元ドイツ証券副会長が解き明かすトランプ関税の真の狙い…関税を巡る「インフレ懸念」は大げさである理由

経済や投資に関する多数の著書を持ち、みんかぶマガジンでもご執筆いただいている株式会社武者リサーチ代表で元ドイツ証券副会長の武者陵司氏。これまで日経平均株価の推移などを見事に言い当ててきた武者氏の発言に注目する個人投資家は少なくない。
そんな武者氏に、アメリカのトランプ政権の政策や日本経済の展望、さらには今後の日経平均株価の行方などについて幅広く話を伺った。短期連載全3回の第1回。
目次
トランプ政権の関税政策の真の狙いとは
——トランプさんに対しては「暴君」のようなイメージがありますが、武者さんは改革者と見ているようですね。その点についてお聞かせください。
端的に言うと、アメリカの資本主義は色々な意味で大きな困難にぶつかっています。この資本主義を持続性のあるものに変えるために必要なことをやっているのがトランプ政権だと考えています。
しかし、そういう大局的な観点がないと、彼がやっていることは行き当たりばったりの、非常に乱暴な、これまでのビジネスや政策の連続性を断つやり方に見えると。それでまたトランプの個人的な欲望だとか、個人的な名誉だとかということのためにやっているというようにみんなが言うわけですが、これは非常に大きな間違いを世界の世論が犯そうとしていると思います。
そのような世論の通りになって株が大暴落するのか、それともその世論が大間違いで、実はトランプの「アメリカのゴールデンエイジを作るんだ」という発言が当たって株価が上がるのか。ここは勝負だと思うんですけど、私は世の中のトランプ批判論というのは大間違いで、大きくその見解を是正されざるを得ない局面が早晩やってくる可能性が高いんじゃないかと思っています。
アメリカの資本主義が終わる可能性が強い最大の理由は、中国がフランケンシュタインのように肥大化していることです。これを放置しておけばアメリカの覇権は終わります。
例えば、世界の鉄鋼生産の5割は中国で、世界の造船の7割も中国です。戦車や軍艦、ミサイルも中国のほうが製造する力が強い。潜在的な工業力も含めた軍事力という点では、中国がアメリカを凌駕しているのです。
もちろん最先端のハイテクや金融の世界、宇宙分野ではまだアメリカが優位ですが、経済力全体では中国が圧倒的に優勢になっています。これを放置すればアメリカは終わります。そこでトランプは「どうすれば中国を止められるのか」と考え、関税政策を打ち出したのです。
——しかし、トランプ政権は中国だけでなく同盟国にも関税をかけていますよね。これはどう見ればいいのでしょうか?
最初の関税発表後、大きな混乱が生じましたが、トランプ政権の最終的な狙いが見えてきました。そもそもトランプの関税政策の狙いとしては、4つの可能性があると考えられていました。アメリカに製造業を取り戻すため、アメリカの貿易赤字を減らすため、税収の増加、そして通商交渉で相手に譲歩させるための手段、いわゆるふっかけです。
たとえば貿易赤字を減らすためという部分を見てみましょう。現在、アメリカの経常収支赤字は2018年の約4000億ドルから2024年には約1兆1300億ドルへとおよそ2.5倍に膨れ上がっています。特に貿易赤字が大幅に増え、所得収支も悪化しました。関税政策でこの状況を改善する狙いがあるのではないかということです。
ただ可能性として考えられた4つの目的のうち、最も大きな目的は4番目だったと思います。つまりバーゲニングパワーとしての関税だと。なぜこの4番目が大事かというと、結局これによって中国を抑えることにつながるからです。中国の製造業におけるプレゼンスを下げるには関税しかないのです。
これまでアメリカは中国を抑制しようとしてきたにもかかわらず、中国の貿易黒字は2018年の3500億ドルから昨年は9900億ドルと約3倍になりました。また、中国の最大の輸出先はアメリカではなくASEAN(16%)で、アメリカは10%に過ぎません。つまり、アメリカだけが輸入規制しても中国には効きません。そのため、メキシコやベトナムなどを通じた迂回輸出も止める必要があるのです。
関税を巡る「インフレ懸念」は大げさ、実際の影響は限定的
——関税政策によるインフレの懸念も語られていますが、その点はどうでしょうか?