拘置所での数秒の沈黙、そして山上徹也が認めた「真意」 鈴木エイトが迫る、裁判でも明かされなかった“動機の核心”
連載「鈴木エイトが読む、日本社会の“静かな違和感”」。第5回は、検察側が論告で指摘した「襲撃対象選定の論理的飛躍」、そして一審の奈良地裁が判決で踏み込めなかった「生い立ちと意思決定の間の大きな空白」。事件の本質をめぐるこれらの未解明な領域に対し、まったく異なるアプローチから肉薄する。5回にわたる被告人質問の精査と、紆余曲折を経て実現した大阪拘置所での再面会。山上被告自身の言葉によって裏付けられた独自の仮説は、単なる傍聴記録を超え、事件の構造を捉え直すノンフィクションとして結実した。その取材プロセスと、事件の深層を解き明かす。
目次
“静かな違和感”から辿り着いた、安倍元首相銃撃事件の重大な事実
本連載のタイトルにある“静かな違和感”。この言葉通り、私が体感したかすかな違和感から、ある重大な事実に辿り着き、一冊の書籍として社会に問うこととなった。2026年5月27日、講談社から新刊『アンビバレント』が発刊される。副題には「山上徹也が私だけに明かした謎の核心」とあるように、安倍晋三元首相銃撃事件を起こした山上徹也被告がテーマのノンフィクションである。
私は昨年10月28日から12月18日に掛けて奈良地方裁判所で行われた彼の公判をほぼすべて傍聴取材し、1月21日の判決公判も法廷内で取材した。さらにメディア関係者としては唯一、判決公判前に山上被告と大阪拘置所で面会し、彼と1対1で話すことができた。
5回の被告人質問と面会時の発言から抽出した「引っ掛かり」
私の新刊は、事件と被告人の動機の本質に迫る内容となっている。
山上被告の法廷における全発言、特に5回にわたっておこなわれた被告人質問での供述に引っ掛かりを覚えた言葉がいくつかあったほか、拘置所で面会したときに彼が発した複数のワードが気になっていた。なかでも被告人質問で彼が発したある言葉に強烈な違和感を持った。
それらがひとつにつながったのは、判決公判後、奈良のホテルで各社の報道をチェックしていたときだった。頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。その時点で私が立てたある仮説は、この衝撃的な事件の様相を根本から覆すものだったからだ。
彼に確かめなければならない。幸い、判決公判の翌々日、大阪拘置所で面会の予定をしていた。そのとき、彼の弁護人から電話が掛かってきた。私が面会を予定していた日は、他の面会者と会うことになったため、私が拘置所を訪ねても会えないという山上被告からの伝言だった。そこで一旦帰京し、都内の基幹郵便局から拘置所の山上被告に宛てて速達郵便を出し、翌週の週明け月曜日に大阪拘置所を訪ねる旨を書いた。
山上被告と大阪拘置所で面会 本人が明かした「仮説の真意」
紆余曲折あったが、ようやく月曜に彼と大阪拘置所内で面会を果たし、被告人質問で彼が発した強烈な違和感を発していたある言葉とその言い回しについて、そこに隠されていた真の意味を問うた。
「被告人質問の徹也さんの発言のなかに、ずっと気になっていたものがあります」
法廷での被告人質問での供述のようにじっくり数秒間考えた末、彼が発した言葉。それは私の仮説を裏付けるものだった。
12月18日の弁論手続きにおける論告で検察官は、犯行動機についてこう断罪した。
「被害者を襲撃対象選定した理由については、社会的に著名な政治家である被害者を襲撃すれば統一教会にダメージを与えることができると考えた。被告人が供述したとおり、襲撃対象としては『本筋』ではなく、『本来の敵』ではないが社会的に極めて著名な被害者を襲撃の対象とすることを決意した。法廷で統一教会の幹部を襲撃したい理由については十分すぎるほどの説明をしたが、その対象が安倍氏に変わった理由は『頭の片隅にあった』などと述べるものの、最後まで納得のいく説明はなかった。ビデオメッセージを見て、統一教会が問題ない団体として認知されると考え安倍氏について『困惑、失望した』などと述べたが、すぐに犯行に及んだわけではなく代替として、突発的に襲撃対象に選んだ。安倍氏を選定した理由について、最後まで被告人から納得できる説明はなく、論理的に飛躍があると言わざるを得ない」
地裁判決が指摘した「生い立ち」と「犯行」の大きな飛躍
そして奈良地裁の裁判体も判決でこう指摘した。
「被害者の妻が現在も夫を亡くした大きな喪失感を抱えていることについて理解できる。被告人の家庭環境などの不遇な生い立ちが人格形成や思考傾向に一定の影響を与え、犯行の背景や遠因となったことは否定しない。兄の自死に大きな衝撃を受け、母のとらえ方を耳にし、複雑な感情が激しい怒りに転じたことも理解が不可能とはいえない。だが、殺人行為によって他者の生命を奪うことを決意し、手製銃等の製造を計画して実行する意思決定に至ったことには、大きな飛躍があり、生い立ちの影響を大きく認めることはできない」
私が掴んだ事件と動機の真相は、法廷で指摘されたこれらの「飛躍」を埋めるものに他ならず、今年中に開かれると見られている大阪高裁での控訴審での審理にも影響を与えるものだ。
カルト被害者としての山上徹也と「社会復帰」への道筋
高裁の弁護人は基本的には一審の弁護団が担当することとなった。私は彼の減軽のために言論活動を行っているわけではないが、宗教カルトの被害者でもある山上徹也被告は元首相銃撃事件では加害者ではあるものの、カルトの被害者、社会問題の被害者でもある。事件の構造をみると、社会問題の宿痾であるカルト教団の問題を背景にした事件によって首相経験者が殺害されたという事実は変わらない。であれば、同様の構造化における事件を起こさないために、、山上被告には有期刑を得た上で罪を償い社会復帰を果たしてほしいと思う。そして、彼のような存在を生まないために、彼にしかできない活動があると思っている。
そのため、有期刑を得るために、彼の弁護団に新刊を携えて話をしに行こうと思っている。現在進行形の裁判に直接影響を与えることとなるノンフィクションの作品。これは作家冥利に尽きることだ。
現時点の段階では発売前のため、新刊の内容、核となるものについて明かすことはできないが、ぜひ本を手に取り確認してもらいたい。本件は社会問題の放置の結果、生じた重大事件でもある。その過失を取り返すために社会は何ができるのか。まずは『アンビバレント』が現実社会に引き起こすハレーションを見ていきたい。
かすかな違和感から辿り着いた真実。それを現実の社会や裁判というものにどう生かしていけるのか、問われていると同時に大きな責任を感じている。