「みんな投資をやっている」……こんな言葉になぜ私たちは不安になるのか?“焦らないための答え”とは

田内学
(c) AdobeStock

 日本では近年、投資に対する関心が高まっている。一方で、そんな世間に対し、「自分だけが取り残されているのではないか」と不安を抱いている人も少なくないのではないだろうか。そんな不安に対し、元ゴールドマン・サックス社員で作家の田内学氏が「焦りの渦に巻き込まれずにいられるための答えの一つ」を処方する。全3回中の1回目。

※本稿は田内学著『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)から抜粋、構成したものです。

第2回:その投資行動は投資?それともギャンブル?日本は“貧困から抜け出しにくい社会”になっている

第3回:「投資は労働よりも儲かる」という人が見落としている“大前提”とは?投資の前にすべき大切なこと

目次

不安は静かに積もっていく

「みんな、やっているよ」

 たったそれだけの言葉に、どうしてこんなにも心がざわつくのだろう。

 小学生の頃、みんなが夢中になっているゲームを、自分だけが持っていないと、急に居場所がなくなった気がした。

 あの感覚は、大人になった今も残っている。

 投資、副業、節約術、SNS、子どもの教育。いつの間にか、私たちは「自分も始めなければ」と、見えない何かに背中を押されている。特にお金に関わる話だと、その焦りは格別だ。

 電車の中吊り広告や雑誌の特集は、まるで示し合わせたようにお金を増やすことへの焦りを刺激する。

 子どもの頃と違うのは、仲間外れの不安だけでなく、「乗り遅れたらどうしよう」という焦燥感がつきまとうことだ。

──不安はいつも突然やってくる。

「何か良い教育があれば」と軽い気持ちで幼児教室の説明会に足を運んだことがある。会場はほぼ満席で、それだけで少し出遅れた気がした。

 講師が「早いご家庭は、もう小学校受験に向けて動いています」と話す。

 まだ実感のない言葉だったが、周りの親たちが真剣にメモを取る姿を見た瞬間、背筋がひんやりした。

「年中さんから始めるのが、間に合う最後のチャンスです」

 その一言で不安が焦りへと変わり、 気がつけば、体験入会の申込書にペンを走らせていた。

 似たような経験がある人は少なくないだろう。企業側は本当に心配してくれているのかもしれない。しかし、「乗り遅れたらどうしよう」という不安をくすぐられると、冷静な判断は難しい。私たちは、必要かどうかを吟味する前に、「周りが始めている」という空気に反応してしまう。

 そうやって、不安は静かに私たちの心の中に積もっていく。

焦りの渦に巻き込まれないためのひとつの答え

 最近、その気配を最も強く感じるのが投資だ。スマホを開けば、「みんながやっている投資信託ランキング」「始めないと手遅れになる」といった広告が次々と飛び込んでくる。

 気づけば、何かに急かされている。私たちは、社会に漂う空気に無意識に焦らされているのかもしれない。では、どうすれば、焦りを生む空気から抜け出せるのだろうか?

 焦りの背後には、「時代の変化」という見えない力が働いている。

 子どもも大人も、「みんなと同じ」だと安心する。「全米No1ヒット映画」「100万部突破ベストセラー」という宣伝に惹かれるのは、多くの人が選ぶものに自然と信頼を感じるからだ。これはマーケティングでよく知られるバンドワゴン効果という心理作用だ。だけど今、それだけでは人は動かない。そこで、新たな要素が加えられた。

 それが、「不安」だ。

 不安が増幅される仕組みは、悪意がなくても生まれてしまう。

 たとえば「40代から始めるスキンケア」という言葉は、裏を返せば「40代で始めないと手遅れになる」と告げている。時間のリミットがちらつくと、つい不安になる。やがてそれは、焦りに変わり、人は冷静さを失う。

 僕自身、金融の世界で何度もそれを経験した。ある日の国債入札。市場では「買いたがる銀行が多いらしい」という噂が飛び交い、様子を見るつもりが「今買わないと利益を逃す」と焦ってしまった。

 予定していた500億円では足りない気がして、購入額を2倍に増やしたところ、結果は裏目に出て、損をした。なんとも恥ずかしい話だが、プロでも焦りは判断を狂わせる。

 特に教育や美容・健康、投資のように「お金をかけたい」と感じやすく、「ためらうと手遅れになる」と思い込みやすい分野では、不安が高まる表現が増えていく(消費者庁が令和4年度に行った消費者意識基本調査でも、「今後(も)お金をかけたいと思っているもの」として、健康、医療、教育、美容などが上位に並んでいた。そして、投資もまた、6年前に比べて2倍以上の関心を集めている)。

 私たちは、「今すぐやらなければ出遅れる」という焦りをよぶ言葉を日々浴びているのだ。

 では、どうすればこの焦りの渦に巻き込まれずにいられるのか。

 答えの一つは、「自分だけのモノサシ」を持つことだ。簡単そうで、これが意外に難しい。

価値観を考えるための「ジュースの3択」

 中学校や高校でお金の授業をするとき、僕がよく使うクイズがある。教室のスクリーンにメロンジュースの写真とクイズを映し、「さて、3択クイズです」と言うと、生徒の目が輝く。

【 問題 】
 いつも1000円で売られているメロンジュースがあります。高くて買えなかったのですが、ある日のセールで500円になっていたので、買って飲みました。ところが次の日、そのジュースは300円に値下がりしていました。この買い物で、あなたは得をした?損をした?

A 500円得をした
B 損も得もしていない
C 200円損をした

「さあ、どれだと思いますか?」

 生徒に手を挙げてもらうと、毎回きれいに意見が分かれる。

 Aを選んだ生徒は、「1000円のものを500円で買えたから得した!」と自信満々だ。Bの生徒は冷静に「価値は500円だから損も得もしてない」と答える。Cの生徒は、悔しそうに「次の日には300円なんだから損した」とつぶやく。

 ここで僕は付け加える。

「実はもう一つ、選択肢があります。D『この中に正解はない』という選択肢です。他の答えを思いついた人はいませんか?」

 生徒たちは一様に首をかしげる。そこで、後ろで見学する先生や保護者にも問いかける。

「大人のみなさんも遠慮せずにどうぞ」

 しばらくの沈黙のあと、あるお母さんが手を挙げた。

「ジュースがまずければ、どんな値段でも損したって後悔しますよね」

 その一言に、生徒たちの表情が変わる。「確かに!」と納得する声があちこちで上がった。値段より味。お金の損得より自分の満足感。

 たった一杯のジュースが「価値とは何か」を考えるきっかけになった。

田内学著『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)

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この記事の著者
田内学

社会的金融教育家。お金の向こう研究所代表。2003年東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社。 日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。2019年に退職し、執筆・講演活動を通じ て「お金と社会の関係」を伝える活動を始める。主な著者に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)があるほか、『きみのお金は誰のため』(東洋経済 新報社)は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリを獲得した。

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