「海運王」から「鉄道王」へ…なぜヴァンダービルトは借金まみれの鉄道株を買い進めたのか 赤字の陰に隠れた“マンハッタン直結”の真価

1863年、ニューヨーク・アンド・ハーレム鉄道の社長に就任したコーネリアス・ヴァンダービルトは、年6000ドルの社長給与を断り、実務を担う副社長を置くことを条件にした。目先の給料ではなく持ち株の配当で報酬を得る構造を選んだ男は、削った資金を新車両や全線複線化などの設備投資へ再配分し、赤字に苦しむ不振鉄道を高収益企業へと変貌させた。元プレジデント編集長で作家の小倉健一氏が、実務を任せつつ意思決定と資金配置を握ったヴァンダービルトの経営統制の手法を解き明かす。
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年6000ドルの給与を断り配当で稼ぐ選択 ヴァンダービルトが求めた経営報酬の仕組み
年6000ドルの社長給与を断り、毎日の業務を担う副社長は別に置く。1863年、ニューヨーク・アンド・ハーレム鉄道の社長に選ばれたコーネリアス・ヴァンダービルトは、この2つを就任条件にした。海運で財を築いた男が、鉄道の経営へ本腰を入れた。
T・J・スタイルズの伝記『The First Tycoon』(2009年)が引く取締役会の記録に、この条件が残る。彼は就任前から同社の株を買っていた。給与は断っても、株主への利益の分配である配当は受け取る。スタイルズは、彼が経営者としての報酬を持ち株への配当で得ていたと説明している。
問題は、配当を期待するには、ひどく評判の悪い会社だったことだ。
同書が引く1863年の『ニューヨーク・ヘラルド』は、今後10年、配当が出ると信じる者はいないと書いた。前年の営業で残した稼ぎは、借金の利払いにほぼ消える額だった。株主が手を伸ばす前に、金を貸した側が持っていく。ヴァンダービルトが受け取ろうとしていた金は、そこから先に残るものだった。
証券業者たちは、彼が投資のためにハーレム株を買っていると聞いて笑ったという。株価の動きに賭けるならともかく、この会社を持ち続けようとするのが、彼らにはおかしかった。鉄道史家ハーローも、業者が彼に株を売っていく様子を書いている。
見込みのない会社だと新聞が書き、その株を引き取る男がいる。売る側と買う側で、眺めているものが違った。ハーレム鉄道の路線は、ニューヨークの中心部へ入り込んでいた。当時、マンハッタンに入るもう1つの蒸気鉄道は、島の西側に寄っていた。ハーレムは街の中心へ客を運ぶ経路を持つ。この場所の強みを、ヴァンダービルトは重く見ていた。
線路を延ばす苦労と乗客の移動の手間を統合 ヴァンダービルトが評価したハーレム鉄道の真価
旅の終わりに、どこで降ろされるか。遠くから来た客には大事な問題だ。街までたどり着いても、目的地が離れていれば、別の足を探すことになる。鉄道会社が線路を延ばす苦労と、乗客が最後に移動する面倒は、切符を売るときには同じ商売の問題になる。
この鉄道は、ニューイングランドの工業地帯とニューヨークを結ぶ経路でもあった。海運で長く人と荷物を運んできた彼には、その商売が分かっていた。運営を改め、費用を抑えれば、ハーレムは稼げる。スタイルズは、彼がそう判断して買っていたと記す。
安い株を買い、値上がりを待つだけなら、買った後の仕事は経営陣に任せられる。自分で運営を直すつもりで買うなら、その経営陣まで替える必要が出てくる。いい経路を持っているのに金が残らないという不満を、彼は株主の愚痴で終わらせなかった。
社長就任の日、取締役会は、経営や資金の判断を進める少人数の委員会を設けた。顔ぶれは、ヴァンダービルトの補佐役や仲間たちだった。毎日の業務を副社長に任せる一方で、会社の大きな判断をする席には、自分の側の人間を置いた。