日本人が知るべき「地経学」とは……いま私たちは戦争の真っただ中にいる
政治的な目的の達成のため、経済が「武器」として使われる時代がやってきている。この現象を紐解き、現代の国家関係を構成する仕組みを考えるのが「地経学」だ。地経学の第一人者で、東京大学大学院教授/地経学研究所長の鈴木一人氏が、いま日本人が知るべき「地経学」を解説する。
みんかぶプレミアム連載「鈴木一人 地政学×経済安全保障=地経学」
目次
地経学とは何か
「地経学」とは、地政学と経済安全保障を掛け合わせた学問です。もう少し丁寧に説明しましょう。これまで国際秩序を考える上では、その国の地理的な位置によって行動や関係性が決まってくるとする「地政学」が重視されてきました。
しかし現在、政治的目的を達成するために「経済」を手段として用いるケースが国際社会で目立つようになってきました。「軍事的なパワー」を「経済的なパワー」に置き換え、その力が国際社会をどのように形作っているのかを考えるのが地経学です。
世界を見渡してみると、中国は2010年にレアアースの輸出停止を行い、日本は大きな痛手を被りました。また25年のトランプ関税はみなさんの記憶に新しいと思います。
なぜ地経学が近年注目されるようになってきたかと言えば、このように世界中で「経済を武器化する」、つまり自国経済の優位性を武器に、他国へ圧力をかける現象が目立つようになってきたからです。
第二次世界大戦後、世界中の国々は原則として、国家が過度な介入や干渉を行わない「自由貿易」を是としてきました。その原則に従えば、当然、経済を武器化することはあってはなりません。
しかし現実には、それをしている国がたくさん存在する。そのような国に「自由貿易のルールに従いなさい」と指摘することは重要ですが、言ったところで経済を武器化することを止めるわけではない。だから各国が、その対処を考えなければならなくなってきたのです。
いま世界中が戦時の状態にある
アメリカでは「アメリカファースト」を掲げるトランプ政権が誕生し、中国では習近平体制が強化されているほか、ヨーロッパでも右派ポピュリズムが躍動しています。
そんな中で、世界全体として「自国の立場をよりよくするためであれば、他国の経済を犠牲にしても構わない」といった発想が強まってきていると言えます。
ここで注意が必要なのは、民主的な国家だからといって必ずしも自由貿易を推進するとは限らないことです。自由貿易と対になるのが、関税を高く設定するなどして外国の製品やサービスが入りづらくする「保護貿易」ですが、民主的な手法で選ばれて保護主義を取るといったケースは珍しくありません。
いま、世界各国が自分たちの持てる力を使って戦っています。いわば、「武器を使わない戦争」がすでに起こっているのです。日本もすでに戦時にいると認識すべきだと、私は思います。
しかも、経済安全保障で前線に立たされるのは、自衛隊ではなく企業です。何なら、経済が武器として使われる場合、企業が最初に攻撃されます。ここでは、企業に勤める人こそが兵隊です。だからこそいま生じている一番の問題は、いま自分が戦場にいると自覚していない人が多すぎること。知らないまま、いつの間にか最前線に立っている……これはかなり怖いことです。
企業の中でも、自分たちが扱っているものが一部であっても海外から輸入している場合、特にそれが中国である場合には、もう最前線にいると言っていいでしょう。
地経学はリスク管理でもある
もちろん企業の立場に立つと、「自律性を高めるために、安い中国産のものを買うな」となれば、経済合理性に反する話です。経済安保に取り組んでも一銭の得にもならないどころか、売上が下がる方向に寄与してしまう可能性があります。リスクを取ってでも、「ここで勝負しなくては勝てないんだ」とあえて中国製品を選ぶケースもあるでしょう。
一方で、たとえばレアアースが入ってこなくなれば、最初に困るのは国ではなく企業です。「安いから」といって買い続けていてもいいかというと、それはそれで大きなリスクを背負うことになります。
つまり企業にとって、経済安全保障の問題はリスク管理の問題というわけです。「自由貿易なんだから、輸出が止まることが起こるわけがないだろう」と思い込んでいたとすれば、本当に輸出が止まった起こったとき、そのタイミングで慌て始めても、もう遅いのです。
企業はこの先、リスク認識を高めて、リスクを低減するために何をすべきかということを考える必要があるでしょう。
なお、リスクを考えるのは経営の仕事です。現場の社員は、とにかく安いものを買って高く売るのが仕事なので、遠いリスクよりも目の前の利益に目線が行くのは普通のこと。経済安全保障の話は自然発生的に出てくるものではないと思います。
ですから、経営側が腹決めして、リスク認識の共有や社内教育を行っていく必要があります。BCP(事業継続計画)を考える際、経済安全保障を盛り込んでいくべきでしょう。