「仕事を一切しないから毎月4万ドルもらう」豪商ヴァンダービルトがたどり着いた究極のビジネス

19世紀の米国海運界で、自らの船を出さずに競合他社から毎月4万ドルを受け取り続けた大富豪コーネリアス・ヴァンダービルト。一見すると強権的な脅しに見える取引の裏には、運航費用を他社より20%低く抑え、値下げ勝負になれば相手だけに赤字を強いる圧倒的なコスト構造が存在していた。なぜ競合は戦うことよりも「敵にお金を払う」選択をしたのか。元プレジデント編集長で作家の小倉健一氏が、月4万ドルの不戦協定が生み出した企業同士の損得計算を紐解く。
みんかぶプレミアム連載「一握りの大富豪だけが知っている世界の真実」
「戦わないこと」を収益源に変えた大富豪 船を動かさずに運賃以上の利益を手にする仕組み
毎月4万ドル。コーネリアス・ヴァンダービルトに金を払っていたのは、競争相手の船会社だった。船を借りるためでも、荷物を運んでもらうためでもない。自分たちと競争しないでもらうためだ。
ヴァンダービルトは、19世紀の米国で海運や鉄道を手がけた大富豪である。海運の仕事は、人や荷物を船に乗せ、運賃を受け取ることだ。その彼が、船を出して客を集める代わりに、「仕事をしない」と言う約束で金を得ていた。
こんな話を聞けば、強欲な大富豪が相手を脅して金を取っただけだと思う。私も、最初はそこに目が向いた。ところが、支払いの条件を読むと、金を出す会社もなかなか抜け目がない。なぜ敵を儲けさせてまで、金を払い続けたのか。払う側に立つと、この男の商売が違って見える。
そもそも、船を出していない相手なら、放っておけばいい。客を奪われる心配もなく、自分たちだけで稼げる。そのはずなのに、放っておけなかった。当時、米国の東海岸から西海岸へ向かう人々は、中米を経由する船旅を利用していた。船で南へ向かい、中米の狭い陸地を越えて、反対側の海で別の船に乗り換える。西海岸で金が見つかったため、一獲千金を夢見る人々が、この経路を使って押し寄せた。船会社にとっては、大勢の客を運べる商売だった。
無理な勝負はせず圧倒的低コストのみで戦う ヴァンダービルトが法廷で明かした勝因
ヴァンダービルトは、すでに商売をしていた会社に、安い運賃で勝負を挑んだ。スミソニアン国立郵便博物館の解説によると、彼ら新規参入組との競争によって、1849年には300ドルだった客室運賃が80ドルまで下がった。
客にとってはありがたい。目的地が同じなら、高い切符を買う必要はない。新しい会社へ客が流れれば、古い会社も値下げを迫られる。値下げせずに客を失うか、値段を下げて1人から得る利益を減らすか。どちらを選んでも、以前のようには稼げなくなる。
値下げのたびに相手の赤字が膨らむなら、無理に付き合わず、資金が尽きるまで待つ手がある。先に耐えられなくなった会社が去り、残った会社が客を取る。ヴァンダービルトは、船を動かす費用まで低く抑えようとした。値下げしても、自分は利益を残すためだ。
「私は支出を減らして利益を出す」
1869年、彼は法廷でこう語っている。伝記作家T・J・スタイルズの『The First Tycoon』(2009年)に記された発言だ。蒸気船でも、相手と同じように運航し、費用を20%低くできなければ船から手を引く、と続けた。