世界各国の首脳の心を一瞬でつかむ、ゼレンスキーの会話術…反応の鈍さ、政治的無知

 フランス人ジャーナリストのレジス・ジャンテは、「プーチンはゼレンスキーをコメディアンや道化師をやっていただけの男としか見ていなかった」と分析する。プーチンとゼレンスキーという2人の大統領は、出自から政治の動かし方に至るまで、そのあり方は極めて対照的だ。ゼレンスキー流の政権運営術とはどのようなものなのか――。全4回中の2回目。 

※本稿はレジス・ジャンテ、ステファヌ・シオアン著『ゼレンスキーの真実』(河出書房新社)から抜粋・編集したものです。 

第1回:ゼレンスキー、実は2回目の大統領だった…「国民のしもべ」を演じた1回目から英雄へ
第3回:俳優ゼレンスキーが仕掛けた「ショート動画戦略」…タレント業専念、選挙運動一切なしで支持率73%で大統領当選
第4回:視聴者をつかむ「ゼレンスキーの動画戦略」1.毎日投稿、2.毎日同じ服、3.市民か感じていることを代弁

正反対のプーチンとゼレンスキー

 ロシアがウクライナに仕掛けた戦争は、緊張度の高い軍事紛争というだけではない。それは言葉とコミュニケーションの戦争であり、対照的なふたりの男の徹底的な対決である。 

 20年以上も政権の座にある70歳のウラディーミル・プーチンは、KGB(旧ソ連国家保安委員会)という国家組織のなかで自らを形成した、威圧的で冷酷なロシアの指導者の典型で、象牙の塔にこもり、抵抗や異議申し立てを受けることがない。 

 44歳のヴォロディミル・ゼレンスキーは、要職についた経験がないまま2019年に大統領となったが、カナダのジャスティン・トルドーやフランスのエマニュエル・マクロンがすでに、リベラルな若手政治家として道を切り開いていた。マクロンについてゼレンスキーは、巧みな演出を用いる手法と権力者としての感覚に親近感を覚えると語っている。 

 戦争が始まったときから、プーチンとゼレンスキーは対照的だった。クレムリンの豪華な広間に外国の首脳や配下の閣僚を迎えるウラディーミル・プーチンの映像を見て、世界中の人々があっけにとられ、背筋の凍る思いをした。 

 招かれた人物が果てしなく長い机の端に座らされているのは、ひとつには新型コロナウイルスの感染を防ぐためだが、それと同時に自らの絶大な権力を誇示し、相手よりも上であることを強調するためだ。 

 親ロシア派によるドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を認める目的で開かれた安全保障会議では、閣僚や政策顧問をプーチンが威圧的に問い詰めているのが見られ、なかには、この会議が及ぼす軍事的影響を想像して身を縮めているような者もいた。 

 政治の舞台に登場するとき、ヴォロディミル・ゼレンスキーは元KGB諜報員のプーチンとは何もかもが正反対だ。平時にはスタイリッシュな服、戦時にはTシャツかカーキ色のシャツを着て現れるゼレンスキーは、飾り気のない態度、愛想のよさ、近づきやすさを心掛けている。 

 日常的にSNSのアカウントに動画メッセージを投稿し、透明性のある政治を行っていることを国民にアピールする。視聴する人々に身近で親しげな印象を与えようと、自分で動画を撮影することもある。また、閣僚や著名人や街で出会った人々といっしょにいるところをスマートフォンで積極的に自撮りする。 

 侵攻後初めてとなる記者会見で、ゼレンスキーは自分で椅子を持って会場に現れ、記者たちと同じく床にその椅子を置いて座った。また、ドイツのテレビ局の取材では、大統領府の一階の階段に座り、攻撃から身を守るための土嚢(どのう)に囲まれながらインタビューに答えた。 

 たいていの場合ゼレンスキーは、不愉快な質問をされたり批判されたりしたとき以外はにこやかで、経験を積むにつれて怒りを抑えるすべを身に付けてきた。ごく自然な態度で人とつながり、出会った相手の顔を覚え、握手をし、気持ちのいい言葉をかける。就任当初は外国の首脳と比べて反応が鈍いところもあったが、いまではすっかり互角に渡りあうようになった。 

計算ずくの “コミュニケーションの達人” 

 ゼレンスキー大統領は自分の時間のほとんどを連絡に使っていることが、多くの情報でわかっている。彼は信頼できる仲間に危機対応を任せ、電話やZoomやSkypeに時間を割く。ほぼ毎日、外国の大統領や首脳や国会議員、そして国際機関の担当者と連絡を取る。 

 戦争の状況を話し、ウクライナの立場を訴え、いまや口癖のようになった、軍事支援とロシアへのさらなる制裁を求める。発言はよく練り上げられ、相手国にとって重要な事実を引き合いに出す。 

