第2回【パート vs フルタイム】新婚ホヤホヤの正社員Bさんの悩み
「老後資金は2000万円」という言葉がひとり歩きしているので「定年までに2000万円貯めなきゃ!」と思い込んでいる人もいるかもしれません。
しかし必要な老後資金は一律に考えるのではなく、人それぞれ異なる収入や資産の状況を踏まえて計画すべきです。
本連載では老後資金の計算をする上で気になるポイントを取り上げ、どのような差が出るのか検証していきます。
第2回は【パート vs フルタイム】。結婚して子供をもうけることを考えたとき、子育てと仕事の両立に悩む人は少なくありません。現役時代の働き方は、将来のライフプランにどのような影響をもたらすのでしょうか。
目次
「平均的な年金収入」を想定することの落とし穴
「老後2000万円問題」の発端となった文書の正式名称は「金融審議会市場ワーキング・グループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』」といいます。
この報告書は統計における家計収支を引き合いに、老後資金を自助努力で確保する必要性を訴えていて、100歳近くまで生きると仮定すると一般的な夫婦2人世帯は2000万円ほど用意する必要があると述べています。
この2000万円は次のように計算されています。
- 高齢夫婦無職世帯における1カ月あたりの平均的支出は約26万円
- 実収入は21万円なので、毎月の赤字額は5万円
- このような生活が65~95歳の30年間続くとして、5万円×12カ月×30年=1800万円
- 1800万円をキリよく四捨五入して2000万円
というわけです。
上記の計算で想定しているのは、いわゆる専業主婦家庭です。
それでは最近増えているという共働き世帯では、老後の生活資金の収支はどうなるのでしょうか。Bさんが作成した資金計画の例を見てみましょう。
専業主婦を目指すBさんのライフプラン
Bさんは現在30歳。中小企業の正社員として一般事務の仕事をしています。先日、一部上場の食品メーカーに勤めるサラリーマンと結婚し、新婚生活を満喫中です。
Bさんは専業主婦となり、子供を2人育てることを考えています。現在、夫の会社の家賃補助を利用して賃貸マンションに住んでいますが、2人目が生まれる前に一戸建てを購入したいと思っています。
このようなライフプランのもと、将来予想される収支を計算してみましたが、どうやら理想の暮らしをするためには少し収入が足らないようです。
そこでBさんが考えたのは、2人の子供が小学校に入った頃に、パートとして働きに出ること。
ただBさん、以前に友人から聞いた「パート社員は年収130万円以上になると手取りが減る」という話が気になっています。いわゆる130万円の壁です。
この壁を超えることによって何が起こるか整理するために、数パターンの資金計画を作ってみることにしました。
この際、Bさんが前提とした条件は下表の通りです。夫の給与は30歳、大企業、製造業勤務としてはごく平均的な金額といえます。
夫の給与収入 |
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現在の額面年収496万円から毎年1.6%昇給すると想定する。年収のピークは54歳の725万円、翌年役職定年により8割減。60歳で定年退職し再雇用され、年収は半減。65歳でリタイアし年金生活に入る。現役時代の手取りは額面の77%とする。 |
夫の年金収入 |
30歳までの給与収入および上記条件での30歳以降の給与収入合計(約2億3800万円)から計算した厚生年金の受給額は年間130万円。国民年金部分は満額の年間78万円を受給し、年間合計208万円。そのうち94%である196万円を手取り収入とする。 |
夫の家族手当など |
夫はBさんを扶養に入れると、会社から月額2万円の家族手当をもらえる。配偶者控除による税の軽減などを含めて、Bさんが専業主婦になることによる夫の収入増は年間30万円とする。 |
Bさんの年金収入 |
国民年金部分は満額の年間78万円。独身時代から今まで加入していた厚生年金に対応する受給額は年間13万円。合計91万円のうち94%である86万円を現時点での年金手取り収入とする。 |
貯蓄 |
現在の貯蓄は2人合わせて600万円。 |
スポット収入 |
夫の退職金は手取り2300万円。 |
生活費 |
総務省の家計調査<2人以上の勤労世帯>より住居費と教育費を除いたもの。年収に応じた統計数値として、おおむね年収600万円未満で毎月25万円、600万円以上で同29万円を想定。65歳以降は同統計における無職2人世帯の数値を用い、毎月約21万円とする。 |
住居費 |
30歳から34歳までの5年間は家賃補助を差し引いた純額が年間130万円。35歳から69歳までの35年間は住宅ローンの返済や固定資産税、修繕費などを含めて年間200万円。70歳以降は固定資産税や修繕費、リフォーム代など年間平均50万円。 |
教育費 |
32歳で第1子、35歳で第2子が生まれる。授業料などの教育費は1人につき1200万円(公立大学への進学を想定)。簡便化のため、20年間で毎年60万円ずつかかると仮定する。 |
資金計画はこう考えます。
老後2000万円問題の報告書と同様、夫婦2人とも95歳で「お迎え」が来ると想定。収入と貯蓄の合計から支出の合計を差し引き、プラスになれば無理のないプランといえます。
また結果がマイナスであれば、その分だけ老後資金が足りなくなると考えます。
それでは具体的な資金計画を見てみましょう。
「130万円の壁」を超えて働くとどうなる?
