恐怖に怯える金正恩…ウクライナ侵攻を事前察知し、プーチン”全乗り”を決めた北朝鮮の行動と深い後悔

 ロシアによるウクライナ侵攻は、北朝鮮にも大きな影響を及ぼしている。早稲田大学名誉教授でジャーナリストの重村智計氏は、「北朝鮮は、ロシアのウクライナ戦争敗北確定後に恐怖心から戦争に向かう可能性がある」と話す。北朝鮮がウクライナ侵攻から得た “教訓” とは――。全4回中の1回目。 

※本稿は重村智計著『半島動乱 北朝鮮が仕掛ける12の有事シナリオ』(ビジネス社)から抜粋・編集したものです。 

第2回:“大きな北朝鮮”となったロシアを、中国はこれから背負えるのか…”悪の枢軸”と言われた三国の厳しい未来
第3回:北朝鮮が狙うのは日本の米軍基地、自衛隊基地、首相官邸、防衛省…日本が危ない! 恐怖の12の有事シナリオ
第4回:軟弱化したプーチン「中国助けて!」 習近平「知りません」2大独裁者の”終わりの始まり”

北朝鮮のミサイル打ち上げはロシアの支援のため 

 北朝鮮が2022年1月初めからミサイルを次々撃ち上げたのは、実はロシアのウクライナ侵攻が関係している。北朝鮮は、プーチンのウクライナ侵攻を2021年末の段階で知っていたため、ロシアへの側面支援のつもりで、年明けからミサイルを次々、撃ち上げたのだ。 

 短距離ミサイルから、大陸間弾道ミサイル(ICBM)級までを次々に発射。3月末までに前の年の発射数を上回り、10月までに過去最高の約50発に達した。 

 当初の北朝鮮の目論見はこういうことだ。北朝鮮がミサイルを連続して打ち上げれば、米国や国際社会の目が北朝鮮に集まる。そうすれば、ロシアはウクライナ侵攻に取り組みやすくなる。また、米国は、ロシアと北朝鮮を相手にする二正面外交に時間を費やされるだろう、と勝手に考えたのだ。 

 さらに北朝鮮は、当初プーチンの戦争が短期間で終わり、ロシアが勝利すると判断していた。そのため、側面支援することで勝ち馬に乗り、プーチンに貸しを作る作戦だった。 

 より現実的な理由としては、北朝鮮が核実験をした場合、国連で提案されるであろう北朝鮮制裁決議の採択時に、ロシアに拒否権を発動してもらいたいとの思いもあった。そうすれば、なお核実験を継続できると考えたのだ。  

 プーチンが勝利すれば、ロシアからの食糧支援や石油密輸も可能になる。中国に頼らざるをえなかった事情が変わるだけでなく、ロシアとの関係をさらに緊密にすることで、中国を牽制できる。中国の言うことに従わなくても、生きていける――、そう期待したのだ。 

 北朝鮮は22年7月13日に、ロシアが占領したウクライナの「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認した。ロシアは侵攻前の2022年2月21日に、両共和国を「独立国家」として承認しており、北朝鮮は実に約5カ月遅れで「国家承認」を行ったことになる。北朝鮮としても様子見が必要で、「国家承認」にかなり及び腰だった事情が読み取れる。 

 ウクライナのクレバ外相も「ロシアが北朝鮮に求めたもので、平壌の悪質性よりもロシアの方が上だ」と述べたが、その一方で、ウクライナはこの承認を「ウクライナの主権と領土一体性を損なうものである」と非難し、北朝鮮との「外交関係の断絶」を表明した。 

 これまで北朝鮮とウクライナの間には、切っても切れない関係があった。それは旧ソ連の技術者を多く抱えるウクライナから、北朝鮮がミサイルや核の専門家をリクルートしていたというものである。 

 北朝鮮としてはウクライナとの関係は事実上の「生命線」でもあったが、背に腹は代えられずロシアの側に立ったことで、ウクライナと断交するに至った。北朝鮮のミサイルや核技術の向上は、今後、かなり難しくなる。 

