鈴木宗男が「男子学生の嫁候補」として期待した防大女子から今、初の将官が生まれようとしている
防大に女子の入校が認められた裏側には、政治的な思惑が存在した。同じような背景から、職域開放も進んでいる。では、どのように女子の活用が進み、今後彼女たちはどうなっていくのか。台湾海峡の緊張感も高まる中、「防大女子」が前線に立つことはあるのか。知られざる「防大女子」の真実を描いた全4回の4回目。
※本稿は、松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集・加筆したものです。
第1回『虐待から逃げ出したい…半数が金銭理由で進学する「防大女子」の3割が辞めるワケ』
第2回『度を越えたセクハラに「この組織はおかしい」…防衛大女子のリストカット事情と毎年のように出る自殺者』
第3回『「袋かぶせたらヤレる」「胸を触られた」「点検と称しそのまま」…自衛隊がジェンダー問題をひたすら放置し続ける理由』
防大女子は男子学生の「嫁候補」?
防大は長らく、男子だけの学び舎だった。女子一期生が入校したのは1992年。男子の入校から実に39年の時が経っていた。
国会で初めての女子学生をめぐる議論が確認されるのは1979年3月の参院予算委員会だ。各省庁に対して女性への門戸開放を確認する流れの中で、山下元利防衛庁長官(当時)は「防大は戦闘部隊の上級指揮官、幕僚としての能力とかを訓練するわけで、訓練内容、環境等から見て従来は婦人に適さない」と答弁。その上で「前向きに検討していきたい」と述べている。
このような政府の見解は脈々と引き継がれた。また、門戸開放を求める側としても、女性の能力そのものに期待したものでは決してなかった。国会では以下のような意見が飛び出している。
「先頭に立って兵隊を指揮するだけが将校の任務ではない。(女子にとって)厳しいからということについては、各国がどのようにこれを聞くかということになると疑問に思う(1985年6月、参院外務委員会にて黒柳明氏)」
「国立の大学あるいは官界というものは民間に与える影響というものが大変に大きい。しかも、男女平等という観点については、官の方が先にイニシアチブを取って民に影響を及ぼしていくという要素がある。したがって、防衛大学も女性が志望してくることは数としてはごくまれであろうが、開放を検討していただきたい(同上、抜山映子氏)」
「男の立場からして、女子学生が入ってきたら自衛隊を見る目が変わってくるし、また防大に行ってしっかり国の安全を守ろう、そうすればいい嫁さんももらえるかもしれぬとか、いい方向に考えていった方がいい(1990年5月、衆院内閣委員会にて鈴木宗男氏)」
つまり、女子の入校は男女平等の流れ、国際情勢を踏まえての要請であり、挙げ句の果てに女子学生は「男子学生のお嫁さん候補」とまで見られていたのだ。
そして1985年、政府が女性差別撤廃条約を批准し、当時の総理府に立ち上げられた「婦人問題企画推進本部」が国家公務員の女子受験制限解消を求めたことにより、防大への女子の入校が避けられない流れとなっていった。
防衛庁の中にも、自衛隊の精強さの低下への懸念や学生舎の整備が必要なことなどから、難色を示す声が多く上がっていたという。1990年に防衛庁参事会が防大に発出した通達には、やむにやまれず女子の入校を認めた経緯が窺える。
「防大出身者が全て戦闘職種に就いているわけではない」
「適正規模であれば女性自衛官の活躍を期待できる職域に配置し、自衛隊の精強性を維持することは可能」
「女子への門戸開放の積極的推進という政府の基本方針に則れば、教育投資効率上ある程度のロスは受認すべき問題」
当時、すでに自衛隊に女性が進出しており、優秀な女性幹部が必要だったという背景もあるが、ここでもやはり「戦闘部隊の指揮官」としての女性は想定しておらず、女子学生の存在は「効率的ではない」と考えられていた。
そして1991年、「女性のあらゆる分野への参加が促進されつつあるという社会一般の動向」「婦人自衛官の職域の拡大」「諸外国の士官学校の受け入れの状況」「防大の訓練内容」「自衛隊の精強性の維持が可能」「優秀な人材の確保」といった観点から、女子の入校が正式決定した。
「女が増えすぎても自衛隊にマイナス」
