“大きな北朝鮮”となったロシアを、中国はこれから背負えるのか…”悪の枢軸”と言われた三国の厳しい未来

 密接な関係性があると目されがちな中国・北朝鮮・ロシア。しかし、早稲田大学名誉教授でジャーナリストの重村智計氏は、「それぞれ信頼し合っているわけではないドライな関係」と断定する。日本人が読み間違えている三国の本当の関係と北朝鮮の “本音” を探る――。全4回中の2回目。 

※本稿は重村智計著『半島動乱 北朝鮮が仕掛ける12の有事シナリオ』(ビジネス社)から抜粋・編集したものです。 

第1回:恐怖に怯える金正恩…ウクライナ侵攻を事前察知し、プーチン”全乗り”を決めた北朝鮮の行動と深い後悔
第3回:北朝鮮が狙うのは日本の米軍基地、自衛隊基地、首相官邸、防衛省…日本が危ない! 恐怖の12の有事シナリオ
第4回:軟弱化したプーチン「中国助けて!」 習近平「知りません」2大独裁者の”終わりの始まり”

だまし、だまされてきた中朝露の歪んだ関係

「北朝鮮がロシアに接近、ウクライナで利害一致」 

 2022年8月29日にこう報じたのは、ウォール・ストリート・ジャーナルだ。記事では、北朝鮮がウクライナ東部のロシア支配地域であるドネツク州とルガンスク州に労働者を派遣することで、外貨獲得を狙っていると指摘。 

 さらには、北朝鮮が極超音速ミサイルなどの新型兵器を追い求める一方で、ロシアのプーチン大統領は同盟国に高度な武器や軍装備品を提供すると約束している、という。 

 ロシアは食糧の国境を越える取引や支援を増やせるうえ、国連安全保障理事会の常任理事国という立場を生かし、北朝鮮への制裁強化を阻止できることをちらつかせ、「ロシアから離れるな」と牽制しているという。 

 こうした報道に接すると、中朝ロの結束は固く、日本や米国にとっての「悪の枢軸」とみなされがちだが、実はこの三国は同盟関係というわけではない。それぞれの国益、思惑からつかず離れずの関係を保っているだけであり、北朝鮮にしてもロシアや中国を信頼しているわけではない。「血の盟友」などという言葉が使われることもあるが、社交辞令に過ぎない。 

 例えば、中国はロシアのウクライナ侵攻開始後から積極的なロシア支持を表明していない。ロシアの原油を安価で購入し続けており、国連の経済制裁には反対したものの、ロシアへの非難決議には反対ではなく採択を「欠席」するにとどまった。軍需品の売買や経済協力などの積極的な協力も取っていない。中国の対ロ姿勢は、「血の盟友」が実にドライな関係である実態をよく物語っている。 

 ドライなのは、中朝関係、朝ロ関係も同様だ。北朝鮮はこれまで中国やロシアに何度となく裏切られてきた経験がある。北朝鮮は1972年のニクソン訪中を全く知らされておらず、ロシアもソ連時代に、北朝鮮と交わしていた「韓国とは国交正常化しない」という約束を破っている。 

 当時のソ連外相のシェワルナゼが平壌へ飛び、前年に約束していた「韓国とは国交正常化しない」という約束を反故にする、と通告しに行ったのは、1990年9月2日のことだった。北朝鮮の金永南外相は「うそつきだ」とシェワルナゼ外相を罵(ののし)り、「ソ連がその気なら、我々は新しい兵器を開発する」と核開発を宣言したのである。 

 このころ北朝鮮はすでに核開発に着手していたが、公式に発言したのはこれが初めてだった。今ではアメリカに対抗するカードになっている北朝鮮の核開発も、元をたどればソ連との外交失敗のなせる業だった、と言える。 

 しかしこうした屈辱的な扱いを受けながらも、北朝鮮は中ロという大国の意向を無視できず、二国の間を振り子のように揺れながら生存を図ってきた。そしてロシアの衰退がほぼ見えてきた現在、北朝鮮が頼みにできるのは中国だけである。 

中朝が抱くお互いへの不信感

 北朝鮮が中国の意向を考慮せざるを得ない最大の理由は、経済力の差だ。中国の国内総生産(GDP)はおよそ1800兆円で、北朝鮮のGDPはわずか約4兆円に過ぎない。実に450倍もの差があるうえ、格差はどんどん拡大して縮まることはない。「いまの経済力では、いずれ中国に飲み込まれるかもしれない」。これが、北朝鮮が中国に抱く不安である。 

 ちなみに、韓国は約200兆円。国内には苛烈な貧富の格差はあるが、経済成長は続けており、中国にとっては、経済的には北朝鮮よりも韓国の方が魅力ある隣国だ。 

 中国には「北朝鮮疲れ」を起こしている実態もある。中国とすれば国際的非難があっても北朝鮮に援助物資や石油を供給しているのに、相手は感謝しないどころか、「もっと多く支援する約束のはずだ」と食ってかかる。 

 そのうえ「核実験をするな」と言えば、「中国は実験しているのに、なぜ北朝鮮がしてはいけないのか」と反論してくるので、常日頃から不満を持っている。「北朝鮮の屁理屈には付き合いきれない」との思いも強い。 

