8000万円の湾岸タワマン、玄関を開けたらそこは「ヤマト運輸」だった…ベビーカーの横を10トントラックが走り抜けていく有明のリアルな日常
「住みたい街」と評される人気のエリアにも、掘り起こしてみれば暗い歴史が転がっているものだ。そんな、言わなくてもいいことをあえて言ってみるという性格の悪い連載「住みたい街の真実」。
書き手を務めるのは『これでいいのか地域批評シリーズ』(マイクロマガジン社)で人気を博すルポライターの昼間たかし氏。第17回は、みんな気になるけどなかなか実態が見えてこないタワマン密集エリア・有明を歩く。
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これが8000万円タワマンから見える光景だと…?
湾岸エリアのタワマンバブルの影響なのか、空き地があればボコボコとタワマンが建ちまくっている有明。2021年竣工の「ブリリアタワー有明ミッドクロス」は、1LDKでも8000万円台という超高額な物件。整備された公開空き地や、そこから望める1階部分のカフェなんかも極めてオシャレ。

でも、周囲を囲むのは24時間眠ることのないヤマト運輸有明営業所。いや、ここ、各営業所から荷物が運び込まれる拠点なので、宅配便の受付は24時間。きっと利便性は高いに違いない。
ともあれ、首都高湾岸線よりも都心側のエリアはすっかりマンションと倉庫等流通施設とが入り交じる奇妙なエリアとなっているのが、今の有明である。
有明のタワマンはいわば堅固な城である。芝浦アイランドにしろ、晴海フラッグにしろ、タワマンの建つエリアは、タワマンに最適化されて整備されている。つまり、エリア内なら異物は入り込まず、同程度の階層の人々しか存在しない幻想を抱かせてくれるもの。でも、有明だけは事情が違う。マンションから一歩外に出れば、疾走するのは荷物を満載したトラックや、なんかの作業に向かう自動車の群れ。

子供を連れてベビーカーを押していると、横を10トントラックが風圧とともに通過していく。歩道はある。あるのだが、その歩道のすぐ向こうに見えるのは、巨大な物流倉庫の搬入口だ。フォークリフトがパレットを運び、作業員が声を掛け合い、荷台のシャッターが轟音で開閉される。これが、1LDK8000万円のタワマンを出て最初に目にする光景である。
僕らはすし詰めのバスに揺られて
晴海フラッグなら、外に出ればTOKYOのモニュメントと公園の芝生が広がっている。芝浦アイランドなら、なぎさ通りのオシャレな並木道がある。有明にはクロネコヤマトや、東京都下水道局有明水再生センターがある。

しかも、この物流施設群は夜になっても眠らない。むしろ夜こそが本番だ。「レインボーブリッジの夜景」をセールスポイントに掲げたモデルルームのパンフレットとは、だいぶ趣が違う。
つまり、晴海フラッグが全盛期の平安京なら、有明は敵陣のど真ん中に無理やり築いた出城……。いや、大坂の陣の真田丸である。籠城するぶんには困らないが、外に出た瞬間、ここが自分たちのためにつくられた街ではないことを、嫌でも思い知らされる。

しかし、天命は有明に味方したのだろうか? お台場のように、秀頼よろしく落城しそうにはない。むしろ、ここから盛り返している。
そもそも、有明の致命的な欠陥は、脱出の困難さだ。
鉄道は2つある。ゆりかもめと、りんかい線。だが、どちらも罰金のような運賃だ。ゆりかもめは新橋まで片道390円。往復780円。通勤定期を買ったところで月1万円を超える。しかも車両が小さく、座席は狭く、速度は遅い。無人運転の小さな箱に詰め込まれてレインボーブリッジをのろのろ渡る。景色は確かに美しいが、毎朝これをやっていると感動は3日で消える。りんかい線は国際展示場駅が使えるが、こちらも初乗り210円と都内屈指の高額路線。大崎経由で新宿・渋谷方面には便利だが、東京駅方面に出たい住民にとっては使い勝手が悪い。
頼みの綱は都営バスだ。東京駅丸の内南口行きと門前仲町行きが走っている。加えて、東京BRTも新橋方面を結ぶ。BRTは連節バスで、約10分で新橋に着くと謳っているが、帰宅ラッシュ時は道路混雑で時刻表どおりにはいかない。
そして、東京駅方面の都営バスが、はっきりいって地獄である。近隣にインバウンド目当てのホテルが次々開業し、さらに「東京ガーデンシアター」「有明アリーナ」「有明四季劇場」といった集客施設が急造された。イベントがある日は観光客とコンサート帰りの客がバス停に殺到する。しかし、人手不足の都営バスは増発もできない。平日ですら、晴海三丁目停留所あたりで満車になり、有明まで来る頃には「次のバスをご利用ください」状態。乗れても、すし詰めのバスが晴海通りの渋滞にハマり、東京駅までいつ着くかわからない。帰りも当然、同じ地獄の逆回し。東京駅のバス停には、有明方面行きを待つ行列が延々と続いている。

要するに、有明から都心へ出ようとするたびに、住民は運賃・混雑・遅延の三重苦に直面する。8000万円のタワマンを買った人々が、片道390円のゆりかもめか、すし詰めの都営バスかの二択を迫られているのだ。都心まで直線距離なら6キロ。なのに、心理的距離は果てしなく遠い。
通例、このまま街は死んでいくものだ。交通の不便な湾岸の僻地に、高額なタワマンだけが建ち、住民は脱出もできずに陸の孤島で暮らす。お台場がまさにその末路を見せてくれている。だが、有明は違った。外に出られないなら、出なくていい街をつくればいい。そう言わんばかりに、有明は「外に出ないでも暮らせる街」へと変貌しつつある。
見栄を張らない、背伸びをしない
その変貌を象徴するのが、今まさに建設が進む商業施設「minamoni Ariake」だ。2026年4月、新築賃貸マンション「ロイヤルパークス有明」に併設される形でオープンする。目玉は1階のスーパー「ベルク」。埼玉県発祥の低価格・高効率スーパーである。

お台場のスーパー・フェニックスが「高級路線で玉砕→OKストアに交代」という屈辱の歴史を歩んだのに対して、有明は最初から庶民派で攻めてきた。見栄を張らない。背伸びをしない。トイレットペーパーが安く買えればそれでいい。実に正しい判断だ。
さらにサンドラッグ、クリニック6店舗、そして産後ケアホテル「Villa Mom」まで入る。産後ケアホテルだ。お台場にはたこ焼きミュージアムとマダム・タッソーの蝋人形しかなかったが、有明には産後ケアホテルができる。この差は、街が誰に向けてつくられているかの差そのものだ。お台場は観光客のためにつくられ、有明は住民のためにつくり直されつつある。
