「山上被告は20年で仮釈放の可能性」弁護士の指摘…「原価数千円のテロが招く、日本への長期的債務」経済視点で考えるテロリズム

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 安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告の裁判員裁判。検察側は無期懲役を主張している。判決は1月21日に言い渡されるが……。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏はこうしたテロリズムが招く、日本経済への長期的政務を分析する。以下、小倉氏が解説していく――。

目次

費用対効果(ROI)が高く、社会全体に高くつく破壊工作

 黒い粘着テープで無造作に巻かれた、二本の鉄パイプ。

 2022年7月、奈良市の路上で火を噴いた手製の銃器は、ホームセンターで誰にでも入手できる安価な材料だけで組み上げられていた。原価にして数千円程度だろうか。だが、見るからに粗悪で貧相なその工作物が、一国の元総理大臣の命を奪い、政治地形を激変させ、旧統一教会という巨大組織の解散請求にまで発展した事実は、重くのしかかる。

 数千円の初期投資が、数百億円規模の政治的・社会的インパクトを生み出してしまった。純粋な経済メディアの視点で見れば、これほど「費用対効果(ROI)」が高く、そして社会全体にとってこれほど高くつく破壊工作はなかったと言える。日本の治安神話という、長年蓄積されてきた無形資産が一瞬にして毀損された損失は計り知れない。

 法廷に立つ山上徹也の発言を聞いていると、山上という人間が、現代社会のシステム上の「バグ」を突いたハッカーのように見えてくる。

「安倍元総理の家族には何の恨みもない。申し訳ないことをした」

 山上は淡々と謝罪する一方で、「統一教会に打撃を与えるという意味では、成功だった」と総括したという。

正規の「取引コスト」を支払うことを拒否し

 自分の人生を破壊した宗教団体への復讐。動機は個人的なものだ。しかし、山上は法の手続きや言論による戦いといった、民主主義社会における正規の「取引コスト」を支払うことを拒否した。あまりにも時間がかかり、勝てる見込みが薄いからだ。だから、もっとも手っ取り早く、もっとも衝撃力が強い「暴力」「暗殺」というショートカットを選んだ。

 ルールを守って地道に努力する人間が損をし、ルールを破った人間が注目を集めて目的を達する。そんな悪しき前例が作られてしまった。

 山上を「英雄」と崇める現象もまた、日本経済の閉塞感を色濃く反映している。

この投資は極めて危険なリターンをもたらす

 報道によれば、勾留中の山上の元には、現金書留による差し入れが殺到し、その総額は600万円を超えたという。さらに衣類や食料、ファンレターまでもが届く。

「山上が私を救ってくれた」

「30年かかっても解決しなかった旧統一教会の問題を、たった一人で解決した」

 ネット上には称賛の言葉が溢れ、減刑を求める署名活動には1万筆以上が集まった。

 なぜ、凶悪な犯罪者にこれほどの「投資」が集まるのか。

 自分たちの生活が苦しいのは、社会の仕組みが悪いからだ。政治が機能していないからだ。カルト宗教のような「搾取する側」が野放しにされているからだ。そう感じている人々にとって、既存のシステムを暴力で破壊した山上は、自分たちの代わりにリスクを取って現状変革を実行した「実行者」に見えているのだ。

 しかし、この投資は極めて危険なリターンをもたらす。

 いつ、誰が、理不尽な理由で襲撃されるかわからない社会では、誰も安心してビジネスも生活もできない。法と秩序というインフラが崩壊すれば、もっとも損をするのは、資産を持たない弱者たちである。山上を支持することは、巡り巡って自分たちの首を絞めることにつながるのだ。

テロが経済発展を阻害する複数のデータ

 実際、テロリズムが経済発展を阻害するという事実は、複数の信頼できる研究データによって裏付けられている。

 まず、テロ事件は投資意欲を冷え込ませ、経済成長を阻害する直接的な要因となる。テキサス大学ダラス校のトッド・サンドラーらが発表した論文『先進国と発展途上国におけるテロの経済的帰結(Economic Consequences of Terrorism in Developed and Developing Countries)』(2005年)によれば、テロの頻発は外国直接投資(FDI)を11〜13%も減少させる可能性が示されている。

