日本が強くなるために必要な“行革”……竹中平蔵「小泉内閣が派遣を増やしたわけではない」

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 経済学者の竹中平蔵氏は、「今日本経済にはささやかな「追い風」が吹いており、経済を活性化させるチャンスを迎えている」と話す。日本が取るべき方向性と、国民が持つアレルギーや誤解について、竹中氏が語った。全3回中の第3回。

※本稿は竹中平蔵著「日本経済に追い風が吹く」(幻冬舎新書)から抜粋・再構成しています。

第1回:米不足解消につながる制度はもうできている!竹中平蔵「全国で活用している自治体はたった一つだけ」

第2回:竹中平蔵「東京を政府の直轄地に」東京一極集中への批判は間違っている

目次

日本の問題は失敗を検証しないこと

 日本には今、間違いなく追い風が吹いている。ただし、現状の厳しい評価にも目を向けなければならない。世界の競争力ランキングでかつて1位だったにもかかわらず2024年は38位に沈んでいる原因について、検証しなければならない。実は、日本の政策の問題点の一つは、「検証」という作業をほとんど行っていないことである。

 例えば1997(平成9)年には 、アジア通貨危機が発生して世界経済は混乱した。アジアの国々は、議会が特別の権限を与えた調査委員会をつくって検証した。ところが、日本はバブル崩壊後、なぜ不況が長引いたのか、何が悪かったのか、いや、そもそもなぜバブルが生じたのか、政府はその検証をほとんど行っていない。

 経済学者による、さまざまなバブル崩壊の分析は出ている。しかし、経済学者に特別な権限があるわけではない。なぜバブルになったのか、私たちは何となく理解しているように思っている。実際には、わかっていないことは多い。どのような意思決定が行われたのかがキーポイントになる。権限のある委員会による検証がない限り、それはわからない。

 日本には「罪を憎んで人を憎まず」ということわざがある。バブル崩壊が長引いたことの検証を行うと、特定の省庁や個人を非難することになる。それを恐れているのかもしれない (ちなみに、本格的な「検証」が国会の決定を経て行われた唯一の例として東日本大震災における福島第一原発のケースがある)。 

行革で日本経済は復活する

 2001(平成13)年に行政改革が行われた。「橋本行革」である。その後の小泉内閣では行政改革の成果をうまく活用し、いくつかの改革を進めた。その結果として、先に示したように日本の競争力ランキングも一時は上昇した。しかし近年は、そうした行革精神と逆行するようなことが起きてきた。

 日本を強くするためには、行革が不可欠である。「橋本行革」で基本的な考え方が出されている。その後、公務員制度改革は失敗し、改革の司令塔である経済財政諮問会議の機能は低下した。そう私は認識している。そこを変えれば、日本経済は復活する。今、日本にささやかな追い風が吹いているからである。

 日本の制度に欠陥があることに、多くの人は気づいている。例えば、日本は「横並び」志向で良くないという。良くないことは何となくわかる。では、どうして横並びなのだろうか。基本的には競争が制限されているからだ。

 どうして会社内で暗い顔をしているのか。職場を移ることが、容易にできないからだ。だから労働市場改革は重要になってくる。職場を替える覚悟があれば、上司に対して堂々と 「それはおかしい」と言える。 

 それが言えないのは、この会社で骨を埋めなくてはならないと思ってしまうからである。横並び意識を変え、簡単に職場を替えることができるようにすること、それが政策の役割である。

もめ事が起こればお金で解決するしかない

 日本では「金銭解雇」の話をすると「金で首を切るのか」 「金での首切りが横行する」というような反応が返ってくる。

 2024(令和6)年秋の自民党総裁選挙で、小泉進次郎氏や河野太郎氏が言っていたように、「金銭解雇」のルールをつくる必要がある。雇用主と労働者がもめた場合には、最終的には所得補償、つまりお金で解決するしかない。何事も、もめ事が起きれば最後にはお金で解決するしかない。それと同じことである。

 多くの国では、「金銭解雇」のルールがある。OECDの国の中でルールがないのは、日本と韓国だけだといわれている。日本でも大企業のように強い労働組合がある会社では、解雇の場合には相応の補償を得ることができる。しかし、多くの中小企業では、解雇された労働者は泣き寝入りするしかない。

 現状では、労働市場は変化の方向にある。しかしそれでもあえて極論すれば、日本の労働者の選択肢は2つしかない。金銭的な補償もなく、身一つで泣き寝入りして辞めていくか、何があっても我慢して会社にしがみついて残るかである。

 極めて不合理なことである。終身雇用・年功序列こそが唯一の正しい働き方であるという考え方は、労働者を会社に閉じ込めていることにほかならない。そのような不公平なことがあってよいはずはない。だからルールをつくる必要がある。しかし、日本ではなぜか「金銭解雇」という言葉に、極端なアレルギーがある 。

小泉内閣が所得格差を広げたわけではない

 もう一つの例を紹介しよう。『ハケンの品格』というテレビドラマが人気を博したのは2007(平成19)年ごろだった。「派遣」は「自由な働き方」を実現する一つの方法である。しかし、「小泉内閣のときに派遣労働者を増やして、所得格差が拡大した」と言われた 。これは、誤解に基づいた暴論としかいいようがない。

 まず、小泉内閣で派遣を増やしたわけではない。1997(平成9)年6月に、ILO(国際労働機関)は「民間職業仲介事業所に関する条約」を採択した。働きがいのある人間らしい仕事(「ディーセント ・ワーク」) を実現するために、民間職業仲介事業所の果たす重要な役割を認識し 、それを利用する労働者の保護を図ることを目的とした 条約である。日本は1999(平成 11)年7月に批准した。森喜朗内閣のときである。批准の5年後の2004(平成 16)年に製造業について実施した。

 次に、「派遣労働者」について。2003(平成15)年には正社員が65.4%、非正社員が34.6%だった。非正社員の内訳を見ると、パートタイム労働者が23.0%で最も多く、契約社員が2.3%、派遣労働者は2.0%に過ぎない。その後、2017(平成 29)年には3.2%、2022(令和4)年には4.0%になっている。

  全労働者に占める派遣労働者の割合は依然として非常に低い。さらに、「格差は拡大」しているわけではない。所得格差の度合いを測る指標として使われる 「ジニ係数」は、1990年代から2000年代にかけてほぼフラットに推移しているからである。 

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