自民党が選挙で圧勝するのに「#安倍晋三を監獄へ」「#検察庁法改正案に抗議します」がなぜトレンド入りするのか
かつては特権的な地位を保持していた新聞やテレビだが、インターネットの興隆によりその座を奪われつつある。しかし、ネット上には真偽不確かな情報が入り乱れており、誤った思考が固定化される恐れもある。情報を見極めるために必要な力を養う方法を、作家の門田隆将さんと名物テレビプロデューサーの結城豊弘さんが語る。全4回中の2回目。
※本稿は門田隆将、結城豊弘著『 “安倍後” を襲う日本という病 マスコミと警察の劣化、極まれり!』の一部を抜粋・再編集したものです。
第1回:安倍政権を評価する:71%…退任まで「あり得ない」人気を誇った安倍晋三が、なぜ死ななくてはいけなかったのか
第3回:誰も責任をとらなくなったテレビ局に骨のある報道などできるはずがない
第4回:なぜ地上波で視聴率最下位のテレ東が、BSだとトップなのか…「BtoB番組」という活路
メディアを凌駕するツイッターの影響力
門田 メディアがどう頑張っても、かつてのパワーを取り戻すのは難しいという実態がありますよね。インターネットが出てきたことで、マスコミが担ってきた実名報道や、調査報道の一端を、ネットが代わりにやってしまう場合があるからです。
私が問題だと思うのは、ネットの出現がマスコミ、特にテレビ局の地盤沈下の第一の理由なのに、テレビ局の人間たちがそれをわかっていないところです。総合誌や書籍はまだそこまでではないけれど、速報性が大事なテレビや新聞、週刊誌は、だからこそ速さではネットには勝てない。ともすれば「もうあんたらなんて要らないよ」という時代が、とっくに現実のものとなっています。
結城 全くその通りです。その変化に気づくのが遅すぎた面はあります。
門田 取材を受ける側にしてみれば、メディアを介することで自分の意見を記者に捻じ曲げられたり、不本意な編集をされたりする可能性が常に付きまといます。しかし自分で発信するとなれば、こうした懸念もなくなります。専門家だけでなく、一般の市民もSNSでいくらでも情報発信できるようになりました。いわば、1億人がそれぞれ情報発信のツールを持つ時代です。
例えば、ロシアのウクライナ侵攻が始まったまさにその日に、私がこの事態を受けて、ツイッターで「憲法改正私案」についてつぶやいたら、あまりにも拡散されて「憲法」がトレンド入りしたんですよ。結果、418万インプレッションに達しました。その日に、共産党の志位和夫が「憲法九条がロシアにあれば、ウクライナ侵攻を止められた」なんてつぶやいたものだから、余計に拡散されたんですが。
400万インプレッションを超えてくると、雑誌や書籍、いろいろなところで記事を書くよりも、ひとつのつぶやきの方が、読者に直接、しかも、けた違いの人間に届いていることになる。スピードも速く、反応も目に見えるからいいですよね。
結城 テレビなら不意に、嫌いな論客が映ることもあるけれど、ツイッターなら嫌いな人はブロックしておけばいい。うまく使えば、確かに良質な情報を効率よく得ることができますから、便利なことは間違いありません。
共産党の躍進を支えたSNS戦略
門田 ただし、ネットにはいろんな記事が溢れていて、何も考えずに中国やロシアの言い分を肯定的に引用してしまったり、あるいは医療系の記事でいい加減なことを書いて実害を引き起こしたり、ワクチンに関しても不確かな情報が社会を混乱させる一端を担ってしまったりしています。
結城 日本にも特定勢力のSNS上の情報工作なんてあるんですか。
門田 SNSに目をつけて、政治の道具にしようとしたのは、日本では共産党、つまり左翼が先ですよ。2013年5月に、日本共産党中央委員会から32万人の党員に対して「ツイッターやフェイスブックなどSNSを始めろ」という指令が出されています。これを「選挙」と「世論形成」に生かそうというものです。
すると、党員はみんなまじめだから、結構熱心にやったわけです。共産党の指令から3カ月後の2013年7月21日の参議院選挙で、共産党は改選前の3議席から8議席と議席数を伸ばしたんです。得票も前回の約356万票から約515万票と、実に150万票以上、増やしました。そして翌月の初めに党大会で志位和夫委員長が「SNSで大躍進を遂げ、重要性を理解した。これからもこの路線を続ける」と宣言したんです。
当然、共産党は今もSNSに力を入れています。『しんぶん赤旗』のサイトでは、2022年7月に行われた参院選に際しても、〈青年・学生支部と民青班は、この間の組織的前進を生かして大学門前宣伝などの街頭宣伝に打って出ること、SNSでの発信を特別に重視し、日本共産党が未来ある青年の期待を集めている姿を広範な有権者に示していきましょう〉とSNSの利用を推し進めるよう指示しています。
