リニア計画を10年も停滞させた川勝前静岡県知事の難クセ「大井川の水問題」はやっぱり難クセだった

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 リニア中央新幹線の建設に関する問題は、ただのインフラ開発にとどまらず、地域の経済や日本全体の未来に深刻な影響を及ぼす課題である。しかし、その建設が停滞していた背景には、しばしば感情的で非合理的な対立が存在していた。特に、静岡県の川勝前知事が率いたリニア建設への反発は、その最たる例だろう。彼の主張は、リニア計画の進行を妨げるためのものであり、その影響は10年以上にも及び、日本の経済成長に暗い影を落とした。今回、ようやく解決に向けた歩みが見え始め、問題が収束に向かっていることは一つの進展であるが、これまでの停滞がいかに深刻であったかを忘れてはならない。鈴木康友新知事の下で、リニア開業のカウントダウンが始まった今、過去の問題を冷静に見つめ、未来に向けての強い意志が必要だ。経済誌『プレジデント』の元編集長で作家の小倉健一氏が、これらの課題を鋭く分析するーー。

目次

「大井川の水問題」10年越しの決着。川勝前知事が繰り返してきた阻止工作とは

 リニア中央新幹線の建設を10年近く停滞させてきた元凶、川勝平太前静岡県知事。彼が振りかざしてきた最大の「難クセ」である大井川の水問題が、ついに決着した。

 6月2日、静岡県の専門部会はJR東海が示した対策案を了承し、水資源に関する全ての項目で「対話完了」を宣言した。川勝氏が静岡県知事在任期間にはあれほどこじれにこじれた議論が、あっけなく前進した事実は、これまでの停滞が科学的・技術的な論争ではなく、ひとりの暴君による意図的な「妨害」であったことを物語っている。

「大井川の水は、生命の水」などと言って、静岡県民の生活や大井川の自然を盾にした川勝氏の主張は、結局のところ、国家プロジェクトの足を引っ張るための単なる方便に過ぎなかった。この茶番劇の幕引きを機に、川勝氏の言動がいかに非合理で、国益を損なうものであったかを改めて検証せねばならない。

リニア問題解決へ一歩前進。専門部会が「田代ダム案」を了承

 今回の専門部会で了承されたのは、いわゆる「田代ダム案」のリスク対策を含めた詳細な運用案である。リニアのトンネル工事で静岡県外へ水が流出した場合、大井川上流の田代ダムの取水量を抑制し、流出した分と同量を大井川に補給するという、至極まっとうな対策だ。渇水といった不測の事態を想定したリスク管理計画もJR東海から示され、専門部会の委員らは「技術的な観点から一定のリスク管理がなされる」と評価した。

 静岡県の平木省(ひらき・しょう)副知事は「水資源に関しての専門部会としての対話が終了したというのは非常に大きなことだ」と述べ、専門部会の森下祐一部会長も「最近は有益な議論ができていて、委員からの厳しいコメントにもJR東海がきちんと対応している」と、JR東海の姿勢を前向きに捉えている。静岡県は、川勝前知事がつくったハードルを低くすることはこれまでしていない。建設的な対話がいかに物事を前に進めるかを示す好例である。

川勝前知事による無理な要求…リニア計画を妨げた過大な「湧水全量戻し」主張

 この円滑な進捗は、川勝県政下の異常な状況とは対照的だ。川勝氏は2017年、JR東海を「なんという会社。なんという自然に対する冒涜か」と感情的に罵倒し、議論のテーブルを蹴散らした。そもそも2017年の段階で、静岡県とJR東海、そして大井川の利水団体は「工事で大井川の水が減少した場合は、その減少分をJR東海がトンネル湧水を大井川に戻し、水資源に影響がないようにする」という趣旨で大筋合意に達していた。普通の行政ならば、この合意に基づき、具体的な対策を詰めていくだけの話であった。ところが川勝氏は、こうした内容の協議を一方的に反故にし、「トンネル湧水の全量戻し」に固執し続けたのだ。工事で出た湧水を一滴残らずポンプで汲み上げて川に戻せという主張は、技術的にもコスト的にも非現実的であるばかりか、そもそも必要のない行為であった。

 ちなみに、国土交通省の有識者会議では、工事期間中に山梨県側に流出する水を戻さなくても、それ以外のトンネル湧水を大井川に戻せば「大井川の流量が増える」結果になる解析結果を示している。誰の利益にもならない過大な要求を掲げ、リニア計画そのものを人質にとったのである。