 中国は、自らが改革開放を進めた時代に、北朝鮮にも同様の政策を取るよう求めたが、北朝鮮は受け入れなかった。北朝鮮は改革開放策を進めたら体制が崩壊すると考えたからで、中国は「金一族の体制は必ず守るから、心配しなくていい」とまで言ったが、それでも北朝鮮は信用しなかった。むしろ「中国は、金一族体制を新しい体制に変えようとしているのではないか」と不信感を抱いた。 

 北朝鮮が強調する「主体思想」は、元々は中国から「自立」し、「中国に隷属しない」という思想だ。中国に対する朝鮮人の心情を、よく表している。韓国人と朝鮮人が「主体」と「自主」「自立」の言葉を好むのは、朝鮮半島の民族にとって、大国・中国からの自立と自主、主体が悲願だからだ。 

 金日成主席がこの思想を考えた裏には、「朝鮮半島には中国と通じ国を売る人物が必ずいるので、それを阻止するために『主体思想』を強調した」という背景がある。 

 ところが、現在では主体思想の内容が変質し、国家の「頭脳」である金正恩の命令に、手足である労働党員や人民は命を捧げ従うことで永遠の生命を得る、とする独裁体制と全体主義を支える論理になってしまった。 

 しかし中国に対する不信感は変わらない。中国は大国風を吹かせ、朝鮮人を馬鹿にする。中国人からすれば、朝鮮人は小国のくせに態度がでかい、可愛くない存在だ。そのため、相互不信の根は深い。それでも、ともに相手の存在を必要としているから付き合わざるを得ない。中朝、さらには大陸と半島は、日本人の理解を超える複雑な関係にある。 

北朝鮮・ロシアが中国の “お荷物” になる 

 中国の思惑としては、北朝鮮というお荷物を抱えるのはまっぴらごめんで、今後、衰退したロシアも支援しなければならないとなれば、とんだ負担増となる。日経新聞は2022年8月6日付の朝刊で、ウクライナ戦争後の中露関係を解説したが、松田康博東大教授の「中国はロシアという大きな北朝鮮をどこまでも背負わざるを得ない」とのコメントは、正しい見方だろう。 

 また、ロシアのウクライナ侵略が中国にとってはプラスではないように、北朝鮮の暴発や、それを理由にした米韓、さらには日本まで加わった三国の軍事における連携緊密化も、中国としては望ましくない。 

 北朝鮮は「北主導の南北統一」を今も掲げるが、中国にとってはこれも鬼門だ。中国とロシアは、北朝鮮が自分から戦争したら決して支援しない、と通告している。 

 中国の外交関係者が明らかにした、こんな話がある。南ベトナムが崩壊し、ベトナムが統一された1975年に、金日成主席は中国を訪問した。歓迎の宴席で、中国首脳陣を前に次のように演説した。 

 「もし朝鮮半島で戦争が起きれば、失うものは軍事境界線、得るものは統一」 

 そして、この発言に驚愕(きょうがく)した中国は、北朝鮮に戦争を起こされては困る、と考え、次のように伝えたという。 

 「北朝鮮が攻撃された場合は支援するが、北朝鮮が戦争を始めた場合は、支援しない」 

 「ベトナムのように統一のための戦争をしても、中国は支援しない」との通告は、北朝鮮からすれば、中国の裏切りだ。ベトナムの統一はよくて、朝鮮半島の統一はダメだというのは、話にならないと金日成は不満だった。 

 当時、北朝鮮の軍首脳は「今なら軍事侵攻すれば、統一できます」と、進言していた。ベトナムで敗北した米国民は、朝鮮半島での戦争を支持しない、と判断したのだ。 

 だが、中国は北朝鮮が先に手を出した場合、支援しないと言い切った。要するに、朝鮮戦争時のように、中国が武器と石油を無制限に供給することはない、というわけだ。 

 中国と北朝鮮は、1961年に中朝友好協力相互援助条約を結んでいる。第2条では「いずれか一方の締約国が、いずれかの国又は同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥ったときは他方の締約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」との規定があり、これは一般に「自動参戦条項」と言われている。 

 だがあくまでも「他国から攻撃を受けた場合」に限られており、「自ら攻撃に出た」場合は自動参戦の要件を満たさない。1975年のやり取りは、これを改めて確認するものだったと言える。この約束もまた、今なお生きていると考えるべきだろう。中国からの支援が得られないとなれば、北朝鮮は自ら戦争を仕掛けることはできない。

重村智計著『半島動乱 北朝鮮が仕掛ける12の有事シナリオ』(ビジネス社)

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この記事の著者
重村智計

1945年生まれ。早稲田大学卒、シェル石油勤務を経て、年毎日新聞記者、ソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を歴任。この間、韓国高麗大学、米スタンフォード大学客員研究員。拓殖大学教授、早稲田大学教授を経て、現在早稲田大学名誉教授、東京通信大学名誉教授。韓国同徳女子大学客員教授、日本財団特別顧問、里見奨学会理事、毎日新聞客員編集委員、ニュース時事能力検定協会理事。朝鮮報道と研究の第一人者で、北朝鮮評価・韓国否定だった日本の朝鮮半島報道を変えた。1994年に「北朝鮮は戦争できない」との論文を発表し、衝撃を与えた。著書は『外交敗北』(講談社)、『日朝韓「虚言と幻想の帝国」の開放』(秀和システム)「絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニブックス)など20冊を超える。

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