないだろう」
「あの人は営業一筋だから、企画の仕事は向いていない」
「ベテランの○○さんは、今さら新しいデジタルツールは使えないだろう」
私たちは、学歴、年齢、過去の職務経歴といった「ラベル」で人を判断しがちです。もちろん経験は重要ですが、そのラベルが、その人の「今、持っているスキル」や「将来の可能性」を正確に反映しているとは限りません。
12万人超のスキルを可視化した富士通
スキルベース組織は、この「見えない」状態を打破し、一人ひとりの強みを「可視化」することからスタートします。
たとえば「営業力がある」という曖昧な表現ではなく、「顧客の課題を特定するヒアリングスキル」「データに基づく提案書作成スキル」「新規顧客との関係構築スキル」といった具体的な要素に分解して可視化します。
この取り組みは、すでに先進的な企業で始まっています。一例を挙げると、富士通では、全社員約12万人超のスキル情報を可視化するシステムを導入しています。社員は自身の専門分野や保有資格だけでなく、過去のプロジェクトで培った経験やスキルを登録し、それをAIが分析することで、社内の隠れた才能を発掘するしくみを構築しています。
これにより、社員は自分自身の強みと、まだ足りていない部分(スキルギャップ)を客観的に認識できるようになります。「なんとなくこの仕事は得意だ」という感覚を、「このスキルが自分の武器だ」という確信に変えることができます。これは、自己肯定感とモチベーションを高めるうえできわめて重要です。
「ただの雑用」に潜んでいた価値
この「確信」が個人に与える変化を目の当たりにした、印象的な出来事があります。
ある会社で、特定部門を対象とした「スキルの棚卸しワークショップ」を実施した際のことです。参加者の中に、長年、事務職として働いてきた50代の女性社員がいました。彼女は当初、「私には専門的なスキルなんて何もありません」と、少し自信がなさそうな様子でした。
しかし、ファシリテーターが彼女のこれまでの経験を丁寧に深掘りしていくと、彼女が「ただの雑用」だと思ってこなしていた業務の中に、驚くべき価値が隠れていることが次々と見えてきました。
たとえば、営業担当が強引に持ってきた短納期の案件に対し、怒りの感情を示す現場責任者をなだめつつ、過去の類似案件のデータを引き合いに出しながら双方が納得する現実的なスケジュールの落とし所を見つけていたこと。これは単なる“伝書鳩(メッセンジャー)”ではありません。「ステークホルダー・マネジメント(利害調整)」であり、「コンフリクト・マネジメント(対立解消)」のスキルです。
また、配属されたばかりの若手社員が、気難しい部長の曖昧な指示に萎縮しているのをいち早く察知し、「部長の言う『いつものあれ』は、この資料のことよ」と通訳したり、ミスのフォローに入って早期離職を防いだりしていました。これは、組織の心理的安全性を守る「オンボーディング(定着支援)」および「メンタリング」のスキルにほかなりません。
ホワイトボードに書き出されたこれらの「現代的なビジネス用語」を見た瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなったのを覚えています。
「これが私のスキルなんですね。これなら、ほかの部署でも貢献できるかもしれない」と、彼女は力強く語りました。
その後、彼女は全社的な業務改革(DX)プロジェクトの推進役に抜擢され、現場の暗黙知をシステムに落とし込むための「翻訳者」として、見事にその役割を果たしています。
スキルの可視化は、単なるデータ整備ではありません。それは、社員一人ひとりが自分の可能性に気づき、次の一歩を踏み出すための「エンパワーメント」です。
リスキリングが進まない明確な理由
今、多くの企業が「リスキリング(Reskilling:新しいスキルの習得)」に取り組んでいます。変化の激しい時代において、既存のスキルだけでは通用しなくなるという危機感があるからです。
世界経済フォーラム(WEF)の『The Future of Jobs Report 2023』によれば、今後5年間(2023-2027年)に、労働者のスキルの44%が“変容(disrupted)”すると雇用主は見込んでいます。
しかし、多くの企業では、リスキリングが思うように進んでいません。「とにかく何か学ばなければ」と焦り、会社が提供するeラーニングのプログラムを片っ端から受講したところで、それが自身のキャリアや会社の戦略と結びついていなければ、学習のモチベーションは長続きしません。
リスキリングが進まない根本的な原因は、「何を学ぶべきかが明確になっていない」ことにあります。
スキルベース組織は、この問題に対する明確な解を提供します。まず、会社が将来の戦略を実現するために、どのようなスキルがどれだけ必要になるのか(未来のスキル需要)を定義します。そして、社員一人ひとりの現在の保有スキル(現在のスキル供給)を可視化します。
この両者を比較することで、個人レベル、そして組織レベルでの「スキルギャップ」が明らかになります。このギャップこそが、今、優先的に学ぶべきテーマです。
目指すべきゴールと、そこに至るために必要なスキルが明確になれば、社員は迷うことなく、意欲的に学習に取り組むことができます。
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