「水も土も譲らない」川勝前知事が展開した極論とその非合理性

 川勝氏の「難クセ」は、静岡県内にとどまらなかった。川勝氏は、山梨県側から静岡県内に向かって掘削する工事中に、その山梨県内のトンネル内に出てくる水が静岡県の水の可能性があると主張し、「山梨の水」にまで口を出し始めた。

 これに対し、山梨県の長崎幸太郎知事は、当然のことながら「大変強い違和感」と怒りを表明し、科学的根拠に基づいた対応を静岡県に求めた。周辺自治体の首長を敵に回してまで、川勝氏が守ろうとしたものは一体何だったのか。答えは明白で、守るべきものは何もなく、ただリニア計画を遅らせることだけが目的であった。

「水一滴も譲らない」というスローガンで時間を稼ぎ、その主張の非合理性が露呈し始めると、川勝氏はすかさず次の「難クセ」を用意した。「土」と「生き物」である。工事で出る土は「一粒たりとも県内に置くな」、工事の影響で「生き物一匹殺すな」とでも言わんばかりの極論を展開し始めた。特に盛り土問題では、2021年に熱海市で発生した土石流災害を悪用し、悪質な違法業者が造成した危険な盛り土と、JR東海が持つ高度な土木技術の粋を集めた構造物としての盛り土を同列に語るという、悪質な印象操作を試みた。JR東海が計画する盛り土は、100年に一度の大雨にも耐えうる設計であり、5年に一度の降雨を基準とする静岡県の条例よりもはるかに厳しい基準をクリアしている。そもそも川勝氏自身が推進した富士山静岡空港の建設では、リニア工事の約7倍にあたる2600万㎥もの盛り土が民家の近くで行われている。このダブルスタンダードを、川勝氏はどう説明するつもりだったのか。

前知事の「自己矛盾」生態系への過剰な配慮が国家プロジェクトを停滞させた

 生態系の問題に至っては、さらに悪質だ。工事によって「既存の生態系に一切影響を与えてはならない」などという主張が通れば、日本中のあらゆる開発行為が不可能になる。山奥の沢にしか生息しないカエルやイワナの運命を憂い、それを理由に国家プロジェクトを止めるというならば、彼がこれまで推進してきた伊豆縦貫自動車道の建設や数々のハコモノ建設における生態系への配慮はどうなっていたのか。甚だしい自己矛盾である。そもそも、工事前から未来の環境変化を完璧に予測することなど不可能だ。だからこそ、工事を進めながら状況をモニタリングし、変化に対応していく「順応的管理」という現実的なアプローチが不可欠なのである。全てを事前に確定させろという要求は、単に工事をさせないための言いがかりでしかない。

 この長きにわたる停滞は、妨害の根源が川勝氏個人の姿勢にあったことを浮き彫りにした。JR東海と静岡県事務方の協議は、川勝氏が辞任を表明した後の令和6年4月以降、劇的に増加し、6月に営業日ベースではほぼ毎日、何らかの協議が行われるようになったという。独裁者がいなくなった途端、現場は驚くべきスピードで正常化したのである。

鈴木新知事にリニア開業に向けた迅速な対応を期待

 鈴木康友新知事の下、残る18項目の課題も、これまでの遅れを取り戻すかのように建設的に解決されていくに違いない。何より、生活水、農業用水として、水の問題は静岡県民の生活に直接影響するものであった。しかし、次の発生土や生態系は全て人の出入りがほぼない山奥での問題だ。市民生活に全く影響を与えないものであり、議論を冷静に、科学的に進めていくことができる。

 しかし、それにしても川勝前知事によって失われたこの約10年という時間はあまりに大きい。川勝氏の「難クセ」によって、リニアの2027年開業は絶望的となり、日本の経済成長に大きな影を落とした。彼が残した「負の遺産」の責任は、辞任したからといって消えるものではない。大井川の水問題の決着は、リニア計画にとって大きな一歩であると同時に、一人の指導者の不合理な言動が、いかに甚大な国益の損失をもたらすかという痛烈な教訓を我々に突きつけている。この茶番を二度と繰り返さぬよう、我々はこの狂騒の本質を胸に刻み、リニア開業に残された課題の速やかなる解決を強く求めていくべきだ。

 最大の懸案事項であった水問題が解決した。いよいよリニア開業へのカウントダウンが始まる。

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