ロシアへの経済制裁がうまくいかなかった理由…「年金は日本以上」プーチンが作り上げた盤石な経済

 ウクライナ侵攻をめぐって、西側諸国が厳しい制裁を続けている。一方、ロシアはいまもなお世界での影響力を保持しており、ロシア国民のプーチン大統領への支持率も高い。経営コンサルタントの大村大次郎さんは、「ロシアはGDPでは計れない国の地力の強さを持っている」と話す。大村さんが読み解く、ロシアが力を持ち続ける理由とは――。全4回中の4回目。 

※本稿は大村大次郎著『お金で読み解く地政学』(彩図社)から抜粋・編集したものです。 

第1回:サムスンはどうやって日本企業から技術を盗み取ったのか…土日にソウルで開かれた謎の「講義」
第2回:このままでは破綻してしまう!「史上最悪の借金国」になってしまったアメリカの危険すぎる末路
第3回:スリランカが陥った中国の罠…債務返済不能の港をチャイナが租借 習近平が進める静かなる侵略

ロシアを支える莫大な天然資源

 2022年2月24日、ロシアが隣国ウクライナへの侵攻を開始しました。ウクライナ侵攻が始まると、NATOなどの欧米諸国は、ロシアに厳しい経済制裁を科しました。ロシアからの石油、天然ガスなどの輸入を縮小し、ロシアに進出している企業などが相次いで営業停止や撤退を決定しました。また、ロシアの中央銀行や高官などがアメリカやその同盟国に置いている資産を凍結しました。 

 ロシアは、6000億ドルほどの外貨を持っていたのですが、この資産凍結のためにその半分以上が使えなくなったとみられています。これらの経済制裁により、ロシア経済はすぐに崩壊するのではないかと予測する専門家なども多数いました。 

 が、案に相違し、ロシア経済は、持ちこたえています。経済制裁が発動された当初、ロシアの通貨であるルーブルは大幅に下落しました。それまで1ドル=80ルーブルほどの相場だったのですが、経済制裁発動後の3月7日には1ドル=150ルーブルにまで価値を下げたのです。ルーブルの価値は約半分になったわけです。が、ルーブルの為替相場はすぐに持ち直し、4月の半ばにはほぼ制裁前の水準に戻りました。 

 ロシアが持ちこたえられた理由は、ロシア経済が意外に盤石だからです。ロシアは莫大な天然資源があり、広大な農地もあります。それは国内の需要を満たすだけではなく、世界中に輸出され、世界経済の一翼を担っています。もし経済制裁を受けても、最悪自給自足ができる国なのです。 

 またロシアは、現在の石油市場で大きな影響力を持っています。現在、世界の石油市場に大きな影響力を持つ組織として「OPECプラス」というものがあります。このOPECプラスの主要メンバーは、サウジアラビアとロシアです。というより、OPECプラスは、サウジアラビアとロシアの結託によってつくられたものです。当然、両国がOPECプラスを主導しています。 

 「OPECプラス」というのは、OPECと非OPECの主要産油国で形成されるいわば「産油国クラブ」のようなものです。が、このOPECプラスにはもう一つの意味合いがあります。それは、「アメリカへの対抗」ということです。OPECプラスは、世界の主要産油国の集まりなのですが、世界最大の産油国であるアメリカは加盟していないのです。 

 自国で石油が産出されるアメリカ以外の国が輸入している石油のほとんどは、OPECプラスによるものです。つまり、世界の石油市場の大半は、OPECプラスが握っているのです。実際に日本も、石油の90%程度をOPECプラスの国から輸入しています。だから石油の輸入に関する限り、アメリカ以外の国は、OPECプラスには逆らえないのです。 

 石油や天然ガスなどのエネルギー市場というのは、基本的に売り手市場です。西側諸国がロシアからのエネルギー購入を抑えても、他の国が買ってくれるのです。たとえば2022年6月のロシアの石油輸出量は、フランス、ドイツなどの西側諸国との間では大きく減っています。しかし、フランスの調査会社ケプラーによると、中国は1.5倍、インドは26倍、トルコは2.7倍となっています。 

 つまり西側諸国がロシアからの石油輸入を規制しても、その分を中国、インド、トルコなどが買っているので、ロシアのダメージはほとんどない、ということなのです。現在、ロシアは国際的に制裁を受けている立場であり、中国、インドなども表向きはロシアからの輸入は増やしていないことになっているのですが、タンカーの行動を秘匿するなどして、秘密裏に輸入を増やしているのです。 

 今後、国民生活のレベルが上がってくれば、エネルギー消費はもっと増えてきます。中国、インドに限らず、ほとんどの国や地域では、先進国よりもエネルギー消費が少ないのですが、国民生活が向上すればエネルギー消費が増えます。 

 つまり、エネルギーというのは、これから「いくらあっても足りない」という状況なのであり、資源の獲得競争はこれからもっと厳しくなるということなのです。そんな中で石油や天然ガスを握っているロシアは、かなり経済的に強い立場だと言えます。 

