「投資は労働よりも儲かる」という人が見落としている“大前提”とは?投資の前にすべき大切なこと

田内学
(c) AdobeStock

 「投資で億万長者」――。そんな人たちの姿を見るたび、「投資は労働では稼げない額を稼ぐことができる」と羨ましくなる人も多いだろう。しかし、元ゴールドマン・サックス社員で作家の田内学氏は、「ここには話のすり替えがある」と話す。いま本当に高めるべき“価値”について、田内氏が解説する。全3回中の3回目。

※本稿は田内学著『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)から抜粋、構成したものです。

第1回:「みんな投資をやっている」……こんな言葉になぜ私たちは不安になるのか?“焦らないための答え”とは

第2回:その投資行動は健全な投資?それともギャンブル?日本は“貧困から抜け出しにくい社会”になっている

目次

投資は労働より儲かるのか?

「投資は労働より有利」

 こんな誘い文句をよく聞く。投資を勧める人は、その根拠として有名な経済学者の名前を頻繁に持ち出す。

 ピケティが18世紀までさかのぼってデータを分析したところ、「r>g」の不等式が成り立つ、つまり、運用によって得られる富の方が労働によって得られる富よりも成長が早いとの結論に至っています。

 こうした文章を読むと、つい「労働よりも投資をがんばった方が良い」と誤解してしまいそうになる。

 ピケティといえば、『21世紀の資本』で格差拡大の仕組みを解明した著名な経済学者だが、彼自身が、本当に「労働よりも投資をがんばった方が良い」と主張しているのだろうか?

 たしかに、彼は「r>g」という式を提示している。歴史的に見ると、投資の平均リターン(r)は約4〜5%だが、労働収入を左右する経済成長率(g)は1〜2%にとどまる。

 たとえば、年収300万円の人が1年がんばって給与が2%上がっても306万円。一方、資産1億円の富裕層は、何もしなくても年間400〜500万円の投資収入を得る。これでは、いくら働いても富裕層との差は縮まらない。

ピケティは「投資をがんばれ」とは言っていない

 しかし、ここには話のすり替えがある。富裕層が稼げたのは、労働より投資をがんばったからではなく、1億円の資産を最初から持っていたからだ。

 ピケティが伝えたかったのは、「最初から資産がある人がさらに豊かになる」社会構造に問題があるということであって、「資産のない人も、投資をがんばれ」という話ではない。

 もう一つ重要なのは、「努力が報われるかどうか」という視点だ。

 自分が汗水流して働いている横で、知り合いから「投資で100万円儲けた」と聞けば焦ってしまう。さらに「r>g」というもっともらしい説明を聞くと、「投資の勉強をがんばったほうがいいのでは?」と思ってしまう。

 投資は、プロでさえ成果を出すのは難しく、努力が報われる保証はない。投資に関する名著『ウォール街のランダム・ウォーカー』には、「プロが選んだ株も猿が選んだ株も成績はほぼ同じ」という逸話まである。実際、資産家の多くは投資をしているが、投資の勉強を特別がんばっているという話はあまり聞かない。

 一方、労働収入の平均の伸び率とされる1〜2%は低く感じるが、この数字は平均でしかない。重要なのは努力が報われるかどうかだ。

 知識やスキルを高め、資格を取得し、経験を積めば、労働収入を平均の伸び率以上に増やすことができる。努力が報われやすいのは、明らかに労働の方だ。

 だからこそ、「投資は労働より有利」という安易な言葉に惑わされてはいけない。有利なのは、資産がある人であって、投資という手段そのものではない。

 そして、努力が報われやすいという意味で有利なのは、投資よりも労働だ。特に若いうちの努力ほど、その効果は大きい。

 だから、「老後が不安で、一刻も早く投資を始めたいんです」という大学生にはこう伝えた。

「バイトや投資の勉強も意味があるけど、『働いて稼ぐ力』を育てる方が、長い目で見るとずっと効率的ですよ」と。

 もちろん、バイトでスキルが身につくならいいが、まずは自分自身の労働価値を高めることを優先した方がいい。投資はそのあとでも遅くないと思うのだ。

あなたの価値が高まっている

 とはいえ日本では、どの会社に就職するかが非常に重要だ。就職時には学生時代の努力が報われるかもしれないが、いざ就職すると「がんばっても給料がなかなか上がらない」という閉塞感が長らく漂っていた。

 しかし今、状況が変わりつつある。深刻な人手不足が、働き手の価値を急速に高め始めているのだ。

「初任給最大41万円、東京海上が大幅増」(朝日新聞、2025年1月11日付朝刊)

 平成時代には考えられなかった変化が起きている。2023年頃から人材不足が目立ち始め、初任給が軒並み上がっているのだ。2022年に20万5000円だった三井住友銀行の初任給は、2026年には30万円に引き上がる予定で、東京海上に至っては、初任給が40万円を超えることもあると報道された。

 これは一部の会社だけではない。産労総合研究所の調査によると、2024年入社組の初任給を引き上げた企業は75.6%にものぼり、若手の人材獲得競争は激しさを増している。

 住宅手当の増額、柔軟な働き方、特別手当、福利厚生の充実などにも力を入れる企業は多い。新卒だけでなく、既存社員への待遇改善も進み、人材の流出を防ぐ動きも目立つようになった。

 この流れはオフィスワーカーに限らない。ネット通販の急増により、物流業界では時給アップや労働環境の改善が進んでいる。介護や看護などのケア分野でも、政府による処遇改善加算や企業独自の手当増加が拡充されている。

 リクルートワークス研究所によれば、2040年には1100万人もの労働力が不足するという。現在の変化は序章にすぎず、今後さらに人材争奪戦は激化するだろう。

 長らく日本をおおってきた「がんばっても報われない」という閉塞感は崩れ始めている。ギャンブル的な投資で一攫千金を狙うより、「働いて稼ぐ力」を着実に育てるほうが、人生を現実的に好転させられる時代が来ている。

田内学著『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)

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この記事の著者
田内学

社会的金融教育家。お金の向こう研究所代表。2003年東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社。 日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。2019年に退職し、執筆・講演活動を通じ て「お金と社会の関係」を伝える活動を始める。主な著者に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)があるほか、『きみのお金は誰のため』(東洋経済 新報社)は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリを獲得した。

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