 資本は、リスクを嫌う。政治的に不安定な市場からは、潮が引くように資金が逃げていくのが道理だ。

 アジア開発銀行(ADB)の『アジアにおけるテロと紛争の成長への影響(The Impact of Terrorism and Conflicts on Growth in Asia)』(2007年)は、アジア諸国においてテロが1件発生するごとに、一人当たりGDP成長率が1.5%低下するという衝撃的な分析結果を示している。

テロが莫大な経済コストを生み、特に国家の成長を阻害する

 経済平和研究所(IEP)による『世界テロリズム指数(Global Terrorism Index)』(2025年)もまた、テロが莫大な経済コストを生み、特に国家の成長を阻害すると警告している。

 安倍政権下の「アベノミクス」は経済再生を目指したが、皮肉にもその元首相がテロに倒れたことで、国際投資家に対して「日本の政治的リスク」を強く印象付ける結果となった。

 これ以上、テロを増やしてはならない。そんな当たり前のことが経済的な視点からもうかがえるというわけだ。不平等や貧困感は過激主義の温床となる。日本もまた、この構造から無縁ではないだろう。

 今の日本に必要なのは、感情的な熱狂ではない。事実を冷静に分析し、ルールに基づいて粛々と処理を行う「理性」だ。世間が「極刑を望む声」と「減刑を求める声」で二分しているが、法律のプロの目にはこの事件はどう写るのだろうか。多くの刑事弁護に対応している城南中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士は、こう指摘する。

「刑事裁判開始前に弁護士は事件記録の閲覧謄写をしますが、事件記録で最初に見るのは『前科調書』だったりします。なぜなら、窃盗罪や薬物事犯などに加え暴力系犯罪は再犯が多く、1回目よりは2回目、2回目よりは3回目の方が刑が重くなるので、参考にするのです」

弁護士「拘禁25年から28年あたりが落としどころ」

 感情ではなく、データと履歴に基づく分析。これが司法の現場だ。野澤弁護士は続ける。

「山上被告の場合、暴力系犯罪も含めこれといった前科などはなく、動機に酌むべき事情も存在しており、快楽殺人や金銭目的の強盗殺人などとは根本的に異なります。検察が死刑ではなく無期を求刑したのは、法律実務家としては予想の範囲内であり、実務では求刑を超える判決はまずなく、結果、死刑の可能性はほぼないと予想されます。過去の判例をふまえた量刑検索システムなどの傾向をふまえれば、拘禁25年から28年あたりが落としどころでしょう」

 さらに野澤弁護士は、判決後の未来についても言及する。

「無期拘禁であっても30年程度、有期拘禁25年以上であっても20年程度、刑務所でこれぐらいの期間をトラブルなく過ごせば仮釈放される可能性があります。山上被告の場合、母親による家庭崩壊に加え兄の自死など世間の同情を集める要素が揃っています。元首相の殺害案件ですから、仮釈放となれば時の政権の意向が反映されますが、20年以上先の政権がどうなっているかは誰も分からず、政治状況が様変わりしている可能性もあります」

「そもそも、日本を含めた先進諸国で死亡者1名の犯罪で死刑が適用されるケースはまずなく、死刑適用の基準として有名な永山則夫連続射殺事件 (1968年発生)の最高裁判決(1983年)でも『特に殺害された被害者の数』と強調されています。結局、山上被告については長い時間をかけて罪を償わせる道が妥当ではないかと考えます」

日本の「安全な投資先」というブランドを毀損

 前述した経済研究が示す通り、テロと政治的不安定は長期的な経済成長を阻害する。山上が引き起こした事件は、日本の「安全な投資先」というブランドを毀損し、数百億円規模の社会的コストを発生させた。そのツケを払うのは、将来の我々であり、20年後に出所してくる山上自身でもある。

 山上のようなテロは、経済停滞、社会的分裂、政治的不安定を引き起こす悪循環を生む。「教会への打撃」という目先の成果に喝采を送ることは、自分たちが生きる社会の基盤を掘り崩すことに他ならない。野澤弁護士が示した冷静な「量刑相場」の分析は、熱狂に浮かれる我々に対して、現実を見据えよと警鐘を鳴らしているようにも響く。

(文中敬称略)

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