「選べる未来がない」と諦めていた牛丼屋のパート主婦が、在宅ワークで収入6倍を叶えるまで。過去の前提にとらわれず、常に「今の最適解」を選び続ける生き方

「学校から子どもの体調不良で電話が入った。でも、お昼のピーク時は2人だけでお店を回しているから、絶対に抜けれないし、迎えにも行けない――」
そんな焦燥感を抱えたまま、牛丼チェーン店のパートタイマーとして5年間働いていた女性がいる。現在、フリーランスとしてクライアントワークを中心に、講師業も務めるおゆわり氏は、在宅ワーク5年目を迎えた。
産休・育休制度が取りにくい職場からスタートした彼女は、外に働きに行けなくなったコロナ禍に一念発起。今ではパート時代の「最低でも6倍」という安定した収入を築き上げている。
しかし、その道のりは決して「未経験から一瞬でキラキラ輝くフリーランスへ」といった、SNSで見かけるような甘いシンデレラストーリーではない。初期に応募できたのは、ライティングで20記事書いて3000円という、超低単価なブラック案件。時給換算すれば数十円にしかならない過酷な下積み時代を、彼女はどう生き抜き、ブレイクスルーを迎えたのか。
本稿では、何者でもなかった一人の母親が「経済的自立と人生の選択肢」を取り戻すまでのリアルな軌跡を徹底解説。全4回の第1回となる今回は、現状維持の殻を破った「嵐」の言葉、在宅ワーク初期のリアルな仕事とフリーランスへの一歩を本人の語り下ろし形式でお届けする。
みんかぶプレミアム連載「フリーランスの稼ぎ方大全」
目次
現状維持のままでも良かった。それでも「牛丼屋のパート主婦」がエネルギーを使って変わろうとした理由
過去の働き方をさかのぼると、私は妊娠をきっかけに、当時働いていたレストランを退職しました。現場仕事だったので、産休や育休を取りにくい環境だったんです。
退職したものの、産後は子育てと家事だけの毎日に、少しずつ息が詰まるようになって。「自分で自由に使えるお金がない」というのは、ちょっとした買い物をするのにも気が引けますし、精神的にもすごく苦しいんですよね。それで外に働きに出ようとパートを探し始めました。しかし当時、小さな子どもを抱えて働ける場所を探すのも一苦労でした。
結局、消去法で選んだのが牛丼チェーン店のパート。トータルで5年ほど働きました。誰もが知る大手チェーンですから「会社自体が潰れることはないだろう」「このまま、ぬるっと働き続ければ、おばあちゃんになるまでパートできるかな」と、当時はぼんやり考えていたんです。
そんな私の平穏を吹き飛ばしたのが、コロナ禍でした。毎日賑わっていたお店に、人が急に来なくなる。バイトリーダーの立場だった私は、シフトが減らされることはありませんでしたが、最近入ったばかりのパートさんはシフトが削られて働けなくなっていきました。。
いくら大手とはいえ、急に今まで当たり前だったことができなくなる。そんな現実を目の当たりにして、強烈な危機感が襲ってきたんです。当時は小さい子どももいたので、ママのコミュニティ内で「こんな時期に飲食店で働いているの?」という悪気のない言葉に傷つくこともありました。
「いつ外で働けなくなるか分からない。外に出られなくなるなら、家でできる収入の柱を持っていないと絶対にまずい」と痛感しました。けれど人間って、「現状維持」が大好きじゃないですか。私もそうでした。現状を変えるためには、ものすごいエネルギーを使わなければいけない。
それでも私が一歩を踏み出せたのは、実は大好きだったアイドルグループ「嵐」の存在が大きかったんです。
ちょうどその頃、嵐が活動休止に向けて動いていた時期でした。コロナ禍で、彼らが予定していた海外公演や有観客ライブが次々と中止になってしまった。ファンとしても本当に悔しかったのですが、一番辛いはずの彼らは「できない中で、今できることは何か」を必死に考えて、手を洗う動画を配信したり、今できる最善のエンターテインメントを届けようとしていたんです。
その姿に、ものすごく感銘を受けました。「あんなに大きな存在の人たちが、逆境の中でできることを探して必死に動いている。私なんて本当にちっぽけな存在なんだから、小さくなら何だって挑戦できるじゃないか」って。それが、私の背中を強力に押してくれた最初のきっかけでした。