これでピンとくるでしょう。どうしてツイッターで「#安倍晋三を監獄へ」とか「#検察庁法改正案に抗議します」といったハッシュタグ付きのツイートがトレンドに上がってくるのか。共産党がこうしたツイートの発信元で、左翼勢力がこれに乗っかってどんどん拡散するから、あっという間にトレンド入りする。知ってか知らずか、こうしたハッシュタグを使って政治的な意見を表明したタレントが、『しんぶん赤旗』に登場したりする。そして実際に、政治を動かしてしまうことだってあるんです。
事実、「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグがトレンド入りした2020年、政府・与党は検察庁法の改正を実現できませんでした。『赤旗』は、〈検察庁法案見送り 国民が声上げれば政治は動く〉〈インターネットなどで急速に広がった反対の世論と運動、野党の共闘と論戦による画期的な成果です。「国民が声を上げれば政治は動く」。このことを劇的な形で示しました〉と戦果を誇っていましたね。
情報の受け手に必要な努力とは
結城 そういう実態があるとして、極端な話をするとですよ、最初に選んだアカウントやサイトが、特定の政治思想を持ったアカウントや、情報工作用アカウント、あるいは陰謀論者だったらもう終わりですよ。そこから芋づる式に、「陰謀論者」や特定の政治思想のネットワークにからめとられてしまうのではないですか。
門田 だからいろいろな人をフォローしないと。私は信頼できる何人かの発信者を探すことを勧めています。確かな情報を明らかにして発信する人たちです。櫻井よしこさんでも、私でも、ずっとウオッチしていれば、それがわかってきますよね。ああ、この人は信頼できるという人を何人かつくっておくんです。そのなかで「全員が誤りを発信する」という確率はものすごく小さいですからね。
「他では扱っていない情報」「メディアには絶対出ない事実」といった煽り文句をする人の情報は、信じないほうがいいと思います。
結城 でも僕の周りの人たちと話をしていても、今では新聞を複数読んでいる人はそうはいないし、基本的に自分の意見と違うものを読みたがらない。ネットならなおのこと、自分にとって嫌な意見や異なる意見は、読みたくないし聞きたくない。最初から無かったことにして、自分にとって気持ちのいい環境にしようとするんじゃないでしょうか。
門田 自分と違う意見は「ノイズ」になってしまいますからね。心理学的にも、人間には「正常性バイアス」が働きますから、自分とは違う意見や、自分の認識を覆すような情報に触れたときに「まさか」「あり得ない」と言って判断材料から外してしまう傾向がある。そして、自分と同じことを言っている人、自分の意見を肯定してくれる人を探して、その人の意見ばかり聞くようになる。
結城 フィルターバブルと言われるものですね。同質性の高い情報に包まれて、別の視点、別の意見が入ってこなくなる。むしろ排除しようとさえする。ネットではこういう状態が作られやすい、といいます。
異なる意見は、「こんなひどいことを言っている奴がいる」という、自分に近い意見の人による「さらし上げ」で目にする。「これは批判すべき意見だぞ」と同意見の人に明示されているから、ただそれに従って自分も「ひどい、間違っている」と同調し批判していれば、物事がわかったような気になってしまう。
門田 ネットでは確かにフォローしておけば自動的に情報が入ってきますが、「誰をフォローするか」は、自分で決めているはずです。その意味で、情報を受け取る側にも相応の努力がいるんですよ。
結城 確かにそうです。「誰か」が発信してくれる情報を鵜呑みにしているだけではいけないでしょう。それはネットでもテレビでも、新聞でも雑誌でも同じです。相対する立場の両方を見れば、どちらを正しいと思うにしても、比較対象がいる。
時には、それまで自分が正しいと思っていた側の「論の粗さ」も相手の論を知ることでよりよくわかる。それを見る目を養わなければなりません。なぜなら、両論を観ることができてこそ、民主主義であり言論の自由、表現の自由がある、と言えるからです。
【門田隆将】
作家、ジャーナリスト。中央大学法学部卒業後、新潮社入社。『週刊新潮』編集部記者、デスク、次長、副部長を経て2008年独立。『なぜ君は絶望と闘えたのか─本村洋の3300日』(新潮文庫)、『疫病2020』(産経新聞出版)など著書多数。
【結城豊弘】
フリープロデューサー。駒澤大学法学部卒。読売テレビにアナウンサーとして入社。1995年、アナウンサーから東京制作部に異動し『ザ・ワイド』の担当となる。その後、『ウェークアップ! ぷらす』、『情報ライブ ミヤネ屋』、『そこまで言って委員会NP』を歴任。2022年4月に独立。