ロシア国民はプーチンを支持する 

 ロシアは、毎年9月に、国内で大規模な軍事演習をしています。この軍事演習は、西部、南部、中央、東部の四つの地域に分けられ、それぞれの地域が持ち回りとなっています。そのうち、最も重要なのがクリミア半島などが属する南部です。この南部での軍事演習は「カフカス」と呼ばれ、直近では2020年に行われました。この軍事演習は「カフカス2020」と呼ばれています。 

 この「カフカス2020」は、これまでのカフカスと大きく違う点がありました。それは、これまではロシアが単独で行なっていたのに対し、「カフカス2020」では、諸外国が多数参加していたということです。アルメニア、ベラルーシ、中国、パキスタン、イラン、ミャンマーが部隊を派遣し参加しているのです。これに加えて、インドネシア、スリランカなどがオブザーバーを派遣しています。 

 中でも、中国とイランの参加は、注目に値します。イランという国はアメリカと敵対関係にあります。イランとロシアは、アメリカを中心とする西側諸国から厳しい経済制裁を受けており、いわば西側から阻害された国同士で結びついているのです。 

 ロシアは、イランと仲の悪いサウジアラビアとの関係も良好です。中国との関係も良好であり、中国と微妙な関係であるインドとも良好です。ロシアは、けっこういろんな国とうまくやっているのです。 

 それでも、プーチン大統領が政権の座から遠ざかれば、ロシアはもっと民主的な手続きを重視するようになるのでは、という意見もあるでしょう。が、現在のロシア国民の多くがプーチン大統領を支持しているのは、明白な事実です。 

 もちろん、それには理由があります。プーチン大統領の就任以来、資源輸出が牽引してロシア経済は急成長し、国民生活は劇的に向上したのです。 

 ソ連崩壊直後のロシア経済は惨憺(さんたん)たるものでした。1993年には、一日あたりの所得が4ドル以下の人たちが、6600万人に達していました。6600万人というのは、当時のロシアの人口の44%です。つまり、国民の半分近くが貧困層になってしまったのです。この当時、ロシアの自殺率も非常に高いものでした。10万人あたりの自殺件数は、90年代には50人近くになることもありました。 

 しかしプーチン大統領が政権を担うようになった2000年代には、貧困層も急激に少なくなり、人口の10%程度になりました。年金生活者の生活も改善されました。2007年以降から年金の額は大幅に引き上げられ、2010年以降の平均年金支給額は最低生活維持費用の1.5倍以上になっているのです。 

 日本の厚生年金の平均受給額は、生活保護水準をギリギリ超える程度であり、国民年金の場合は、生活保護水準を下回るので、日本よりも充実していると言えます。また一時期は10万人あたり50人近くになっていた自殺率も、20人以下にまで抑え込んでいます。 

プーチン大統領の時代にロシア経済が成長したのは、偶然ではありません。ソ連時代から資源開発は行なわれていましたが、プーチン大統領はエネルギー関連企業を国有化し、国際市場における活動を強力に後押ししたのです。 

「ロシアは孤立してない」という事実 

 プーチン大統領が国民の支持を得た大きな理由の一つが、脱税の摘発でした。ソ連が崩壊し、ロシア連邦が誕生した当時、ロシア国民の多くが苦境にあえぐ中で、富を激増させている人たちがいました。そして、少数の大企業経営者が、ロシアの富の多くを独占することになったのです。 

 彼らは「オリガルヒ」と呼ばれました。2000年代初頭、当時ロシアの最大の資産家と言われたオリガルヒのボリス・ベレゾフスキーは、「ロシアの富の40%は7人のオリガルヒが握っている」と述べました。 

 これらのオリガルヒを徹底的に叩いたのが、プーチン大統領だったのです。プーチン大統領は、脱税や横領などの容疑で彼らの主だった者を逮捕しました。たとえばソ連石油共同体を110億ドルも安く買い叩いたミハイル・ホドルコフスキーも、横領と脱税の容疑で、2003年に逮捕されました。 

 彼が運営する世界最大級の石油会社だったユコスはロシアの国税当局から約300億ドルの追徴税を課せられた上、ホドルコフスキーは禁固9年の実刑判決を受けました(のち8年に減刑)。ユコスは、この追徴税負担に耐えられずに破産させられ、国営企業に買収されました。 

 日本は、アメリカを中心とする西ヨーロッパ同盟群の中にいます。だから、どうしても西側の尺度で、世界を見がちになります。そして、西側の尺度でロシアやプーチン大統領を見たとき、ロシアは世界中の嫌われ者のような印象を持ちます。 

 しかしそういう先入観をなくし、経済的な視点でロシアを見てみると、決して世界で孤立しているわけではないことがわかります。むしろ世界のいろんな国とつながりを持ち、世界経済の大きな部分を握っているのです。我々はそのことを冷静に直視する必要があると思われます。

大村大次郎著『お金で読み解く地政学』(彩図社)
この記事の著者
大村大次郎

経営コンサルタント。1960年生まれ、大阪府出身。元国税調査官として10年間国税庁に勤務した後、経営コンサルタントに。現在はビジネス・税金関係の執筆も行なっている。フジテレビドラマ「マルサ!!」監修。著書に『脱税のススメ』シリーズ、『教養として知っておきたい33の経済理論』(彩図社)、『お金の流れでわかる世界の歴史』(KADOKAWA)等多数。

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