当初、決してその能力が期待されていたわけではなかった女子学生だが、2020年には河野太郎防衛相(当時)をして、次のように言わしめている。
「自衛隊の職務の中で女性にできないものはないと言ってよろしいかと思っておりますし、昨日行きました防衛大学、学生隊長は女性学生でございましたので、女性がしっかりと自衛隊の一員として活躍してくれるというところが人的基盤を厚くする、そういうことにつながっていくと思っております」
いまや自衛隊の中で、「女性自衛官は優秀だ」と高く評価する声も多い。まもなく防大女子初の将官も誕生する見込みだ。取材の中でも、「女性は必要ない」という意見は出てこなかった。圧倒的に多かったのが「災害派遣のときに女性は必要」というものだが、次のような時代に即した意見もあった。
「自衛官の任務は『国防』であり、この世の中に多様な性が存在する以上、国民を守る立場である自衛官も女性は必要不可欠だと考える。女性やLGBTQ当事者のことを理解できない人が、国民を守ることはできないと思う」
「海上(航空)では性差はほとんど関係ない。諸外国に対抗するためにも女性は必要だということを上層部は意識している」
ただし、特に陸上自衛隊では「女性は必要だが、戦うという点においては必要ない」という意見が多数を占めた。退職者からならいざ知らず、現職の自衛官からこのような意見が寄せられたことに私は少なからず驚いた。
「私は女はいらないと思っている。入れるんだったらもっと人数を増やさないと、いつまでも特別扱いになっちゃう。災害派遣や後方支援では女子がいた方がいいと思うが、戦うことを考えると結局男性社会だから、男だけの方がうまくいくと思う。どう頑張ったって男と同じだけの力仕事はできない」
「表立っては言えないが、人事組織として考えたときに女が増えすぎても困るというのはある。女が増えるとどうしても弱くなる。訓練をしてても、力のない女をかばうのは、強靭性を考えたときにはマイナス」
「私の感覚では、陸上の女性自衛官は、男性自衛官のおかげで働けている。特定分野では女性も男性と対等にできることもあるかと思うけど、戦闘時、女性は男性に勝てるのか。身体能力が違うのは、体力検定の基準を見ても明らかだが、仕事は男女別の基準なんてない。よって、女性は男性を立てるべきであり、力が必要なときは頼っていくことが必要」
「女性を戦闘任務に」は男女平等の結果か?
これまで後方職種での活躍が目立った女性自衛官だが、近年では女性への職種開放も大きく進んでいる。潜水艦や戦闘機パイロット、陸自の落下傘部隊である空挺団など、これまで女性の参画が極めて難しいとされてきた職種にどんどん女性が就いている。
職種開放を進めるにあたっては、好ましい反応を示すばかり現場ばかりではなかったようだが、「もっと女性を活用したい」という防衛省の熱意が実を結んだ形だ。
ただし、取材の中からは、「全職種の開放には反対」という声も複数あった。
「差別と正しい性差は分けるべき。間口は広いに越したことはないけど、男女平等を推し進め、もしあらかじめ定員を設けられるようなことがあれば、希望しないで厳しい部隊に配置された人への影響の方が大きい」
「性差が顕著に出る職種がある。あえてそこに女性を置く必要はない」
どこまでが「区別」で、どこからが「差別」なのか。人によって体力も捉え方も異なる以上、この問題に明確な答えを出すのは極めて難しい。ただ防衛省は女性の割合を現在の約7.9%(1万8000人)から2030年度までには12%以上とすることを目標としており、これからますますどの職種においても女性が増えていくのは間違いない。
防大への入校や職域開放の経緯を見ても分かる通り、女性自衛官自身が前線に立ちたいか立ちたくないかを訴えたところで決まるわけではない。結局のところは国内外の社会の状況や人々のジェンダー意識、政治的な思惑に大きく左右される。
アメリカではすでに女性兵士の地上戦闘への参加が認められており、いまのウクライナを見ても、多数の女性兵士が前線に立っている。女性自衛官が前線に立って戦う未来も、そう遠くはないのかもしれない。
松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)