 ロシアと近いと見られがちな中国は、今なおウクライナ領土の「2国」の独立を承認していない。独立を承認することによって、中国内のチベットや新疆ウイグル自治区の独立に影響を及ぼすことを心配しているからだ。   

 北朝鮮も、中国の事情を理解しているから独立承認を延ばしていたが、いよいよロシアの圧力に屈したのだろう。北朝鮮がロシアと中国の間で、バランスを取らざるを得ない「振り子外交」で相変わらず苦心している様子がうかがえる。 

「戦争を仕掛ければたちまちやられる」北朝鮮の自覚 

 北朝鮮は、ウクライナ侵攻から多くを学んでいるが、それは「特別軍事作戦」名目で侵略行為を行うというロシアの行為だけにとどまらない。 

 一つは、武器や装備の質である。ウクライナ戦争では、戦車や航空機などのロシアの通常兵器が、アメリカから支援を受けウクライナに供給された最新兵器に、次々に破壊された。これを見た北朝鮮の指導者と軍首脳は、恐怖を覚えた。北朝鮮の戦車や砲、銃火器は、ロシアよりも何世代も古いものばかりだからだ。 

 北朝鮮空軍の戦闘機も、古い世代のもので、韓国軍や米軍にはとても太刀打ちできない。北朝鮮海軍に至っては、戦闘能力がほぼないに等しい。つまり、戦争になれば制空権はたちまち支配され、海軍艦艇は撃沈される。地上戦はなんとか耐えても、これでは時間の問題だ。北朝鮮は、韓国、あるいは米韓連合軍との間で通常戦争になれば、たちまちやられると自覚した。 

 さらに決定的なのは、石油不足だ。北朝鮮軍には、数カ月の戦争に耐えるだけの石油がない。米軍は北朝鮮の軍用石油の備蓄を約300万トンと計算しているが、これでも多めに推計した量だ。 

 2017年の第6回目の核実験ののち、北朝鮮は石油の輸入量を年間60万トンに制限された。自衛隊ですら年間150万トンの石油を使っているとなれば、半分以下の量で戦争を起こし、継続することが不可能であることが分かるだろう。 

 北朝鮮の首脳部は「この事実を米軍と韓国軍に知られれば、戦争を挑発してくる。どうせやられるなら、先制攻撃すべきだ」と考えかねない。だからこそ、米軍と韓国軍は、北朝鮮が自暴自棄になって戦争を始めるのを極度に警戒しているのだ。 

 そのため、在韓米軍司令官は常に「北朝鮮の軍事力は優秀だ、韓国軍は太刀打ちできない」と発言することにしているという。北朝鮮を追い詰めることで暴発を招かないよう、気を使っているのだ。 

北朝鮮は死んでも核を手放さない 

 もう一つ、北朝鮮がウクライナ戦争から得た教訓がある。それは、「ウクライナは核を持たなかったから、ロシアに攻撃された」というものだ。北朝鮮とすれば、自分たちの核戦略は正しかったと、評価しているに違いない。 

 ウクライナは核を放棄したために、核を持つロシアに侵略された。しかしそれを止めるために、アメリカが核をロシアに使うことはない。となれば、北朝鮮は「核を持っている限り、アメリカに直接攻撃されることはない」と考える。 

 そのため、北朝鮮は「死んでも核を手放さない」という従来の核政策の正しさを確認したことだろう。それが分かるのが、北朝鮮が9月に発表した「核弾頭500発保有宣言」と「核使用行程文書」である。 

 北朝鮮は2022年9月8日に最高人民会議(国会)を開催し、「核兵器使用法」を採択した。この法律は、核兵器使用の原則を定めたもので、初めて公にされた。この法律に関連して、金正恩は演説で「制裁解除のための非核化交渉はしない」と述べ、「絶対に核兵器を放棄しない」と明言した。 

 金正恩はこれまで、習近平と「朝鮮半島の非核化」を、何度も確認してきた。それゆえに今回の「核放棄はしない」との宣言は、この合意に違反する政策変更で中国は反発するだろう。この法律は、いわばロシアと中国への事実上の「核自立宣言」である。 

