匿名アカウントで会社や取引先の悪口をツイートし炎上…なぜ社員は「懲戒処分」になってしまうのか
“炎上”の件数は年々増加しており、日常の中でそういったニュースに触れることも珍しくなくなった。そんな中にあって、働き方改革総合研究所株式会社代表取締役の新田龍氏は、「炎上は予防することができる」と断言する。すべての企業が実践すべき、炎上予防のための効果的なフローとは――。全3回中の3回目。
※本稿は新田龍著『炎上回避マニュアル』(徳間書店)から抜粋、編集したものです。
第1回:山本一郎が”炎上”の一般化に寄与…「朝日記者ブログへの批判殺到」現象を”野球用語”で表現し定着した
第2回:なぜ「ペヤング、ゴキブリ混入事件」は大炎上したのか…「ホビージャパン転売容認」「東証システム障害」とネット民の反応
SNSの炎上は「防げる」
ネット炎上対策を手掛ける「シエンプレ株式会社」が毎年発行している「デジタル・クライシス白書」の最新版である2022度版によると、2021年に発生した炎上事案は1766件であり、前年2020年(1415件)に比べて24.8%増加となっている。
この数字からも明らかなように、現代は「簡単に炎上しやすい時代」と言える。正当な批判のみならず、誤解や嫉妬、極端な正義感、単なる言いがかりなど、様々なきっかけで炎上は発生し、残念ながら完全に防ぐことは難しい。
ただし、炎上には「防げない炎上」がある一方で、「防げる炎上」もある。自社商品やサービスの明らかな欠陥、SNS外で発生した自社の不祥事、デマやフェイクニュース等を起因とした憶測や誤解にまつわるものは「防げない炎上」だが、それら以外のSNSにおける不謹慎な投稿によるものや誤爆、従業員の不適切な行動・言動にまつわる炎上は、予防次第で充分に「防げる炎上」といえよう。
究極的な予防方法は「組織もその従業員も、公私にわたってSNSを一切使用しない」ことであろうが、さすがに現実的ではない。また、規則でNG事項を多数設定してがんじがらめにした結果、SNS利用がまったく楽しいものではなくなってしまうのもまた本末転倒だ。
そうではなく、「組織としてソーシャルメディアをどのように活用していくのか」という姿勢を明確にしたうえで、「トラブルの予防策と、発生時の対応体制やフローを整え、SNSを正しく活用する」ことができれば理想であろう。
そのために必要なステップは、「組織と従業員がSNSを活用する際の姿勢や心構え、注意点等をまとめたソーシャルメディア利用ポリシー/ガイドラインを策定すること」「ガイドラインを具体的なルールに落とし込み、メンバー全員に啓発すること」「ガイドラインと組織ルールを連携させ、着実に運用すること」だ。順番にみていこう。
利用ポリシー・ガイドライン策定
まずは、業務利用/プライベート利用を問わず、組織と従業員がSNSを活用する際の姿勢や心構え、注意点、トラブル発生時の社内緊急連絡先や対応方法などをまとめた「ソーシャルメディア利用ポリシー/ガイドライン」を作成、共有するところから始めよう。
もしこれから新たに用意される場合、既にグローバル大企業等が自社で策定したものがネット上で自由に閲覧できたりするので、それらも参照しながら、各々が自社の事情に適合するように適宜調整のうえで作成すればよいだろう。
組織がソーシャルメディア利用ポリシー/ガイドラインを作成するそもそもの理由は、SNSに関連した「トラブルを防ぎ、組織の利益や信用を守ること」にある。SNSを活用するメリットは、既存顧客のみならず、広く社会全体との接点を増やすことができ、それに伴って認知も、またファンまでも増やすことができ得る点にある。
一方で、社会や不特定多数の人との接点が増え、親近感を抱かれれば抱かれるほど、トラブルや炎上のリスクも増加してしまうものだ。トラブルのリスクを最小限にするために、「やっていいこと/だめなこと」「トラブル発生時の対応方法とフロー」を明示した利用ポリシー/ガイドラインが必要なのである。
また、ポリシーが定まっていることで、「運用担当者(中の人)の属人化を防ぐ」「投稿の体裁や文体、口調などが一定のルールに沿うことで、投稿全体のクオリティを担保する」といった効果もある。
ルール化とメンバーへの啓発
ソーシャルメディア利用ポリシー/ガイドラインを策定したら、内容を書面化して全従業員に配布するとともに、就業規則などと同様、常に確認できる状態にしておこう。策定して終わりではなく、運用こそが重要なのだ。同時に、具体的なルールへと落とし込んでいく。
ルールというとどうしても堅苦しいもの、自由が束縛されるもの、といった印象を抱かれるかもしれないが、SNSを活用しつつリスクを回避するためにも、「何をどこまでやってよいのか」「ルールを破るとどうなるのか」について明文化しておくことが必要だ。