1. 専業主婦になるプラン
まずはBさんが仕事を辞め、専業主婦として家庭の切り盛りに専念するプランです。
2人合わせた年金収入は282万円で、毎年の赤字額は20万円。住宅ローンを完済するまでの期間にも赤字があり、赤字の累計は2640万円になります。
老後資金どころか、貯蓄のマイナスが1000万円を超える年もあり、現実的ではありません。
2. 年収130万円未満で働くプラン
そこで、下の子が小学校に上がる年からパート勤めをするとします。41歳から年金受給開始年齢である65歳までの24年間で毎年120万円稼ぐ想定です。
すると老後の年金収入は変わらないものの、2880万円の給与収入増となり、ライフプラン全体での赤字が解消されます。生涯の世帯黒字額は235万円となりました。貯蓄が大幅にマイナスになる年もなく、現実的といえます。
ただBさん、自分の計画に手応えを感じていません。このプランはなんとか生活が成り立つものの、余裕があるとはいえないからです。
3. 年収130万円以上で働くプラン
せめて年1回家族旅行に行けるくらいの余裕が欲しい。そのためパート収入を30万円上乗せし、年収150万円として計算し直すことにしました。
パートの勤務時間を1日1~2時間増やすことになります。小学生を2人抱える親としては忙しい毎日になりそうです。
ここで「130万円の壁」という言葉が頭をよぎります。調べてみると、年間の給与収入が130万円以上の人は夫の扶養を外れ、自分で健康保険と厚生年金に加入する必要があることが分かりました。専業主婦の場合、夫の扶養に入ることでこれらの社会保険料に関する負担額がゼロになっていましたが、壁を超えると自己負担しなければならず、手取りが減ってしまいます。
社会保険料や税金などの負担額の合計を15%と見積もり、年収150万円の場合は手取り128万円と計算。毎日ギリギリまで働くのに年間8万円しか手取り収入が増えず、このプランには不満が残ります。
追い打ちをかけるように、夫の家族手当の対象から外れることが分かります。勤務先の就業規則上、家族手当の支給は社会保険における扶養者が対象になっているそうです。専業主婦のプランで(配偶者控除による税額軽減を含めて)年間30万円ほど見込んでいた収入がなくなってしまいます。
ただ、このプランにもいいところはあります。年間マイナス20万円と見積もっていた老後の収支が、マイナス2万円とほぼゼロに近いレベルになったことです。生活費をもう少し抑えれば、収入の中で賄うことができるでしょう。
なぜこうなるのかというと、Bさんがパート勤務で厚生年金に加入することによって、将来の年金収入が増えるからです。ずっと扶養に入っていたプランと比べて、額面で年間20万円増えます。
収入が限られる老後という状況で貯蓄が減っていくことには不安を感じる人が多いと思われます。年金収入で生活費が足りるのであれば、安心するのではないでしょうか。
とはいえ社会保険料負担と家族手当の喪失というダブルパンチのインパクトは大きく、生涯の黒字額は265万円と、年収120万円のプランとは30万円しか差がありません。「なんだか決め手に欠ける」と思うBさんです。