視聴者をつかむ「ゼレンスキーの動画戦略」1.毎日投稿、2.毎日同じ服、3.市民か感じていることを代弁

 長期化しているロシアのウクライナ侵攻。戦況を見通すことはまだできないが、ウクライナのゼレンスキー大統領は国民を鼓舞し、諸外国へ援助を求め続けている。フランス人ジャーナリストのレジス・ジャンテらは、「ウクライナの政権に詳しい識者は、誰もゼレンスキーがこれほどの闘志を見せるとは思わなかった」と話す。世界中の人々の胸を打つ、ゼレンスキーの勇気について考える――。全4回中の4回目。 

※本稿はレジス・ジャンテ、ステファヌ・シオアン著『ゼレンスキーの真実』(河出書房新社)から抜粋・編集したものです 

第1回:ゼレンスキー、実は2回目の大統領だった…「国民のしもべ」を演じた1回目から英雄へ
第2回:世界各国の首脳の心を一瞬でつかむ、ゼレンスキーの会話術…反応の鈍さ、政治的無知
第3回:俳優ゼレンスキーが仕掛けた「ショート動画戦略」…タレント業専念、選挙運動一切なしで支持率73%で大統領当選

ウクライナを結束させたのはプーチン 

 ウクライナは70年にわたるソヴィエト体制を経て、1991年、体制の綻(ほころ)びから独立が実現する。ウクライナ人は、このとき手にした独立が毒の入ったプレゼントだったのではないかと思うことがある。国民が必死に戦うことなしに転がり込んできた独立だからだ。 

 ソ連崩壊後の数年間、ウクライナの国内事情は混沌としていた。国家としての伝統も、教養あるしっかりした政治家も持たず、宗教と言語の違いを抱え、ソヴィエト体制崩壊後の資本主義の厳しい影響にさらされ、国内の資源はオリガルヒに独占されていた。独立後の2年間、ウクライナは進むべき道を模索した。 

 では現在、ウクライナが進むべき道を見いだしたとしたらどうだろう。クリミア半島が併合された8年前から、ウクライナでは政治が変化し、統合が加速化している。それはロシアとの戦争という過酷な試練を通じて開かれた道である。 

 この30年で、ウクライナ国民の結束にもっとも貢献した人物はウラディーミル・プーチンにほかならない。ウクライナを取り戻すという執念に取りつかれたプーチンは、自分の計画が次々に失敗するのを見せられた結果、破壊的な戦争という最後の手段を用いるほかなくなった。 

 ロシアは8年前から、ウクライナを「ファシスト政権」にコントロールされている「破綻した国家」だと述べてきた。そして、国民がウクライナを母語とする者とロシア語を母語とする者のふたつに分かれ、政府はロシア語を母語とする国民に「ジェノサイド」を行っているとしてきた。 

 こうした極端な解釈に、現実の裏付けはまったくない。言語による国民の分裂が存在するとしても、それは少しずつ克服されつつあり、いまウクライナは自らを、国家構想のなかに市民権を組み入れた、多様性を許容する統一国家だと考えている。 

 2004年のオレンジ革命では、ドンバスをはじめとする、工業が盛んでロシア語使用者が多い東部地域の住民が、親欧米のキーウの運動に反対する行動を起こした。この現象をきっかけに、多くの研究者がウクライナ社会を二元的にとらえる方法を採用してきた。 

 一方に、東部に住みロシア語を母語とする、おそらくは親ロシア派のウクライナ人がいる。他方には、西部に住みウクライナ語を母語とする、親欧米のウクライナ人がいる。このあまりに単純な見方からは、歴史が展開するプロセスが抜け落ちている。 

 実際の事情は、ソ連の政治と社会を自ら経験してきたウクライナ人が歳をとり、独立後のウクライナで生まれた新しい世代が成人し、国を動かすようになっている、ということだ。 

 ドンバス地域では、親ロシアの感情がつねに存在している。そうした感情を生みだしたものは、社会的・経済的理由、重工業の衰退、2040年に予定されている炭鉱閉鎖、あらゆる国民に生活の安定を保証していたソヴィエト社会を懐かしむ気持ちなどである。 

 だが、ドンバス地域といえども親ロシア派一色ではない。青年運動を率いる22歳のニキータ・ペレベルゼフは、2022年2月、次のように語った。 

 「2022年のドンバスは2014年のドンバスと同じではない。いま、若者は状況を変える必要があることを理解している。ほんとうに深刻なのは世代間の隔たりだ。ぼくは祖父母や両親と口げんかばかりしている。彼らはいまだに、消滅したソ連のどこかで暮らしているつもりなんだ。でもソ連はぼくにとって、完全にネガティブな代物だ。ドンバスの分離独立派の活動はまさしくソ連だよ」 

 軍事進攻の直前、東部の住民の72%が、地域による差はあるにせよ、ロシアを敵対的な国ととらえていた。軍事侵攻がはじまると、ロシアへの警戒心と住民の対抗意識は東部全体で高まった。 