炎上に繫がる投稿をしてしまった人物は、当然ながら「これを投稿したら炎上するだろう」といった自覚がないままやってしまっている。だからこそルールを定め、「それはルール違反ですよ」「炎上リスクがありますよ」という目線合わせ、判断基準の統一をしておく必要があるのだ。
炎上が発生してしまう組織的要因として、「そもそもルールが存在しない」「ルールが周知されておらず、ルールを知らない」「ルールの存在は知っているが、読んでも理解できない」「ルールは知っているが、納得できない」「ルールを守らなくても咎められない」「ルール違反しても罰則がないか軽微で、違反の抑止力になっていない」といったケースが存在し得る。
したがって、まずはメンバー全員が理解し実践できるレベル感でルールを策定し、周知・啓発しなければならない。
周知・啓発の方法としてもっとも確実なのは、組織のメンバー全員に対して教育研修を実施することだ。ありきたりと思われるかもしれないが、実は研修こそ、職場でのルール周知と啓発にもっとも効果が大きい手段なのだ。
炎上は無自覚のうちに発生するからこそ、研修を通して投稿ガイドラインにおける判断基準の目線合わせをおこなうことで、人それぞれで異なる判断基準を統一することに繫がる。
自組織には統一ルールがあり、そのルールは全員に詳しく説明されており、ルールを破った 場合は厳しい指導や処分を受けることになる、という前提が全員で共有できて初めて、組織におけるSNS利用ガイドラインが機能し始めるといってよいだろう。
ガイドラインと組織ルールの連携運用
ソーシャルメディア利用ポリシー/ガイドラインを策定したならば、合わせて就業規則にルールとして盛り込むとともに、この機に懲戒規定を見直すのがよいだろう。その際は労働組合や労働者の代表などの意見を聴いたうえで進めることも必要だ。
では具体的に、どんな内容の投稿をすると懲戒になるのか、また匿名投稿の場合はどうか、といった話になるのだが、この回答は「当該企業が、どのような懲戒規定を設けているか次第」となる。
「上司への悪口や会社への批判的な投稿は懲戒処分にする」と規定し、そのとおりに運用すれば懲戒になるし、規定を設けなかったり、規定にあったとしても会社が積極的に処分しなければ懲戒にならない、ということだ。
一般的に、単なるグチや、個人や会社が具体的に特定できない程度のものであれば懲戒に至らないことが多い。一方で顧客の個人情報を漏洩させたり、第三者の名誉を毀損する内容であったり、会社の信用が低下して金銭的な損害を被ることになる場合は、当該社員は損害賠償責任や、場合によっては刑事責任を負うことになり、当然ながら懲戒処分対象となるだろう。
投稿によって名誉毀損や情報漏洩など実害が発生している場合は、当然ながら投稿者の身元は調査・特定されることになるので、匿名アカウントであっても懲戒処分は避けられないことになる。
批判内容が事実だとしても、それによって会社が被害を受ける場合は、名誉毀損が成立してしまう。不正を明らかにしたいのであれば、SNSへグチるのではなく、公益通報すべきであろう。
懲戒解雇の適用基準は厳しく判断されるが、それ以外の訓戒、譴責、減給、出勤停止、停職、降格などにはある程度会社の裁量権が認められている。懲戒対象となるような問題行動を繰り返す社員であれば、段階的に懲戒のレベルを上げていけばよい。
従業員個人の発言や投稿を起因とした炎上の場合、原因は発信者個人の「社会常識欠如」「自己顕示欲」「承認欲求」「歪んだ正義感」等であるケースも多い。「発言は所属組織とは無関係」と但し書きがあっても同一視されるリスクを鑑み、ネット外の普段の行動も含め重々留意を求め、改善されないのであれば躊躇なく処分を下し、粛々と記録を重ねていくべきである。
また、あえて懲戒処分にこだわる必要もない。本当に社外にも迷惑をかけ、会社に損害を与えるような問題行動があったのであれば、当該社員に対して法的措置をとればよいのだ。民事上の不法行為に基づく損害賠償請求や、名誉毀損罪などで刑事告訴することも検討すべきである。
そもそも、組織が人事権を行使するにあたっては、公正さと慎重さが不可欠である。とくに懲戒処分を下すとなると、従業員の生活にも多大な影響を及ぼす可能性があるため、一方的におこなってしまうと却って「不当労働行為」だとして、従業員側から損害賠償を請求されるリスクもあるのだ。
企業側は、問題となっている事象の重大性や頻度などを考慮したうえで、下すべき処分を慎重に選択しなければならない。そのためにも就業規則はきっちり整えておき、従業員には説明を尽くし、問題行動に対しては例外なく処分を下して記録を着実につけておこう。ルールも制度も、「着実な運用」こそがトラブルの抑止力となるのだ。