なぜJTCでは公立進学校出身者の方が中高一貫校出身者より予後がいいのか。その必然的構造を受験評論家が暴く…意外と知られていない高学歴にとって最大のキャリアリスクの正体

日本の伝統的大企業は「JTC」と略称されることが増えてきた。そうしたJTCにおいては、当然名門校出身者が多くなる。とはいえ、名門校出身者がJTCの業務・労働環境に適しているかどうかは別の話だという。受験評論家のじゅそうけん氏は「公立進学校出身者は中高一貫校出身者よりJTC勤務に向いている」と持論を展開するーー。
みんかぶプレミアム連載「コスパと予後から考える学歴論」
公立進学校出身者は日本の伝統的大企業(JTC)と相性がよいのではないか
日本の就職活動において、今もなお最終学歴は強力な力を持つ。
東大、京大、一橋、旧帝大、早慶といった大学名は、学生に多くの選択肢を与える。
しかし、同じ大学を卒業し、同じ会社へ入った者であっても、その後のキャリアが同じように進むとは限らない。
入社数年後、一方は上司や同僚から安定した評価を得て、目立った失敗をせずに昇進候補へ入っていく。他方は高い能力を持ちながら、組織の不合理さに耐えられず、早期離職や転職を繰り返す。
両者の違いを大学名だけで説明することは難しい。
そこで注目したいのが、大学以前にどのような学校で過ごしたか、という点である。とりわけ公立中学から公立進学校へ進んだ者と、難関中高一貫校で六年間を過ごした者とでは、組織への適応方法に違いが生まれやすい。
もちろん、すべての公立進学校出身者が会社員に向いており、すべての中高一貫校出身者が組織不適合になるという話ではない。学校名から個人の性格を断定することもできない。しかし、両者が思春期に経験してきた評価制度には明確な差がある。そして、その差が、いわゆるJTC-伝統的な日本の大企業への適性として表れることがあるのだ。
公立進学校に入るための素養は、JTCで生き残るための能力と相通じる
これまでも方々で散々語られてきたところと重なるが、公立進学校出身者の強さは、単純な学力の高さではない。
彼らの多くは、高校受験という競争を、学力だけでは完結しない環境で勝ち抜いてきたということだ。
公立高校の入試では、地域や選抜方式による違いはあるものの、中学校での評定(内申点)が選抜材料になる場合がある。評定を安定させるためには、定期テストで点を取るだけでなく、授業への参加、提出物、実技教科を含む日々の学習にも気を配る必要がある。
つまり公立進学校へ進む優等生は、早い段階から「自分の得意科目だけで勝てばいいわけではない」。
数学で満点を取る一方、提出物を一切出さない生徒より、主要教科も実技教科も崩さず、教師との関係も悪化させない生徒の方が、総合的には有利になりやすい。
この構造はJTCの評価制度とよく似ている。
大企業では、個人の売上や専門能力だけで人事評価が決まるわけではない。上司への報告、関係部署との調整、会議の準備、後輩の指導、社内ルールの遵守といった、数値化しにくい仕事が評価を左右する。尖った成果を一度出すこと以上に、大きな失点を長期間にわたって避けることが重要になる。
公立進学校出身者は、この「総合点で評価されるゲーム」を中学生の頃から経験している。
納得できない校則があっても、正面から対立するより、守っているように見せながら自分の自由を確保する。
苦手な教師が相手でも、必要なコミュニケーションは取る。
文化祭や部活動では、自分とまったく異なる学力や家庭環境の同級生とも協働する。
本人たちは特別な処世術だと思っていない。しかし、その何気ない行動様式こそ、配属先や上司を選べないJTCで生き残るための基礎能力なのである。