 さらにこれは、中露と米英仏の大国が合意した「核拡散防止条約(NPT)」体制の崩壊につながる。中露が、国連安保理で北朝鮮の核実験非難に拒否権を発動すれば、NPT体制は崩壊する。中露が北朝鮮を抑えられなければ、核開発がアジアと世界に広がる。当然ながら、朝鮮半島での非核化が不可能になり、核戦争の危機も高まる。 

 北朝鮮が発表した「核兵器使用法」によると、韓国や米国との武力衝突でも、核兵器を使用できるようになる。核兵器が使用される条件は次のようなものだ。 

  1. 核兵器使用の全ての決定権は金正恩にあり、国家武力機構が補佐。
  2. 国家指導部が攻撃された場合に使用。
  3. 重要戦略対象が攻撃された場合に使用。
  4. 国家存立の危機を招く場合に使用。
  5. 核攻撃が強行されるか、差し迫った場合に使用。

 この中で、最も注目されるのは 2. の「国家指導部が攻撃された場合」の表現だ。これは、金正恩総書記への暗殺・テロ行為を含むもので、北朝鮮が米国の「金正恩暗殺(斬首作戦)」を相当に警戒している事実を物語る。具体的には、米軍が中東で展開したドローンを使った指導者暗殺だ。 

 国家指導部への攻撃、つまり金正恩暗殺を防ぐために、「もし攻撃されたことが分かれば核を使う」と宣言したことになる。北朝鮮が核を放棄しないのなら、米国と韓国はどうすべきか。 

 トランプ前米大統領なら「北朝鮮の核施設を、爆撃する」と言っただろうが、そんな危険は冒せない。現実的な選択肢は次の六つだ。

  1. 外交と話し合いを続け、核を使わせないようにする。
  2. 北朝鮮崩壊戦略を推進する。北朝鮮船舶の各国の港への入港禁止措置をとる。公海上で、北朝鮮に向かう船舶の臨検を行う。
  3. 北朝鮮の核施設に、限定的なピン・ポイント攻撃を行う。
  4. 北朝鮮への石油の全面禁輸を実施する。
  5. 北朝鮮国民の各国への入国禁止。
  6. 日朝、米朝国交正常化を推進する。

 この中で一番効果的なのは、石油の全面禁輸だ。だが、制裁には必ず抜け穴がある。中露が原油の密輸を行うだろうから、完全実施は難しい。核施設の攻撃などの軍事行動は、実行できない。それならば、逆に米朝国交正常化や日朝国交正常化の交渉を始め、交渉の中で日本人拉致問題や核放棄、非核化問題を話し合うか。

 いずれの選択肢も帯に短し、たすきに長し、だ。だからこそ、北朝鮮の非核化が進まない状況が続いてきている。そのうえ、ウクライナ侵攻を見て自国の核政策の正しさを痛感したであろう北朝鮮は、ますます核を手放さない。 

重村智計著『半島動乱 北朝鮮が仕掛ける12の有事シナリオ』(ビジネス社)

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この記事の著者
重村智計

1945年生まれ。早稲田大学卒、シェル石油勤務を経て、年毎日新聞記者、ソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を歴任。この間、韓国高麗大学、米スタンフォード大学客員研究員。拓殖大学教授、早稲田大学教授を経て、現在早稲田大学名誉教授、東京通信大学名誉教授。韓国同徳女子大学客員教授、日本財団特別顧問、里見奨学会理事、毎日新聞客員編集委員、ニュース時事能力検定協会理事。朝鮮報道と研究の第一人者で、北朝鮮評価・韓国否定だった日本の朝鮮半島報道を変えた。1994年に「北朝鮮は戦争できない」との論文を発表し、衝撃を与えた。著書は『外交敗北』(講談社)、『日朝韓「虚言と幻想の帝国」の開放』(秀和システム)「絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニブックス)など20冊を超える。

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