大手商社をわずか3日で退職、1年で3回の転職…「自分に合った働き方」を模索し続けた女性が辿り着いた、在宅で生き抜くためのキャリア戦略とは
「好きなことを仕事にして生きていきたい」――そう願いながらも、組織の枠組みやキャリア中断の危機に直面し、挫折を味わう人は少なくない。しかし、フリーランスのイラストレーター・エッセイ漫画家として16年目のキャリアを誇る川口真目氏は、幾多の試練を乗り越えながら、在宅ワークというスタイルで自立した働き方を確立してきた。
本稿では、特集「在宅副業、在宅ワークで稼ぐ術」の一環として、川口氏がゼロからイラストレーターを目指した学生時代、商社を3日で退職した破天荒な会社員時代、そして妊娠・出産によってキャリアが完全にリセットされた絶望からの再スタートまで、その波乱に満ちた歩みを語っていただいた。全3回の第1回。
みんかぶプレミアム連載「在宅副業、在宅ワークで稼ぐ術」
「絵が下手」だからこそ考えた、美大を経由しないイラストレーターへの道

幼い頃から絵を描くのが好きで、高校生の頃には漠然と「将来はイラストレーターになりたい」と思っていました。ただ、王道とされる美大への進学は親から猛反対されたんです。学費が高いという理由もありましたし、何より私自身、ずば抜けて絵が上手いタイプではなく、ただ単に「絵が好き」というだけでしたので、全力で止められました。
当時はまだインターネットも今ほど普及しておらず、学校のパソコンで調べるような時代でしたが、色々と調べていく中で分かったことがありました。それは「美大を出て絵がめちゃくちゃ上手くても、食べていくのは厳しい」「コンテストで賞を取っても、それだけでご飯は食べられない」という厳しい現実でした。
一方で、安定して食べていけているイラストレーターさんたちの経歴を見ると、デザイン会社に就職してグラフィックデザインやWebデザインを学び、基礎スキルを身につけてから独立している方が多かったんです。「それなら自分もそのルートを辿ろう」と決めました。
親からは「四大に行ってほしい」と言われていたため、大学ではイラストが使われる業界やマスコミの仕組みを学べる「マスコミ社会学」を専攻しつつ、同時にデザインの専門学校にも通うというダブルスクール生活を送りました。
大手商社を3日で退職。1年で3回の転職を経て掴んだ「修行の場」
大学卒業後、最初は母からの勧めもあり、誰もが知る有名な大手商社を受験し、運良く合格することができました。自分としては広報などのクリエイティブに関わる部署を希望していたのですが、配属されたのは全く異なる部署でした。会社からは「最低3年は部署移動ができない」と言われ、深く考え込んでしまいました。
「もし今、デザイン会社に入っていれば、3年後には独立できるくらいのスキルが身についているはずだ。ここで3年過ごすのはもったいない」
そう感じた私は、大変失礼でご迷惑をおかけしたのですが、入社してわずか3日でその商社を辞めてしまいました。
その後も自分に合う企業がなかなか見つからず、4日で辞めてしまったり、3ヶ月で辞めてしまったりと、1年間に3回も転職を繰り返しました。朝起きるのも苦手で、会社員としての適性があまりなかったのだと思います。当時の先輩たちからもフリーランスとしてちゃんと働けるのか心配され、「いつでも戻ってきていいからね」と言われるほどでした。
最終的に、少数精鋭でやっている素晴らしいデザイン会社に拾っていただくことができました。そこで3年間、必死にデザインの基礎を学ばせていただきました。社長や上司に「将来はイラストを描きたい」と素直に想いを伝え、会社員をしながら、自分でブログの発信をしたりブライダル企業へ営業し、似顔絵を描いたりし、実績を積んでいきました。そして2010年、ついにフリーランスのイラストレーターとして独立を果たしました。
妊娠・出産でキャリアが完全リセット。「ゼロからの再スタート」
独立初年度は、「新人として頑張っている感が出せる1年間のうちに、やれることは全部やろう」と決め、とにかく猛烈に営業をかけました。その甲斐あって、1年目でイラストだけで年収300万円程度を稼げるようになり、独立後2年ほどで結婚するまで、順調に食べていける基盤を作ることができました。
当時は「フリーランスなら、結婚や出産を経験してもキャリアを中断させずに続けられるだろう」と甘く考えていたんです。しかし、実際の妊娠・出産はそんなに甘いものではありませんでした。
妊娠中、お医者様から「赤ちゃんを守れるのはお母さんだけだから、絶対に歩かないで。仕事もやめてください」と強い安静命令を出されてしまったのです。世の中には妊娠8〜9ヶ月までバリバリ働かれている方もいて本当に信じられないのですが、私自身は体調的にも非常にしんどく、仕事を中断せざるを得ませんでした。
それまで自分で地道に営業し、信頼関係を築いてきたクライアント企業の一社一社に、泣く泣く謝罪と辞退の連絡を入れていきました。それまで築き上げたキャリアが、産後には完全に「ゼロ」へとリセットされてしまったのです。