 ロシア軍に制圧されたばかりのヘルソンとメリトポリの住民が、ウクライナ国旗を持って通りに出てきて、ロシア兵に「自分の国に帰れ!」と叫ぶ映像がそれを裏付けている。 

ウクライナに残されたわずかな勝機とは 

 ゼレンスキーが大統領に選ばれたのは、おそらく、4400万のウクライナ人の大多数が抱く「ヨーロッパになる夢」をあきらめる権利など自分にないと彼が考えてきたからである。 

 彼が大統領になるとき実施された世論調査では、国民の53%が「長期的に見ると、ウクライナはEUに加盟したほうがよい」と答え、13%は、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンとともにユーラシア経済連合に加盟すべきだと答えている。そのどちらにも加盟すべきでないと答えた者は24%だった。 

 大統領選の少し前、ウクライナ軍で特別任務に加わったことでも知られるオレクシー・アレストヴィチという人気ブロガーが、ゼレンスキー支援に乗りだした。2019年2月、彼はテレビ局のインタビューに応じ、明敏だが悲観的な予言をした。 

 「ウクライナがNATOに加盟しようとすれば、99.99%の確率で、ロシアとの全面戦争になる。しかし加盟をあきらめれば、10数年後にウクライナはロシアに掌握されてしまう。つまり私たちは岐路に立っているのだ。ロシアとは大きな戦争になるが、私たちは戦勝国としてNATOに加盟できるだろう。さあ、ゼレンスキーに1票を!」 

 ウクライナは、この大きな試練を勝利者として乗り越えることができるだろうか。戦争がはじまっておよそ50日となる2022年4月半ば、ゼレンスキーはジャーナリストのアン・アプルボームとジェフリー・ゴールドバーグに次のように語った。 

 支援する米国やヨーロッパ諸国が大量の武器をすばやくウクライナに与えた場合にだけ、ウクライナは勝利することができる。「私たちには勝つチャンスがかろうじて残っている」 

世界中が「私たちのゼレンスキー」を渇望する日 

 侵攻開始から2カ月が経過すると、ゼレンスキー大統領の人気は頂点に達し、少なくとも戦争に対処している時間は、国民の圧倒的多数を味方につけるようになった。 

 ゼレンスキーが放つオーラは、毎日投稿される10分ほどの動画の力によっても強まった。動画はたいてい夜間に、参謀本部や執務室や野外で撮影される。そして飾らない言葉で、女性や子どもなど、個人がどんな状況に陥っているかをつねに伝える。一般の人々が感じていることをきわめて正確に表現するのだ。 

 他方で、その発言にはロシア軍を恐れない姿勢が表れている。毎晩、トレードマークとなったカーキ色のTシャツ姿で、一日の出来事を簡潔に話し、戦況と外交交渉の進み具合を説明し、よく響く低い声で国民の士気を高める。 

 こうした動画は多くの場合、その日の英雄、つまり<ウクライナの英雄>という公式の肩書を大統領令で授けることになる人物を称える言葉で締めくくられる。ゼレンスキーにとって英雄とは、マリウポリの廃墟や、ハルキウ、ミコライウ、イルピン、ブチャの周辺で命をかけて戦っている人々のことなのだ。 

 率直に言うと、ゼレンスキーの英雄ぶりにウクライナ以上に目をみはっているのは、欧米の国民である。民主主義による選挙で選ばれたリーダーが、国民の生と死を左右する決定を迫られるのを見る経験がほとんどないからだ。 

 ヨーロッパの首脳が相次いでキーウを訪問していることは意義深いが、それはおそらく、ヨーロッパ大陸に戦争の脅威が戻るのを目にし、そうした状況の中でどんな態度をとるべきか自問するヨーロッパ人の意識に、ゼレンスキーの勇気が強く響くからだろう。 

 ウクライナ人の調査報道ジャーナリストで、独立系メディアのウクラインスカ・プラウダで活動するミハイロ・トウチは、この3年というもの、ゼレンスキー内閣の仕事やスキャンダルや問題行動を昼も夜も、頑なな兵士のように時間と労力を注いで調べてきた。しかし、2022年3月2日、彼はFacebookに次のような投稿をしたのだ。 

 「私たちはかつて『チャーチルのような』とか『私たちのヴァーツラフ・ハベルが必要だ』とか、あるいは『私たちのマンデラはどこにいる』と言っていた。いまから数年後、この戦争がウクライナの勝利とロシアの敗北で終わるかどうかはさほど重要ではない。 

 しかし、困難な状況に見舞われる世界中のいろいろな国で、人々はきっと『私たちのゼレンスキー』と言うだろう。『私たちのゼレンスキーが必要だ』、『私たちのゼレンスキーはどこにいる』とね」

レジス・ジャンテ、ステファヌ・シオアン著『ゼレンスキーの真実』(河出書房新社)

▽プロフィール

レジス・ジャンテ
フランス人ジャーナリスト。ラジオ・フランス・アンテルナシオナル、フランス24、ル・フィガロ紙の通信員をソヴィエト時代から携わり、プーチンを20年以上追う。オレンジ革命を取材後、ジョージアに20年以上滞在してウクライナを取材。

ステファヌ・シオアン
ウクライナ人ジャーナリスト。自由のためのウクライナ、ル・タン紙、ラジオ・フランス・アンテルナシオナルなどの通信員。2013年以降、ウクライナに滞在してマイダン革命を追う。ゼレンスキーの近くで取材。

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