 たとえばイギリスと話すときにはチャーチルとトールキンを、フランスと話すときには第一次世界大戦の激戦地であるヴェルダンを話題にする。アメリカの議会では、真珠湾攻撃と2001年9月11日の同時多発テロ事件に言及した。 

 映画にちなんだ話題を織り交ぜることも多い。「外国の首脳からどんな武器が必要か聞かれると、私は休む時間が必要だと答える。その質問には前の週にもう答えているからだ。『恋はデジャ・ブ』のビル・マーレイになったような気分だよ」。4月末、ジャーナリストで東欧諸国の歴史を研究するアン・アプルボームに会ったとき、ゼレンスキーはおどけて言った。 

 彼が言及した映画では、時間の流れが狂い、主人公は同じ一日を繰り返し過ごさなくてはならない。ゼレンスキーは持ち前のユーモアと陽気さで、人脈や友情を築いていく。欧州理事会議長のシャルル・ミシェルともそうした友情で結ばれている。 

 イギリスの首相(当時)ボリス・ジョンソンが4月9日にキーウを電撃訪問し、さらなる武器供与を含む政治的支援を約束したとき、ゼレンスキーは危険が過ぎたタイミングを見はからってジョンソン首相とともに独立広場を歩き、キーウ市民に勇気を与えた。 

 ゼレンスキーはこうしたやり方がとてもうまい。毅然としていながら押しつけがましくなく、肩肘張らずにコミュニケーションを深めるのだ。外国人の要人と接するとき、彼は無礼にならぬよう、また傲慢な態度をとらぬようつねに気をつけている。国民に話しかけるときは言葉に感情を込め、国民と同じ目線を心がける。 

 戦争が始まったころ、彼の立ち居振る舞いは完璧で、メッセージは明快で、戦時の指導者像をみごとに作り上げていた。いかにも自然体の印象を与えるが、実際には、ゼレンスキーがコミュニケーションの達人に見えるよう、すべてが綿密に計算されている。 

大統領になるのに政治知識はなくてもいい 

 少数のジャーナリストにひとりで対応し、前もって知らされていない質問に答えるとき、彼の素顔があらわになる。答えている途中で言葉に詰まるのだ。どんな言葉を使おうとも、ゼレンスキーの考えが混乱しているのがわかる。 

 彼はすぐれた直感の持ち主だが、まわりくどい話し方をするし、単純な質問にさえ、答えるまで時間がかかることがある。 

 そんなときゼレンスキーはまさしく謎めいた政治家になる。いったい何を考えているのだろう? 彼の政治的信条はどういうものか? そもそも、政治的信条を持っているのか? 

 彼の強みは、政治の知識と思想のバックボーンを持たないという就任当初の致命的欠陥を、直感と頭の回転の速さで補うところにある。この才能によって国民の心をつかんだゼレンスキーは、21世紀に新しいタイプの政治を担う先駆者のひとりとなった。 

 あえて新語を使うなら「ゼレンスキー流」は、ウクライナならではの穏健なポピュリズムである。それはインターネット時代に根づいた政治のやり方で、思想そのものよりもイメージや視覚的側面を重視する。 

 2021年3月、ゼレンスキーはこう説明している。「動画メッセージを作りはじめて15年になる。この分野ではプロだと自負しているし、その下地を国政に生かせると思う」。上から思想を押しつけるよりも、時代の空気を読みとり、すぐれた考えを積極的に集め、業務を各分野の専門家に任せる。 

 ポロシェンコ大統領時代の財務相で、ゼレンスキーの顧問をつとめた経験があるオレキサンドル・ダニリュクは言う。「ゼレンスキーは頭を白紙にして人の話を聞く。だから彼と仕事をするのはおもしろいし、いろいろなアイデアを提案できる」 

 2019年に大統領選の選挙対策にあたった政治学者ドミトロ・ラズムコフは次のように述べる。「ウクライナには、芯まで腐っている思い上がった政治屋はたくさんいるが、法治国家と自由を守る政治家はきわめて少ない」 

 そのようなわけで、ゼレンスキーは大統領に選ばれてまもなく、オンラインでプーチン大統領と最初の応酬をしたとき、風にはためくような新しいスローガンを発言することができた。「ウクライナ国民には、自由、誇り、名誉が保障されている」。

レジス・ジャンテ、ステファヌ・シオアン著『ゼレンスキーの真実』(河出書房新社)

▽プロフィール

レジス・ジャンテ
フランス人ジャーナリスト。ラジオ・フランス・アンテルナシオナル、フランス24、ル・フィガロ紙の通信員をソヴィエト時代から携わり、プーチンを20年以上追う。オレンジ革命を取材後、ジョージアに20年以上滞在してウクライナを取材。

ステファヌ・シオアン
ウクライナ人ジャーナリスト。自由のためのウクライナ、ル・タン紙、ラジオ・フランス・アンテルナシオナルなどの通信員。2013年以降、ウクライナに滞在してマイダン革命を追う。ゼレンスキーの近くで取材。

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